私と彼女の間には、一定の距離がある。それは縮まる事もなく、また、広がる事もない。一定の距離。同じ相手を尊敬し、愛すると言う、一定の距離。

「今日も姫様はかっこいいですね……」

 魔物を己の拳でなぎ倒したアリーナの勇姿を見て、うっとりと呟いた彼女は、サントハイム騎士団の。その横でクリフトがええ。とと同じような顔で頷いた。彼らはアリーナ姫のお供であり、ファンであり、ライバルである。このふたりの関係は、“導かれし者たち”は皆知っている事。

「私たち、いつからこんなに姫様に夢中なんでしょうね?」
「ですね。わたしもクリフトも小さいころからサントハイム城にいましたからね……それで、そのころからアリーナ様に夢中でしたよね。姫様のことで喧嘩したりもしましたよね」

 すごく、懐かしいですね。と目を細めたの横顔を見て、クリフトの心臓が跳ね上がった。

は……こんなに可愛い女性でしたっけ?)

 実はこうやって彼女を意識してしまうことは、これまでも度々あった。その度に、そんなわけない、とその気持ちをなかったことにして、ここまできた。どうしてもなくせなかったこの想いが再びを女性として認識し、そして意識する。

「わたし達は、今も昔も変わりませんね」

 クリフトを見上げ、うっすら微笑を浮かべながら言った。だが、果たして本当に何も変わってないのか。漠然とした疑問がクリフトの頭に浮かんで、クリフトは曖昧な笑顔でええ。と頷いた。
 ―― 私は男性として成長し、は女性として成長しました。背だって昔はのほうが大きかったのにいつの間にか私のほうが大きくなって、声だって低くなって……。変わらないことと言えば、アリーナ様が好きな事。そして、私とあなたの幼馴染と言う関係。変わってしまった事のほうが、むしろ多いんじゃないですか? ――
 再び前を向いて、クリフトの横を歩いている、自分より幾分小さいを見下ろして、小さくため息をついた。


ーちょっとおいでよ」

 に呼ばれて、がなんです? と言いつつのところへと駆け寄っていった。その後姿を眺め、ちくりと胸が痛んだ。次の瞬間には、の隣で嬉しそうに笑うの横顔。先ほどまでいたが、今は他の男の隣にいる。ちらりと横を見れば、誰もいない空間。もやもや、と胸にわだかまりができる。
 の隣はいつまでも自分だ、なんて思っていない。自分ただの幼馴染。今は自分の隣にいても、いつか愛する人の隣へといくのだ。だが、いざそのときがきたら……それが嫌で仕方ない。別にが恋人同士な訳ではないのだが、が他の男の隣にいる、ということ、それがひどく嫌で、苦しくて、悲しい。自分はアリーナの事が好きだというのに。

 ひどく傲慢な男ですね。

 心の中で呟き、歩む足を止めた。それに気づいたミネアが、一緒に歩いていたマーニャに一言二言告げてから、クリフトの元へ駆け寄る。

「……クリフトさん? どうかしました?」

 心配そうに問えば、ハッと我に返ったクリフトがいえ! と手をぶんぶんと振った。

「なんでもありません。ちょっとぼうっとしてしまい……行きましょうか。すみません」
「それならよかったです」

 申し訳なさそうに言ったクリフトを、優しく包み込むかのようなミネアの微笑み。二人は歩き始めた。他愛のない話しをしながら、足を進める。

「そうなんですか。では、ミネアさんは料理も得意なんですね」
「得意……というわけではありませんが、何せ母がいませんでしたから。必然的に私がやるしかなくそれなりにスキルは身につけてきたとは思います」
「マーニャさんがやる、ってことは?」
「まずない、ですね」

 笑いあう二人。その様子をがちらりと振り返って複雑そうな顔で一瞥した。そのことにクリフトは気づかずに、ミネアと会話を続ける。





彼女の一定距離。

踏み出せない、踏み込めない、交わる事のない僕らの平行線。