バレンタイン。日本においてそれは、女性が男性へ好きだという気持ちを伝える日。
街にはチョコであふれて、そこに学校帰りの人、会社帰りの人、買い物帰りの人、いろんな人が売り場に寄る。
その中の一人が、わたし。学校帰りに、チョコ売り場を偵察。
(おいしそー。でも、手作りとかのほうがいいのかなあ……。)
わたしが男だったら、わたしみたいな女から得体のしれないチョコをもらうよりも、ゴディバもらった方が嬉しいもん。
いやでも、なんかお金じゃ買えないもの、みたいなものもあるしなあ。
「。」
名前を呼ばれてぞっとした。そして間もなく、心臓がバカみたいにうるさく動き出す。
この声は、そう、彼に違いないよ。この売り場にふさわしくない低い声。
恐る恐る振り返ると、やっぱりいた。工藤くん。
「よう。」
「……や、やあ。」
ぎこちなく手を上げて、ぎこちない挨拶をした。やあ、なんて生まれてこの方いったことない。
そんな言葉が自分の口から、今このタイミングで出たことにも驚きを隠せない。
「偶然見かけたからよ、声かけたんだけど。なんかわりーな。」
工藤くんが気まずそうに言うものだから、こちらもますます気まずくなる。
この時期に、この売り場で、知り合いの男の子に会うなんて。
しかも、渡そうと思っている相手に。
「い、いこ!」
この場所にいるのが居たたまれなくて、わたしはそれだけ言うと、お、おう。なんて声を背中で聞きながら、
チョコ売り場を離れて、工藤くんと改めて向かい合う。
「ねえ、わたしもう帰るけど、工藤くんは?」
「おう、俺も帰るとこ。帰り道途中まで一緒だよな?一緒に帰ろうぜ。」
「……うん、そうだね。」
うそでしょ、一緒に帰るの?いつもならうれしいけど、なんていうか、絶対にそういう話題になるじゃん?
その時なんて言えばいいの?このあとわたし、バレンタインで工藤くんにチョコあげる予定なんだよ?
ひとり悶々としているわたしと、特に話題を振ってこない工藤くん。
つまりわたしたちは一緒の帰路についているけれど、一言も交わしていない。
悶々タイムも終わってきて、あ、この沈黙を破らないと、と思い始めたころ、工藤くんが口を切った。
「誰かにあげんのかよ。」
「……そうなるよね。」
「おう。」
は!?あげないよ!?なんて嘘は、ちょっとつけなかった。いや、つこうと思ったんだけど、いざとなると出てこない。
まさか自分なんて、露ほどにも思ってないでしょうね。差し詰め蘭からもらえるかなーとでも思っていて、
この話題は、ただの話題の一環。特に深い意味なんてないに決まってる。
好きな人いるのー?教えろよ、とか聞かれても可笑しくないね。
「も、あげるんだな。」
「なあにそれ、なんかひどいなあ。」
「バーロー、別にそういう意味じゃねえよ。ちっとそいつを羨ましいって思っただけだ。」
「は?」
思わずいってしまった。工藤くんは、何を言ってるんだろう。
勘違いさせるようなこと言って、天然?計算?どちらにしてもたちが悪い。
ちらっと工藤くんの顔をうかがうと、頭の後ろで手を組んでいて、腕が邪魔で表情がうかがえない。
視線を前に戻す。
「だーかーらー。」
表情のわからない工藤くんの声。
「俺だったらいいのになって、こと。」
「……っ!からかわないでよ、もー。蘭のことが好きなくせして!」
「なにいってんだ?」
「だって、工藤くんと蘭は誰が見ても両想いだよ。」
自分で言ってて悲しい。
そう、工藤くんと蘭は両想い。二人が喧嘩すれば痴話げんかなんて言われるんだから。
「勘違いすんじゃねーよ、俺は、蘭のことを好きじゃないぜ?」
吃驚して、歩くのが止まってしまった。それに合わせて工藤くんも止まる。
思わず工藤くんのほうを見ると、至って真面目な顔をしていて、照れ隠しなんかじゃないのかなと思う。
嘘、工藤くんって、蘭のこと好きじゃないの?
「は?は誰が好きなんだ。」
話題はほどなくしてわたしに移り変わる。試すような、それでいて不安そうな、その表情。
「わたしは……」
わたし、工藤くんが好きだよ。
そんな言葉が喉元まで上ってきて、詰まった。
なぜなら勢いに任せて言っていいものか、躊躇したから。
「あーくそ!わりぃ、変なこと聞いちまって。今聞いたことは忘れてくれ。
―――なあ、俺、からチョコもらいたい。」
「へ……?」
突然何を言うの??
「俺、のことが好きだ。だから俺、からチョコがほしい。
あんな売り場に売ってるようなやつでなくてもいい、なんなら5円チョコでもいいんだ。俺、からチョコがほしい。」
信じられない。
夢でも見てるみたい。いま新一が、わたしのことを好きだっていった。
うそでしょ?これがうそだったら、こんな残酷なうそ他にないよ。でもこれって、うそを言ってる表情じゃないし
第一工藤くんは、こんな酷いうそを言ったりしない。
ねえ、工藤くん、あなた、わたしのことが好きなの?ほんとう?
「……うん。もらってほしい。わたしも、工藤くんのこと、だいすき。」
「ほんとうか?」
「ほんとう。」
「じゃあ……。」
不意に抱き寄せられて、わたしは工藤くんに包み込まれた。突然のことに頭が真っ白になる。
うそ、え、くどうくん?へ??
「じゃあよぉ、俺、手作りがいい。両想いならちっとくらいわがまま言ってもいいよな?。」
なんて耳元でささやかれて、わたしはくらくらする。
信じられない。もう、幸せすぎて身体の力が抜けちゃいそうだよ。
、なんて、そんな声で呼ばないで。じん、としちゃうよ。
「……うん。」
バレンタインが、楽しみだな。
St. Valentine's day