人には誰にも見られたくない姿はあるだろう。普段クールな人の甘えた姿、恋人にだけ見せる姿、家族にだけ見せる姿、勿論テレンスにだって人に見られたくない姿の一つや二つ、ある。聖人君主でもない限り、誰にだってあるのだ。そしてテレンスが察するに、ペット・ショップにとっては多分、今の姿だろう。
 ーーー今日もDIOの忠実な下僕、ペット・ショップは門柱で見張りをする。彼はDIOの館の番犬ならぬ番鳥のハヤブサで、冷徹無情な正真正銘スタンド使いだ。この館の主を脅かすものは、女だろうと子どもだろうと容赦なく排除する。そんなペット・ショップが、恐らくたった一人にだけ見せる姿がある。

「ペット・ショップさん、お水飲みますか?」

 の背丈よりも少し背の高い木の近くで水の入った器を両手で持ったは、門柱で見張りの目を光らせるペット・ショップに声をかける。すると、ペット・ショップは優雅に旋回し、の近くの木に留まると、器に入った水を飲む。一頻り飲むと、甘えるようにの身体に頭を擦り寄せた。テレンスはその様子を、距離を開けてバルコニーから見守っている。恐らく、テレンスの予想だが、声がかかる前からペット・ショップはの存在に気づいていただろう。振り返ったときの様子がいかにも幸せそうで、テレンスは吹き出しそうになったがなんとか堪える。

「今日は暑いですからね、喉乾きますよね」

 よしよし、とはペット・ショップの頭をなでた。
 テレンスは知っている。ペット・ショップが先程噴水の水をがぶがぶ飲んでいて、喉など乾いていないことを。それでもいかにも“助かりました”風に振る舞う姿が、可愛いといえば可愛い。
 まさかテレンスに見られているとも思わず、ペット・ショップは普段見せない姿を存分に披露している。彼女の前では隙だらけだ。この盗み見がバレたら外敵を排除するがごとく容赦なく氷柱を放つだろう。それくらい彼の威厳に関わってくる問題だ。そうなれば間違いなくテレンスのスタンドではペット・ショップのスタンドに敵わない。そう考えると自然と息を潜めていた。

「いつも熱い中お疲れさまです。たまには木陰で休んでくださいね」

 からのねぎらいの言葉に、気持ち高めの声でペットショップは鳴いて応えると、身体を擦り寄せた。
 は最初こそ触れ合ったことのないハヤブサに対して、おっかなびっくりといった形で触れ合っていたが、最近はだいぶ慣れてきて、今みたいにペット・ショップが体を擦り寄せてきたら、笑顔で身体を撫でつける。そういう二人の姿を見ていると、テレンスとしても心が和む。
 この獰猛で冷酷なハヤブサがここまで彼女のことを信頼していることの理由として、館の主がのことを無条件に信頼しているというのも大きいだろう。信頼というよりデレデレという方が表現としては正しいかもしれないが。それに加えて、彼女はスタンド使いではない。変に探り合う必要がない相手というのは、かなり気が楽だろう。スタンド使い同士は、己のスタンドを見せ合ったり、特徴を教えたりしない。それはスタンド使いにとって命取りだからだ。
 いずれこの館に、DIOを倒すべくジョースター一行がやってくると聞いている。そのときはどうなるのだろうか。彼女はどこか安全な場所へ連れて行くのか、それとも戦いに巻き込むのだろうか。
 大切なものは時として弱点にもなる。彼女をジョースターたちに人質に取られてしまったら、果たしてDIOは彼女を切り捨てることができるのだろうか。それとも、なくしてしまっては痛い部分なのだろうか。きっと後者だから、この館で、この世の何よりも大切にされているのだろう、とテレンスは思う。
 さて、あまり覗き見を続けていても、命の危険が迫るだけだ。テレンスは物音を立てずにテラスから立ちさろうとしたその時だった。

「ええ? わたしにくださるんですか?」

 興味が惹かれるの声が聞こえてきて、思わず足を止める。

「ありがとうございます! とっても嬉しいです……!」

 再び二人の様子に目を遣れば、なんとペット・ショップがに、花束と言うには素朴すぎるが、色とりどりの花をひとまとめにして渡しているところだった。館やその近くで咲いている花を少しずつ集めたのだろう。その様を思い浮かべると、思わず吹き出しそうになる。あのペット・ショップが一生懸命花を摘むなんて、誰が考えるだろうか。可愛いところもあるじゃないか、ペット・ショップ。

「ペット・ショップさんは、DIO様と一緒でとっても優しいんですね」

 DIO様と一緒でーーー
 分かってはいたが、やはりDIOもには優しいし、にとってのDIOは優しい人なのだ。こんなにも館の住人に大切にされているに羨ましさを感じつつ、今度こそテラスから立ち去り、何食わぬ顔でとペット・ショップに出くわすべく、歩き出した。そのときペット・ショップがどんな顔をするのか、想像するだけでテレンスは人の悪い笑みを浮かべてしまうのだった。





ペット・ショップも甘えたい