今日の仕事はDIOと共に出かけること。そう言う訳で、与えられたドレスに着替えてカイロの街をDIOとともに歩いていた。普段よりも肌の露出が多いため、なんだか気恥ずかしかったが、DIOが「似合うぞ」と言ってくれたのがとても嬉しかった。
 エジプトの首都カイロの街は熱い。気温そのものが暑いし、街の人々も熱気溢れているように感じる。日中の買い物なんかは暑くて汗が止まらないものだ。普段空調のよく効いた快適な館にいるため外の熱気を忘れてしまうが、夜にも関わらず、今日もカイロは暑かった。
 夜だというのに街中には沢山の人がいて、は目を白黒させる。テレンスと買い物に行くときも街中にはたくさん人がいたが、夜も変わらず人がいる。
 くどいようだが、DIOの見た目は芸術作品のように美しい。金色の髪の毛は夜の闇でも栄えるし、黒いタートルネックはその下の鍛え抜かれた肉体を際立たせている。それ故、道を歩くだけでも人々の視線をさらっていく。あるものは頬を染めて彼に見惚れ、またあるものは羨望の眼差しを向ける。これがDIOの魅力なのだ。こんな自分が隣にいてすみません……となんとも居た堪れない気持ちになる。

「今夜はカイロタワーで食事でもしようではないか」
「カイロタワーとは……あの、大きな塔でしょうか」

 夜の闇を貫くように聳え立っている、ナイル川のほとりにある高い塔。どんなところなのだろうと気にはなっていた。

「そうだ」

 DIOが頷く。あんな高いところで食事とは、登るだけでも一苦労だろう。は今からあの塔を登るのかと思うと陰鬱な気分になったが、カイロタワーに着いて驚いた。塔の中には箱があり、それに入ると、その箱は閉ざされて急上昇していく。が生きていた時代にはなかったもの―――箱の正体はエレベーターだ。はエレベーターが上昇した際、恐怖のあまり無意識にDIOの服の裾を掴み、悲鳴を上げ腰を抜かした。そんな様をエレベーターガールにクスクスと笑われてしまう。DIOはを抱き起こし、そのまま抱きすくめた。

「これで怖くないだろう」

 怖くはなくなったが、違う意味で再び悲鳴をあげそうになってしまった。エレベーターが目的階へ到着すると、扉が開いた。DIOに手を取られてまるでエスコートされるようにそこから降りる。そのままDIOに導かれるがまま歩いていき、道すがらエレベーターについて教えてくれた。気が付けばレストランにいて、DIOと向かい合うようにテーブルを挟んで座っていた。



空白を埋める



 テレンスを使って予約させたこの席は、窓際の特等席だった。一面分厚いガラスが張り巡らされていて、カイロの街が一望できた。夜の闇に街の灯りがぽつぽつと輝いていて、とても綺麗だった。が、はここから落ちた時の事を考えると生きた心地がしなかった。景色はいいが、もっと窓から遠い席に座りたかった。しかしそんな我がままを言えるわけもなく、青白い顔でひたすらにウェイターが運んできたグラスを眺めていた。

「くっくっく……高いところが怖いか?」
「そうですね……このガラスが割れて、落ちたらと思うと、怖くて……」
「では私のことをずっと見ているといいぞ」

 外の景色を見るのと、DIOを見るのと、どちらも心臓に悪い。ちらっと眼前のDIOを見ると、その美しさに引き込まれてしまうような気持ちになった。

「着飾ったも綺麗だな」
「そ、んな……」

 綺麗だなんて言われて、世辞だと分かっていてもは身体が熱くなる。そうしているとウェイターが乾杯酒を注いでいく。DIOがグラスを持ち上げると、もそれに倣う。グラスの中で小さな泡がいくつものぼっては消えてゆく。グラスを合わせて小気味よい音を鳴らせ、乾杯をする。一口飲めば苦みが口いっぱいに広がり、は思わず顔をしかめる。

「に、苦いです……」
は酒が得意ではないからな」

 昔、が一息にワインを煽ってヘロヘロになった姿がDIOの脳裏に浮かぶ。潰れた彼女を運ぶことなんて造作のないことだが、カイロタワーで眠られても困る。が、酒に酔ったを久々に見たい気もする。なんてを見ながらDIOが考えていると、視線に気づいたが小首を傾げる。先ほどは青ざめていた顔も、だいぶ血色がよくなってきたようだった。

「どうかなさいましたか?」
「いいや」

 料理が運ばれてきて、はそれはそれは幸せそうな顔で食べる。DIOは吸血鬼なので、人間の食べ物を食べなくてもよいのだが、こういう場なので仕方なく口にする。人間だったらきっと美味しいと感じたのだろうが、やはり女性の、もっと言えば処女の血が一番だ、とDIOは思う。
 の血は一体どんな味なのだろうか、と幾度となく考えている。彼女の血を啜りたいと思うも、DIOは決してそれをしない。彼女の血を啜るということは、即ち彼女の身体のどこかしらが傷ついている……ということになる。それはしたくなかった。
  はDIOと会話をしつつ、料理に舌鼓を打つ。全ての料理が美味しくて、とても幸せな気持ちになった。

「そういえば、DIO様はいつも何を召し上がっているんですか?」

 食後のデザートを食べ終えたところで、お酒によって目元がとろんとしたが問う。

「やっぱり……血なんですか?」
「あぁそうだよ。血を飲むと力が漲るのだ」
「わぁ……吸血鬼ってすごいです」

 信じているのか、いないのか、いまいち判断がつかないの反応に、DIOはふっと抜けるような笑いが自然と出た。

「このDIOを翻弄するなんて、君くらいだな」

 DIOが目を細めれば、は目を丸くして、何度か忙しなく瞬く。

「……わたしは、勘違いしそうになります……DIO様のせいです」
「私が何をしたというのだ?」
「DIO様が優しくしてくださるから……こうやってお誘いいただけるから……愚かなわたしは勘違いしそうになるのです」

 酒がまわり、上気した顔でが眉をへの字にしている。
 すべてを打ち明けたら、どうなるのだろうか。急激にやってきた衝動を、必死の思いで抑える。伊達に百年以上生きていないので、昔と比べれば感情のコントロールも上手くなったと言うものだ。
 ―――はいつだってジョナサンのことだけを見ていた。
 しかし今、目の前のは、DIOへの気持ちを日々募らせているように思える。大切なことを忘れたその空白を埋めるように。
 つい、ジョナサンを上回ったのではないかと錯覚してしまう。しかし決して上回っていないことは、感覚でわかる。まだだ、まだその時ではない。けれど、もしかしたらジョナサンを超えたのではないかと甘い錯覚を覚えてしまう。
 DIOの思う通り、実際には戸惑いながらもDIOに惹かれている。けれど、記憶が取り戻せてないのがブレーキになっている。記憶を取り戻したら、DIOを好きだとはっきり認識できるのだろうか、とは思うも、皮肉なことに記憶を取り戻したらDIOへの気持ちはかき消されてしまうことを、勿論は知らない。

(認めよう、君の身も心も欲しいと。百年待つくらいには、な。そしてもそのままこのDIOを求めろ)

 はDIOに見つめられ、痺れるような心地がした。まだ記憶を取り戻せていないのに、どうしようもなく惹かれている自分が怖かった。

「勘違いかどうか、確かめてみればよい」

 DIOの囁きかけるような言葉に、の心臓が早鐘を打つ。それこそ先ほどのエレベーターのように心音が急上昇しているのわかった。
 確かめていいのだろうか、確かめるってことはつまり、DIOに聞いてよいのだろうか。自分のことをどう思っているのかと。
 心臓が早く動くのに同時に、アルコールが目まぐるしいスピードで体内を巡っていく。

「あ……でぃ………さ……」

 間もなくの思考が停止した。


(2021.01.18)
このシリーズのDIO様は、悪の帝王というよりは、Over The HeavenのDIO様のような、どこか人間味があるDIO様でお送りしています。カリスマ感、帝王感がなかなかでなくてすみません。。