眠りに就く前は、一緒に寝ていたなんて言っていたけれど、それこそどんな関係なのだろうか。一緒のベッドで寝るってつまり、恋人同士ではないのだろうか。それ以外で一緒に寝るのなんて、関係性がよく分からない。けれど、恋人同士の筈はないのだ。謎は深まるばかりだが、真実を知るDIOはそれ以上のことを教えてくれない。 それにしても、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。今、自分の身体にまわされている逞しい腕がどうにも気になって仕方ないし、すぐ近くにあるDIOの整った顔が直視できなくて視線のやり場にも困ってしまう。もはや罰ゲームのような気持ちだ。 時計がないから何時か分からないけれど、いつもならもう眠っているような時間だろう。けれどお陰様で全く眠気がやってくる気配がないのだ。それどころか冴えに冴えていて、もう今日は眠れる気がしない。すべてDIOのせいだ。 貴方の腕の中 「寝ないのか」 降り注いだ声はなんだいつもより掠れていて、それがDIOのセクシーさを増している。DIOもまだ眠っていないようだった。 「寝れません……」 思ったより情けない声が出て、そんな自分に驚く。目を開ければ、DIOの瞳と視線が合う。は恥ずかしくて、視線を伏せる。 「―――を襲ったりしないから、安心するのだ」 『まさか夜伽のお相手?』―――マライアの言葉が突如思い出される。 「大丈夫、君とは身体を重ねたことはない」 吸血鬼と言うのは、超能力者でもあるのだろうか。もっと言えば、心を読むことが出来るのだろうか。まるで頭の中を見透かされたかのような言葉に、の顔に熱が集中するのを感じる。 一つ引っかかったのが、君“とは”と言ったこと。つまり、ほかの女性とは重ねているということだ。彼が美しく、女性には困らないのはわかっているし、彼は自分の恋人ではないことだって勿論わかっている。けれども一瞬、彼がほかの女性と身体を重ねていることを示唆する言葉に、愚かにもずきっと胸が痛んだ。そしてそんな自分に嫌気がさした。こんな気持ちもDIOに伝わってなければいいけれど。 「わたしのようなものが、DIO様のお相手など務まりません」 「は、私の相手になりたいのか?」 試すようなDIOの言葉に、は答えに詰まる。そんな様子を見てDIOは喉の奥で笑う。 「あまり、からかわないでくださいませ……」 非常に情けない声色ではあるが、精一杯言葉にすれば、頭上から「すまない」と穏やかな声が降ってきた。 「……しかし、君が私を求めたことは、一度だってない」 「そんなこと―――」 そんなこと、ない? 反射的に否定しようとして、は慌てて口を噤む。記憶が欠落している自分がそんなことない、と断言するのは可笑しな気がしたからだ。果たしてはDIOに対してどんな感情を抱いていたのか、どんな関係だったのか、全く思い出せない。思い出そうとしても、思考に靄がかかってそれ以上先へは進めないのだ。 「わたしは、DIO様にとって、どんな存在なのでしょうか」 勇気を出して顔を上げ、問う。DIOがゆっくりと瞬くと、彼は緩慢な動きでの頭を優しく撫でる。男らしく、大きな掌にの頭はすっぽり包まれる。まるで自分の頭がボールになったように思えた。 「さて、どんな存在だったか」 やはりはぐらかされてしまう。これはもう、過去の記憶を自分で思い出すしかないのだろう。が俯き、諦めかけたその時だった。 「一つ言えることは、私にとっては何にも変え難い存在だったということだ」 遡ること、百年と少し。出会った時から恐らく今に至るまで変わらずジョナサンのことを好きだというメイドの気持ちをDIOに向けたくて、にちょっかいを出していた。当初は、温かい場所にいるジョナサンからすべてを奪いたくて、引きずり落としたい一心だったように思える。 けれど、段々と、毒気のないと一緒にいることが好きになった。まっすぐで狡猾さがないと一緒にいると安心した。唯一の安息だった。 周りは敵しかいないと思っていたが、だけは違った。今なら認められる、あの時からDIOはずっとのことを好きだった。けれど当時のDIOは若さゆえ青く、そして手に入りそうで入らないもどかしさが、DIOの自尊心をいたぶり、素直にさせなかった。 DIOの言葉を受けて、の胸が痛むのを感じる。この痛みは、どうしてだろう? 嬉しいからなのだろうか? よく分からなかった。記憶は殆ど取り戻せないが、一つ言えるのは自分は恋愛経験が乏しいのだということ。それは記憶を取り戻さずとも分かった。だから自分の胸の痛みの正体が分からないのだ。 「わたしにとって、DIO様はどんな存在だったのでしょうか。わたしはDIO様を、好きだったのでしょうか」 「それはにしか分からんな」 「……仰る通りですね」 は深く同意した。DIOの言う通り、の気持ちはにしかわからない。決めた、もうDIOに答えを求めるのはやめよう。思い返せば、自分は努力を怠っていたような気がする。答えを知る人物がいるから教えてほしいとせがんでばかりだった。頑張って、自分で思い出さなければ……… DIOに優しく撫でられているうちに、どんどんと眠気が押し寄せてきた。彼の大きな掌に安心感を覚えて、意識がどんどんと遠くへと行く。 『なぜだ、なぜぼくではだめなのだ!』 ―――わたしは、……様のことを――― 『気持ちのないキスなんて、ただ唇と唇が触れただけのことだ。勘違いするなよ』 ―――でも、ディオ様はわたしの――― 「、共に生きてくれないか」 規則正しい寝息を立て始めた。DIOは撫でる手を止めて、額に優しくキスをした。 「共に生き、そして天国へ行こうではないか」 目が覚めて、近くに人の気配を感じては違和感を覚える。半身を起こして状況を確認し、思い出す。大きすぎるベッドの真ん中で寄り添うように小ぢんまりとDIOととがいた。昨夜はDIOに言われてDIOの部屋で一緒に寝たのだった。 の動きにつられるように起きたDIOが隣で上半身を起こしてたを捉えると、の上体に腕を回して抱き寄せる。磁石が引き合うようにぴったりとDIOに引き寄せられたは、その固い胸板が顔の目の前に現れて、寝起きにも関わらず叫びたいような心地になった。目の前は胸板。顔を上げればDIOの顔。一体どこに視線をやればいいのだろうか。 「おはよう、」 DIOの穏やかな声が頭上から降り注いだ。回されていた腕の片方が、の頭に置かれて、優しく撫でられる。この動作で、昨夜のやりとりを思い出し、頬が紅潮するのを感じる。 「おはようございます。わた、わたし、お掃除しないと」 「テレンスかヴァニラにでも任せておけ」 「しかし―――」 「今日の仕事は私と共に出かけることだ。分かったな」 このDIOの一方的な命令には、懐かしさを感じる。が、出かけるとは一体どこへ行くのだろうか。 「お出かけですか? どちらへ」 「夜のカイロを案内しよう」 カイロを案内? 仕事で? 困惑するを差しおいて、DIOは上機嫌そうに口角を上げた。 |