大きく息を吸い、そして吐いた。一際豪華な装飾の扉は重々しく閉じていて、今からこの扉を開けると思うと気が重い。別に今からこの館の主に叱られるわけではない。ただ、話をするだけなのだ。なんだかそわそわして、緊張して、今すぐ逃げ出してしまいたいのだ。

「……よし」

 覚悟を決めて扉にノックをしようと思ったその時、重々しい扉が開け放たれて部屋の中からDIOが現れた。は突然のことに驚愕し声が出ず、身動き一つもとれなかった。DIOはその様子にクスクスと笑いながらの手首をとって部屋の中へ連れ込み、その勢いのままはDIOの胸にすっぽりと収まった。女性とは全く違う固い胸板に鼻をぶつけて少しだけ痛い。

「暫く扉の前にいたな。いつ入って来るのかと思っていたよ」

 そう言いながら、DIOはの頭を優しく撫で、手首をつかんでいた手で扉を閉めた。そしてそのままその手をの腰にまわした。なんだかゾクゾクする。
 この状況には今にも叫びだしそうな気持ちになった。今、DIOの部屋に二人きりでいて、更に胸の中に抱かれて頭を撫でられている。緊張のあまりDIOの言っている言葉は頭の中に留まることなく耳をただ通り抜けていく。もうの頭はショート寸前であった。

?」

 の非常事態に気づいたのか、DIOが面白そうに名を呼ぶ。

「DIO様……!」

 顔を上げると、よりも背の高いDIOと目がかち合う。深紅の瞳はなんと妖艶なのだろう。それでいてずっと見ていると二度と戻ってこれなくなりそうな怖さもあった。思わずもう一度顔を伏せるが、おでこがDIOの胸板に当たってそれはそれで緊張が高まった。

「くっくっく……」

 DIOは絶対にわかってやっている。

「は、離してください……」

 両手でDIOの身体を押して離れようとするが、びくともしない。

「あんまりを困らせてもいけないな」

 そういうとDIOはひょいとを横抱きし、すたすたと歩いていく。もう先ほどから心臓がビックリするイベントが目白押しで驚きが追いつかない。DIOが歩みを進めるたびに身体が揺れてなんだか変な感じだ。DIOは進行方向をまっすぐ見ていて、そんな姿を不躾ながらじいっと見つめる。

(わたしは……DIO様にとってどんな存在だったのでしょうか、そして今は……?)

 ずっとリハビリに付き添ってくれたり、抱きしめられたり、何の力も持たない自分をこれ以上ない待遇で傍においてくれたり。こんなに美麗で恐ろしいほど魅力的な男性が、一体なぜ。答えは彼だけが知っている。



過去を重ねる



 すとんと降ろされたのはベッドの上だった。DIOのベッドは一際大きく、そして豪華な装飾が施されており、DIOの権力そのものを表してるようにも思えた。そして何より腰掛けただけでもわかる質の良さ。けれどが使わせてもらっているベッドも恐らくこのベッドと同じくらい良いものだと推測する。自意識過剰かもしれないが、かなり寝心地がいいし、何回も横回転しないと端に辿り着かないほどの大きさである。ただのメイドに与えるものにしては怖いくらいに上質なのだ。

「さて、

 DIOはの横に腰かけた。DIOのほうが背も高く、体重も重いため、ベッドが必然的に更に深く沈みこむ。

「君に贈り物がある」
「えっ……?」
「あちらを向いて」

 言われた通りの方向を向けば、DIOに後頭部を向ける形になった。するとDIOの手がの髪をひとつにまとめようとする。手がたまに首を掠めるものだから、なんだかくすぐったくてはびくっと身体を震わせて目を閉じる。

「んっ」

 しかも変な声まで出てきて、思わずは口を両手で塞いだ。

、どうしたんだ?」

 DIOの低くて穏やかな声が耳元で聞こえてきて、は体の奥底からゾクゾクとするのを感じた。耳元でささやくのは反則だ。顔が至極近い距離にあることとか、色気を含んだ声とか、DIOのすべてがの五感を敏感にさせる。

「く、くすぐったくて……」
「ほう。……まあいいだろう」

 DIOは元の姿勢に戻り、そのまま髪いじりをつづけた。ヘアゴムか何かで髪を束ねたのち、その上から何かを結び付けているようだった。

「よし。、触ってみてくれ」
「はい……これは、リボン?」
「ああ、その通りだ」

 フラッシュバックする記憶。DIO……今よりも随分と幼いDIOが、ラッピングされた袋をに手渡す。恐る恐るあけると、欲しかった赤いリボン。驚いて、すごく嬉しくて、DIOの顔を見れば、驚くを面白そうに見ている。

?」
「あ……DIO様、あの、昔同じようにリボンをくれことがありますか……?」

 違っていたらすみません、と付け足してちらりとDIOを見ると、珍しく面食らったような顔をしていた。こんな表情もするのだと思ったのも束の間、すぐにDIOはニヤリと笑んだ。

「ああ、あるよ。、記憶を少し取り戻したのか?」
「何と言うか、断片的に光景が浮かんできたんです。昔、赤いリボンをいただいた記憶……」

 なんだか胸が暖かくなる。

「すごく、嬉しかった……。ような気がします。もしかしてこれも、赤いリボンですか?」
「その通りだ」

 DIOはの髪を結んでいたリボンを解いてそれをに見せてくれた。DIOの瞳のような赤のリボンがDIOの大きな掌にあって、そのミスマッチ感がなんとも面白かった。

「今回は、嬉しいか?」

 そういって優しそうに、でも悪戯っぽく目を細めるから、の心臓が早鐘を打つ。

「はい……とても嬉しいですDIO様」

 なんでこんなにドキドキするんだろう。こんなに魅力的な人だから、それは仕方のない事だろうか。でも、どこかで違和感を感じている自分もいるのだ。これでいいのだろうか、なんて。理由は分からないけれど。



 当時にあげたリボンはこの百年の時の中でダメになってしまったので、新しくプレゼントしたわけだが、あの頃、二人で築いた思い出だけを綺麗に思い出したようだ。思惑通り事が運び、ぞくぞくとする。あの頃の記憶を呼び起こすということは、すなわちジョナサンのことを思い出す危険も非常に高い。彼女の人生にとって、ジョナサンと言う存在は何よりも大きい。悔しいがそれは認めざるを得ない。
 けれども、賭けてみたかったのだ。二人だけの思い出を思い出すほうに。
 嬉しいです、と微笑むの頭の中は、きっとDIOのことだけを考えているに違いない。当時は100%ジョナサンで占めていたの頭が、今DIOでいっぱいになっている。
 ―――けれど

「DIO様、なぜこんなによくしてくださるんですか……?」

 ジョナサンのことを忘れたままの状態でDIOのものになったとして、それで自分はいいのだろうか。それは本当に、あの頃からずっと欲していたなのだろうか。

(このDIOが、そんなことを気にするなんてな)

 自嘲気味に笑んで、DIOは何も言わずにを抱擁する。の身体が強張るのを感じた。

「さて、なぜだろうな」

 はぐらかしてみせれば、はDIOの胸の中で、はい。と返事をした。何に対しての「はい」なのかよくわからないが、差し詰め緊張していてとりあえず相槌を打っただけだろう。


 ―――最初はただ、ジョナサンのことが好きだというメイドの気持ちをこのDIOに向けたくて、ちょっかいをだしていただけなのに、な。

、今夜一緒に寝よう」
「えっ」
「記憶をなくす前は一緒に寝ていたんだから、なにも不思議ではあるまい」
「えっ、ええ、えええ……」

 吸血鬼になった後の館での日々が脳裏に浮かぶ。彼女を氷の世界に閉じ込めた日、いつでも口づけできる距離でじゃれあっていたあの時。
 彼女の純潔は、その時が来るまで守りぬく。