映画を見た後に三人はご飯を食べよう、ということになり、ヒカルはラーメン屋を提案した。てっきりファミレスかなんかを想像していたので、は一瞬面食らったが、頷いて彼の後をついていく。そのラーメン屋はよくヒカルが一人でくるところらしい。三人(傍目から見たら二人だが)は、テーブルに座る。とヒカルは向かい合って座り、ヒカルの隣に佐為が座った。はヒカルと同じラーメンを頼み、運ばれてきたお冷を口にした。

はらーめん、よく食べるんですか?』
「ううん、あんまり」

 お冷をテーブルにおいて、首を振る。

「うまいんだよ、多分もはまるぜ」
「ほんと? 楽しみ!」

 ほどなくしてラーメンが運ばれてきて、ヒカルが嬉しそうに「いただきます!」と言い、美味しそうに食べていく。可愛く食べなきゃ。と、一瞬考えを巡らせるが、豪快に食べるヒカルを見ていると、なんだか食べ方なんてどうでもよくなってきた。何気なく視線を横にスライドすると、佐為と視線がかち合った。思いもしなかった出来事に、一瞬息を呑む。次の瞬間にはは慌てて視線をそらして、「いただきます」と、口にして、ラーメンを食べる。なるべく上品に。



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「どう? うまかった?」

 店を出て開口一番にヒカルが言う。

「うん、美味しかった」

 のその言葉を受けて、ヒカルが満足そうに微笑んだ。けれどそんなヒカルよりも、その奥にいる佐為のほうが気になって仕方なかった。三人は歩き出す。

「今日はありがとう、ヒカル、佐為。とっても楽しかったよ」
「おれも!」
、また遊びましょうね!』
「うん! 次は何しようか」

 言いながらは隣を歩くヒカルの顔を見れば、目をまんまるに見開いてを見ていた。何か変なことを言ってしまっただろうか、と不安になる。もしかして、また遊びたいのは自分だけだったのでは? と思い至り、慌てて先程の発言を撤回しようとする。

「あ、あの、さささっきーーー」
「マジで? オレもコイツと一緒のせいでなかなか友達と遊びに行くことできないから、が遊んでくれたらすっげー嬉しい!」

 “コイツ”と言いながら佐為を親指で指して、ニカッと笑った。

「そうなの?」
「佐為がイチイチ驚いたりはしゃいだりして話しかけてくるからオレもついつい喋っちゃうんだよね」
『そんなことありませんよー!』

 先程の映画館での佐為の様子が思い返されて、は納得する。確かにあれでは思わず反応してしまう。佐為の見た目は、凛とした麗人だ。けれど喋ったり動いたりすると、急に可愛い小動物のようになる。は笑みをこぼす。

が一緒なら、と喋ってるみたいになるだろ?」
「そうだね。じゃあ、また遊びに行こうね」

 胸を締め付ける心地よい痛みが、嫌じゃない感じだ。またヒカルとーーーー佐為とお出かけできる。

「わたし、幽霊同盟に入れてよかったよ。あのとき勇気を出して声をかけて本当に良かった」

 見て見ぬ振りをすることだってできた。明らかに異様な人が学校にいるのに、誰も気づいている素振りをない。歴史の教科書に出てきた平安貴族のような烏帽子をかぶった髪の長い麗人を、生徒たちは文字通り通り抜けていく。気がついたときには悲鳴を上げていて、そして次目覚めたときには保健室だった。つい最近のことなのに、随分と昔のことのように感じた。

「図書室に連れ込まれたときはどうなるかと思ったよ」
「人目につかないところに行きたくて……今思い返すとすごい大胆なことしたよね、恥ずかしい」
「いやっ、嬉しかったよ。嬉しかったって変か? とにかく、の大胆な行動で、この同盟ができてわけだし」

 普段だったらそんな行動力はない。あのときは必死だったからできたのだ。もしヒカルが気づいていなければ、憑いていると教えてあげたかった。けれど図書室でヒカルの後ろにいる幽霊――佐為――をまじまじと見て、あまりの美しさに見惚れてしまい、思考が停止してしまったのだ。

「てかんちはどっち? 送ってくよ」
「あ、お気遣いなく。ちゃんと帰れるから」
『駄目です! に何かあったら大変です。私達できちんと送っていきます』
「そうそう、ちゃんと帰れたかなって心配するよりも、ちゃんと帰ったの見届けて安心したほうがいいじゃん」
「そっか。じゃあ……お願いします。こっちだよ」

 佐為とヒカルに諭されて、はおずおずと頷いて道案内を始める。女の子扱いされているのが嬉しいような、こそばゆいような、そんな気持ちになる。それに、二人と一緒にいることができる時間が少しだけ伸びたことが嬉しかった。

、いつうちに遊びきますか?』
「家主より先に聞くなっての!」
「ふふ、いつでもいいよ」
『では明日はどうですか!?』
「そんな毎日オレたちと遊んでられねーよ! だって忙しいんだから」
『うう……そうですよね。もっと一緒にいたいですが、仕方ありませんね』

 を差し置いてとんとんと話が進んでいくのがなんとも可笑しい。まるで生まれたときからずっと一緒にいるかのようなリズミカルなやりとりだ。
 それにしても、まさか明日も誘ってもらえるなんて、しかも佐為からのお誘いなんて、ニヤニヤとしてしまう。

「こいつ、オレ以外に喋り相手いないから、と会えたのが嬉しいんだよ。 オレと会う前は百年以上も一人ぼっちだったしな」
「じゃあ……来週の土曜はどうかな? 二人に囲碁教えてほしい」
『勿論です!!』
「だーかーらぁ、オレより先に返事するなっての!!」

 佐為がぴょんぴょんと跳ねて喜び、ヒカルはそんな姿を見て呆れたように笑う。やった、来週も二人に会える、そう思うとふわふわと夢の中にいるような暖かくて心地よい気持ちになった。それにしても自分が三谷以外の男性とこんなに仲良くしているのが不思議で仕方ない。おそらく、ヒカルがいい意味で緩く肩肘をはらないので、としてもリラックスできるのだと思う。だが、佐為と話すときは、少しだけ背伸びをして、いい自分を見て欲しくなる。それは佐為が幽霊だからだろうか、それとも年上だからだろうか。理由はよくわからなかった。
 の家へは順調に進んでいき、あっという間にたどり着いた。

「んじゃあまた学校でな! 今日は本当にありがとう」
「こちらこそありがとう。またね」

 手を降って見送り、後ろ姿を見守る。ずんずんと進んでいく途中、佐為が優雅に振り返り、視線が絡み合う。心臓が跳ね上がり、息を呑む。佐為は立ち止まり、ふっと微笑みを浮かべると、何を言わずに手を降った。ヒカルは気づかずに進み続けている。は自然と口角が上がるのを感じつつ、手を振り返した。佐為は満足したように笑みを深くすると、ヒカルの後を追っていった。
 姿が見えなくなると、は笑みをそのままに家へと入った。

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 翌日、日曜日。特に予定のないは、昨日の余韻に浸り切る。今日も暇なのだから、佐為が『明日はどうですか?』と聞いてくれたときに、食い気味に「空いてるよ!」と返事をすればよかった、と軽く後悔する。自室で何度も昨日の出来事をなぞるように思い出しては、ニンマリとする。傍から見たら不審者だが仕方ない。それくらい昨日は楽しくて、幸せな一日だった。来週も二人と遊べるなんて、怖いくらい幸せだ。
 幸せのため息をついたそのとき、階下から母の声が聞こえる。

! 祐ちゃんから電話よ!」
「はーい」

 祐ちゃん―――つまり、幼馴染の三谷祐輝だ。は階段を降りて受話器がふせられた電話をとる。

「もしもし祐輝?」
『よっ。祐ちゃんって久々に聞いた気がする』
「あはは、たしかに。わたしのお母さんの声聞こえたんだ」
『すっげー聞こえてた。! 祐ちゃんから電話よ! って言ってたな』
「一言一句間違えてないね!」
『なあ今日ヒマ?』
「うん? 暇だけど」
『じゃあ今から迎えいくから』
「え? 待っ―――」

 の言葉もむなしく、ツーツーと言う機械音だけが聞こえてくる。

「なんて勝手なの……祐輝ってほんと、気まぐれな猫ちゃんみたい」

 まあでも暇だったし、いっか。とは受話器を置くと、リビングにひょっこりと顔を出す。

「今から出かけてくる」
「あっそう、祐ちゃんによろしくね。帰りに牛乳かってきてちょうだい」
「はーい」

 言わずとも、母には出かける相手がお見通しだったようだ。