『もしもし、えっと進藤ですけど――』
「ヒカルっまってたよ!」

 ずっと電話機の近くでそわそわしていたのだが、夕ご飯を食べ終わって少し経ったくらいに電話が鳴った。1コールですぐに受話器をとる。その声の主はヒカルで、は逸る気持ちをそのままに返事をした。

『あ、? 今時間大丈夫か?』
「うんうん! 全然平気だよ! あ、後片付け任せちゃってごめんね! あした、どうしようか?」

 と、一気にまくし立てたあと、自分があまりに食い気味なことに気付いて一人で恥じた。ちらっと周りに人がいなことを確認して、ほっとする。

「うん、うん、じゃあ明日、駅前集合ね。わかった! うん、はーい、おやすみ!」

 ピッ、と電話を切って、息をつく。明日ヒカルと、遊びに行く。男の子と遊ぶなんて初めてだから、緊張しないほうが無理がある。たまに三谷と遊びに行くこともあるが、彼とは付き合いが長いため、別段緊張もしないし、意識もしない。
 そうはいっても佐為も一緒なので三人だ。だからと言って緊張しないわけがない。ヒカルと一緒なのも緊張するが、佐為と一緒なのも緊張する。彼はとヒカルにしか見えない幽霊であるが、には見えるのだ。いつもは愛くるしい、まるでヒカルのペットのような佐為であるが、ふとしたとき、佐為に見つめられると、息が止まる心地がする。彼はあまりに美しすぎる、



三人の土曜日



 約束の時間の五分前に駅前にたどり着き、そわそわとヒカルと佐為を待つ。いつも制服を着ている中学生たちにとって、たまに着る私服は新鮮である。二人にはどのように写るんだろう? は今日の服を見回す。自分から見たらそれほど変ではない。大丈夫なはずだ、と少し自信を取り戻し、もう一度、駅にある時計を見る。約束の時間だ。ヒカルの姿はまだ見えない。

「ごめん! ちっと遅れた!!」

 結局、ヒカルと佐為は五分遅れて待ち合わせ場所にやってきた。遠くのほうから二人して同じ足並みで走ってくる様子が見えて、はちいさく笑ってふたりを迎えた。

「いいよ。全然待ってない。」
『ごめんなさい! ヒカルがね、昨日緊張して寝れなくて、結局寝坊――――』
「るっせえぞ、佐為! 余計なこというな!!」

 緊張して寝坊、この言葉を聞きのがさなかった。自分だけでなく、ヒカルも緊張していたなんて、なんだか嬉しかった。

「ふふ、いこっか。」
『はい、行きましょ!』
「てめー佐為、勝手に行くなって!」

 ヒカル曰く、佐為と二人で出かけていると、つい口に出して喋ってしまう時があるらしく、そんな時周りの目が痛くて仕方ないらしい。つい喋ってしまうヒカルの姿がすぐに想像できて、つい笑ってしまった。
 二人は今日、映画を見ることになっていた。駅から少し歩いたところにある、昔からある映画館で、もヒカルも利用したことのあるところだった。そこで二人分のチケットを買って、“シアター7”へ向かう。
 映画館は土曜日だというのに、閑散としていた。自分たちは一番後ろの席の真ん中で、ほかには前のほうの真ん中の席にカップルが一組、真ん中らへんの、少し左寄りに男性が一人いるだけだった。みんな映画どころではないのだろう、とは一人納得した。

『すごいです! 大きな幕があります!!』
「あそこに写るんだよ。」
「こいつ面白いだろ? 原始人みたいで。」
『む、失礼な! 原始人ではありません!!』
「ふふふ。」

 二人の会話を聞いているとなんだか笑みがこぼれる。ふたりの間には千年の時の隔たりがあるというのに、まるでふたりは兄弟のようだった。

『ヒカルゥー、私、どうすればいいですか?』

 とヒカルが隣同士に座り込むと、オロオロと落ち着きなく右往左往して自分の居場所を求める佐為に、あー、とヒカルは間の抜けた声を上げる。

「どっかそこらへん座れよ。」
『ではの隣に。』
「ばか! お前はオレの隣だ!」
『どっかそこらへんといったではありませんか!』
「うるせェ! いいからここだ!!」

 と言ってヒカルは自分の隣の席をぼんぼんと叩いて、佐為を押しやった。最近の映画館は誰も座らなければ、椅子の座るところ自体が自然と上がってきて収納されるタイプが多いが、ここの映画館は何せ昔からあるため、そんな機能は備わっていない。なので佐為は戸惑うことなくすんなり座った。多くの椅子は誰かに座られるのをじっと待っているようだった。

「今度からは真ん中を開けてチケットを買おうよ、そうすれば真ん中に空いた一席なんて、誰も買わないし。」
「ああ、それいいアイディアだ。」

 ヒカルは心中で、今度から、という言葉に胸を躍らせる。その言葉を意味することは、今回だけでなく次回も存在するということ。だって何も考えないで言ったわけではない。次をにおわせる言葉は自然に言ったようにみえて、しっかり考えていった。

(……自然と言えたかな、え、大丈夫だよね? わあ、恥ずかしい……!)

『では、今度はの隣ですね!』
「そうだね。」

 ヒカルを挟んでと佐為は視線を合わせ、にこりと微笑みあう。その二人の仲のよさそうな目線を断ち切るように、おい、とヒカルは佐為を一瞥する。

「佐為、お前絶対騒ぐなよ?」
『勿論です!』

 と、二つ返事であったのに、佐為は映画館特有の大きな音だったり、大きなスクリーンだったりに、気持ちいいくらいのリアクションをしていて、は映画の内容よりも、無邪気に驚く佐為のほうが興味をそそられた。騒がないように口を押えているのだが、そんなガードでは防げないほど騒いでいる。これは隣に座られたら映画の内容なんて一つも残らないだろう。

「もう、佐為煩すぎて全然中身わかんなかったし。」

 映画を観終わって、映画館を出て早々、ヒカルがふて腐れたように言った。

「とか言って、ヒカルが寝てたのわたし知ってるよ。」
「え、あ、あはは! バレてたか!」
「佐為があんなにうるさかったのによく寝れたよ、ヒカル。」
『ごめんなさい、。』

 しゅんと項垂れた佐為に、一気に罪悪感が襲う。別に佐為を責めたかったわけではない、決して。

「あ、全然いいんだよ! すっごい面白かった! 佐為と一緒にいたらぜーったい、毎日面白い!」
「でも、滅茶苦茶うるさいぜ? 一日くらい貸すって。」
『へーんだ! ヒカルなんて、私がのところに行って、一人になって寂しい思いをすればいいんです!』
「なんだと!」
「まあまあ。」

 また睨み合う二人に、は苦笑いした。