王、大変です!!」
「どうしたサンチョ?」
「パパスさまと、さまが!!」
「は!?」

 我が耳を疑うとはこのこと。午後の昼下がり、慌てて謁見の間にやってきたサンチョが持ってきた情報は俺の頭をぐっちゃぐちゃにした。
 親父も、も、生きてたのか?




Surprised!




 こんなことってあるんだな、と俺は心底驚いた。もう何年も前、ラインハットに呼ばれた時、王子が誘拐されるという事件があった。俺は親父に言われて、誰にも何も言うな、と言われてラインハットに残っていたが、なかなか帰ってこなくて心配になった俺はついにラインハットの王様に事情を説明した。すぐに捜索隊が向かったが、遺跡にはチロルだけしかいなかった。親父もも、ヘンリー王子も忽然と姿を消していた。
 俺にはチロルだけになってしまった。遺跡には死体はなかったが普通に考えて、生存確率は絶望的。

「ガウウ……」

 チロルが喉を鳴らしてにすり寄る。チロルは震えていた。結局俺はラインハット兵と一緒にサンタローズに戻って、サンチョを尋ねに行った。そしてすぐにグランバニアにやってきて、ここで育ち、数年前に王様になった。グランバニアにいる間に父、パパスはグランバニアの先代の王だということを知り、父の旅の目的を知り、そして俺が第一王位継承者であることを知った。しかし王になるにはまだ幼かったため、オジロンさんが王様を務めていたのだった。
 そうこうしている間にも二人について何の情報も舞い込んでこなかったので、もう諦めていたのだが。

「いろいろと苦労を掛けたな、二人には。はもう王様だというではないか」
「親父……」
「パパス様……っ」

 二人は生きていたんだ。魔物に生け捕りにされて、大神殿の建設現場で奴隷として生きていたらしい。サンチョは感動のあまり、もうティッシュ箱が二箱目に突入している。

「わしが知ってたころのは、泣き虫で、のあとを引っ付いて回る子供だったのになあ」
「もう年月が経っていたからね。それよりも、」

 何よりも驚いたのは、

「久しぶりね、

 が女連れだったってことだ。し! か! も! あの、ビアンカ! 一緒に幽霊城を探検したあの! この数年間で、は奴隷を経験し、脱出し、人生を共にする伴侶を見つけたらしい。
 見つけたというかなんというか。俺なんてごにょごにょ。しかも、

「何か月ナンデショウ」
「ああもう、結構経っているみたい」

 ぽっと頬を赤く染めたビアンカ。親父と一緒に旅しててなんてことしてやがる……ふしだらな!
 ――そう、赤ん坊がいるらしい。ビアンカのお腹の中には。彼らの今まで生きていた軌跡は、一気に言われてもどうしても現実味が帯びてこないのに対して、とビアンカの婚約は目の前で突きつけられているので、現実感が出る。親父とが生きていたってことがもう、吃驚しすぎて信じられない。何の音沙汰もなかったのに。二人が目の前にいるのが何よりの証拠だっていうのに。

「まだ吃驚しすぎて動揺してるけど、とにかくあいてる部屋使ってよ。前親父とおふくろが使ってた部屋は空き部屋のままだから、とビアンカで使ってもらって、親父は来賓部屋を使ってよ」
「すまないな」
「ありがとう。後でまたゆっくり話そう。ああ、もし部屋が余ってたら、仲間たちの部屋も借りていいかな?」
「仲間たち?」
「うん、魔物なんだけど、俺たちの旅についてきてくれてるんだ」

 すげえな兄貴、魔物を改心させるって。

「おお、すげーな。まあ、どこでも使ってくれよ!」

 その日のうちに先代の王、パパスと現王の俺の兄、の帰還はグランバニア中に広まった。ある程度年を重ね、政を行ってきた俺は、今後のことについても考えていた。
 つまるところ、王の座は誰がいるべきか。
 俺としては王の座に未練も何もないので、親父がやりたければ親父にやってほしいし、がやりたければ がやればいいと思っている。このまま俺がやってもいいし。どちにしろ俺たち一族が王位を守っていくことは確約されたといえる。
 最近気がかりな大臣の動向――。怪しげな魔物と会話する姿が目撃されていたりして、何かよからぬことをたくらんでいるのはわかっている。まあ差し詰め王位を狙っているのだろう。さっきも言ったが、王の座に何も未練はないのだ、けれど愛国心は持ち合わせていて、よい国にしたい気持ちは人よりも強いと思う。その点で大臣には任せられないと思っている。

「魔物使いの王さまも引退時だな、チロル」

 王座のすぐ隣で寝ているチロルに声をかける。チロルはぴくっと片耳を動かしたが、そのまま寝続けた。地獄の殺し屋キラーパンサーの名が泣くぞ。なんて心の中でぼやく。
 俺がグランバニアにやってきてからずっとチロルと一緒だったものだから、国民から昔は魔物使い王子
と呼ばれていたが、王となった今は魔物使いの王さまと呼ばれいている。も魔物の仲間がたくさんいるので、魔物使い兄弟と呼ばれる日もそう遠くないだろう。

坊ちゃん、あっいえ、王、夕食です」
「ふはっ! 懐かしい人たちとの再会でサンチョまで昔に戻っちまったみたいだな。いいんだぜ、坊ちゃんで」
「ンめっそうもない! 王様ですから!!」
「ははは。よし、チロル行こうか」
「ガウッ」

 夕食の席にはドリスや、オジロンさんも同席した。親族同士でこれまでのことなどをわいわいと話した。ビアンカはニコニコと話を聞いていて、時折と会話を交わして、二人でほほ笑み合っていた。オジロンも自身の兄の生還がとても喜ばしいとみて、いつもよりも嬉しそうな顔で、饒舌であった。威勢がいいで有名なあのドリスも、少し緊張しているように見えて、は心の中で笑っていた。
 その日の夜、今度は俺と親父とで、俺の部屋で静かにお酒を酌み交わす。

「息子たちと酒を酌み交わす時が来るとはなあ……」

 親父の発言は、この日が来ることが信じられなかったといったような内容が多かった。この日まで生きてこられたのがよっぽど不思議な人生をたどってきたのだろう。
 無理もないか、と俺は考えた。奴隷をやっていたほどだ。俺だってこんな日が来るとは思っていなかった。寧ろようやく諦められたくらいだ。

「あとは母さんがいれば、一家がそろうってわけか」
「うむ……」

 母さんは生きている、昔サンチョから聞かされた真実。そして母を探すためにすべてを投げ捨てて幼い俺たちを連れて旅に出た親父。

「親父はまだ旅を続けるのか?」
「そうだなあ。まだ決めかねている。孫も生まれることだしなあ」
「なるほどな」
「ハイジはいないのか、よい女性が」
「いねえなあ。うん、王様ってのは出会いが少ないんだよな。国民が恋人ってとこかな」

 幸せな日々が続く、そんな風に思っていたのに。神様はそんなことを許しはしない。