「貴様は……誰だ?」
「あ、あなたこそ……」

 昨日は確かに自分の部屋で寝た。いつもどおりの時間に。なのに、なのに、なのに、なんで見知らぬ部屋で起きて、そして見知らぬ男がいるのだ。しかも、まるで一夜を共にしたような雰囲気で。(同じベッドの中に入っていて、同じ枕を使っている)

「起きたら貴様がいたのだ。ここは、私の家だ」
「わたしも起きたらあなたがいたんです。全く、見知らぬ家です。ここ、どこですか?!」
「だから、私の家だと言っている」

 真顔でなんてことを言っているのだろう。

「私の家じゃわからないです。具体的な地名を、お願いします」
「……ロザリーヒルの村だ」

 ロザリーヒル……。全く記憶の端っこにもない名前。わたしの顔から何か感じ取ったのか、「知らぬか」と尋ねられる。わたしは頷くと、逆に「どこからきたのだ」と尋ねられた。

「ラインハット王国に住んでいます」

 見知らぬ男は顔をしかめた。ああ、わたしもこんな顔をしていたのか。「知らないですか」と尋ねる。
「知らぬな」と短く言った。

「……ラインハットといえば、わたしが言うのもなんですけど結構有名なんですよ」

 いつまで二人でベッドに入りながら会話をしているのだろうか。

「知らないものは、知らない」
「世界を救った勇者さまのお父さんのお友達の国なんです」
「……勇者?」

 何か引っかかったような顔をした。

「はい。ロイさまですよ。確か、ミルドラースという魔物と家族で戦ったんです」
「ロイ? 勇者というのはであろう。それに戦ったのは……デスピサロとエビルプリーストだ」
「……さまというのは、伝説の勇者さまです。情報古いですよ」

 ロイさまたちが世界を救ったのは数年前の話。世界は大賑わいだったけれど、まさか賑わっていない
ところがあったなんて。さまはもうずうーーっと前の勇者さま。それにしても、だなんて呼び捨てしちゃって
ナニサマなのか。

「……貴様は、どこからきた?」
「へ? だから、ラインハットだと―――」
「とぼけるな。ラインハットなんて、この世界に存在しない」

 男の瞳が鋭く細められた。わたしはその鋭利さにどきりとしたが、気を奮い立たせて反論をする。

「存在します!」
「―――まあ、いい。ともかく帰れ。ここは私の家だ」
「ええ、ええ、そうさせていただきますよ。これでもルーラ使えるんですからね。さようなら!」

 ベッドから出ていそいそと家から出た。家でルーラを使ったら天井に頭をぶつけちゃうからねっ。家の外はのどかな村の風景が広がっていた。農業をするもの、井戸端会議をする主婦、外を駆け回っている少年。すてきな風景だ、と思いつつも、ルーラを唱える。が、風景も変わらないし、ルーラ独特の妙な感覚もない。おかしいな。ルーラ! ルーラ! ルーラ!!! 続けざまに唱えても変わりなし。な……ぜ? じゃあ、グランバニアなんてどうだろう。グランバニアを頭に浮かべて、はい、ルーラ!!
――――かえれ……ない?

「なんでなんでなんで……」

 くるりときびすを返してあの男に助けを求めようとしたが、帰れ。と言われた手前なんだかむかっ腹が立つからやめる。けれどお金も身分証もないから船なんかも乗れないし、ましてさまのように快適な乗り物を呼び寄せるものもない。
(天空城とかマスタードラゴンとか、あとまほうのじゅうたんもあるんだよね)

(仕方ない……誰かに聞くかぁ)

「あのう、すみません……ラインハットへはどうやっていけばいいでしょうか?」

 井戸端会議をしている主婦達に混じり、尋ねる。すると主婦たちは互いに視線を交わしあい、口々に「知らないねぇ」と呟いている。最後に代表して、一番太った真ん中の主婦が「申し訳ないけど知らないよ」と告げた。わたしはお礼を告げて井戸から少しはなれた。

「おかしい……ラインハットって意外と知れてない?」

 地元に住んでるからラインハットは知名度高くて当たり前かのような錯覚に陥っていたけど、実はぜんぜん世界に知られてないんだ。一応王国なのに……。お母様が魔物に摩り替わっていたと言う珍事があったのに……。
 勇者さまのお父様のお友達の国なのに……。デールお兄さまにヘンリーお兄さまはわたしが言うのもなんだけれどかっこいいのに……。
 もしかしたらこれは、神様の思し召しなのかしら。ラインハットを世界に広めなさい、という。いいですよ神様。わたし、その作戦にのりました。ちょうどラインハット以外の世界に憧れていたものだから、ラインハットを広めつつ、世界をこの目で確かめてみたい。

「ようし……さっきのおうちに帰ろう!」

 御手紙を書かせていただこう。御手紙を出さなくてはお兄さまやお母様たちに心配されてしまう。それに路銀をいただかないと。わたしは再び先ほどの男の家にお邪魔することにした。こんこん、とドアをノックすると、程なくして扉が開かれた。

「……まだいたのか」
「ええ。あの、天命を授かったのでお母様とお兄さまに御手紙をこしらえようと思いまして。レターセットを貸してくれませんか?」
「……構わんが、さっさと帰れよ」
「ええ! では、おじゃまします」

 あら、わたしってばこの家に最初いたとき靴を履いていたみたい。靴を脱ごうとして、はじめて気がついた。リビングに案内され、ソファに腰掛けて男を待つ。暫くすると、男がレターセットを持ってきてわたしの前に置いた。女物の、可愛らしいレターセットだった。

「あの、お名前は?」
「普通、先に名乗るのが礼儀だろう」
です。」
「ピサロだ」
「ありがとうピサロさん。ところでこれ、可愛らしいですね」
「―――どうでもよいだろう。」

 あ、れ……。ピサロさんが悲しい顔をしてどこかへ行ってしまった。これ以上何も聞くな、という拒絶すら感じる。わたしは地雷を踏んでしまったようだった。申し訳ない気持ちになったけど、ここで謝ってはますます空気が悪くなってしまいそうな気がしたので、「ですね」とだけ言ってそのあとひたすら文字を連ねた。

「―――できたっ!」

お母様、お兄様へ
前略 は元気でございます。
神様より天命を授かったので、それを全うするべくロザリーヒルたるところに滞在しようと思います。
そこで、路銀をいただきたのですが、送ってくださいませんか?
ともかく心配なさらず。ではまた。

「って……」

 だめだ! 誰がこの手紙を運んでくださるの!? 誰もいない!!

「かけたのか」

 ピサロさんが戻ってきた。

「あの……ピサロさん、御手紙かかせていただいたのは大変ありがたいのですが、これを運んでくださるものがおりませんゆえその……好意を無下にしてしまったようで申し訳アリマセン……」

―――てことはわたし、路銀も送ってもらえないから無一文?
神様もひどいことをなさります……。

「どうするのだ」
「ええとその……手紙も送れません。お金もありません。ここがどこかもわかりません。帰れません。ですので、その」

 言い出しにくい。非常に言い出しにくい。

「少しのあいだ、ここにおいてはくれませんか? 勿論ただでなんていいません! 下働きさせていただきます! どこかで働いて、旅の費用を都合できるまででいいのです。母国に帰りましたらきっと礼をさせていただきますゆえ」

 ヘンリーお兄さまもデールお兄さまも(わたしが言うのもなんだけど)わたしを大層可愛がってくれているので、わたしが世話になったと言えばきっと手厚く礼をしてくれるだろう。
 ピサロさんは暫く何も言わずにじっとわたしの瞳を見つめた。その視線に応えるべく、わたしもピサロさんをじっと見つめる。

「―――よかろう。せいぜい働け」

 こうして、わたしとピサロさんの奇妙な生活がはじまったのだった。このときわたしは、彼の心がとてつもなく深いところに沈んでいることを知らなかった。知るはずもないのだけど。




Where am I?