シーザーが屋敷の門の前で、ぼーっと座り込んで、雨空を見上げていた。
雨に濡れてはいないけれど、そんなところにいては風邪をひいてしまう。

「シーザー……?こんなところで、風邪ひくよ。」
?うん、すぐに戻るぜ。」

振り返ったシーザーの顔に覇気がなかった。いつもと違った様子なのでわたしは心配になった。

「ありがとうよ。」

にっとほほ笑んだその顔も、やっぱり覇気がなくて、彼の織り成すシャボン玉みたいだった。

「どうかしたの?なんか、元気ないよ。」
「心配しなくていい、すぐに元通りになるさ。」
「そっか。」

そういわれてしまえば、わたしはそれ以上追及することはできなくなる。

「じゃあね。」

わたしは踵を返して来た道を引き返えしたのだが、数歩歩いて、立ち止まる。
やっぱり放っておけない。と、思い、ちらっと振り返る。相変わらずシーザーはぼーっと空を見上げている。
どうにかして彼にもう一度近づきたい。そのためのきっかけを探す。
そうだ、この上着を彼にかけてあげればいいんだ。うん、と頷いてシーザーのもとに駆け寄る。

「はい。」
「?おいおい、お前が風邪ひいちまう。」

シーザーが苦笑いしながら、かけたわたしの上着を取って、わたしにつき返した。
わたしのことを拒否されたみたいで、わたしは少し傷ついた。

「でも、わたし、シーザーのこと放っておけないよ。」
「優しいんだな、は。」
「シーザーのほうが……優しいよ。」

傷ついた、さみしそうな女の子のことを放っておけないシーザー。
その結果シーザーが傷ついてしまうこともたくさんある。
そんなシーザーの姿を、遠くから近くからわたしは見守り続けていた。
そしてそんなシーザーを見るたびに、わたしの中の気持ちが大きくなっていくのを感じていた。
シーザーが、好きだ。

「ねえねえ、隣にいたら迷惑?」
「そんなことはないぜ。」
「じゃあ、遠慮なく座るね。」

よいしょ、と言いながらシーザーの隣に座り込む。
しとしと、しとしと、雨の降り注ぐ音が聞こえてくる。

「この雨がまるで俺の心模様を写してるみたいでさ。つい、見入ってしまった。」

シーザーらしい、キザったらしいというかなんというか、そんな言い回し。

「心配かけちまってごめんな。すぐにいつもの俺に戻るから。」
「うん。」
「あー。この世界から悲しみなんてなくなっちまえばいいのになあ。」
「うん。」

下手な慰めだとか、言葉なんかはかけないほうがいいと思って、ひたすら彼の紡ぐ言葉に耳を傾けては、
ただただ相槌のみを打つ。

「……だめだ、。今の俺は、にすがりたくて仕方がない。それは俺が、精神的に弱いからだ。」
「……。」
「だがそんなことしたらを傷つけちまう。だから、すまん。……ありがとうよ。」

すっと立ち上がって、がしがしと、荒っぽく、でも優しくわたしの頭を撫でて、わたしに背を向けて歩き出すシーザー。
ぎゅっと、シーザーから返された上着を握りしめる。いてもたってもいられなくて、立ち上がって、すうっと息を吸い込んだ。

「わ、わたしなら!」

上ずった声で、叫んで彼を引き留める。

「わたしなら、シーザーのこと、幸せに、できるのにな……!」
「………マンマミヤー。」

彼が笑った。
それはそれは、やさしく笑った。
しとしと、しとしと、雨音はまだ聞こえている。けれどもうじきやむだろう。根拠なんてないけれど。





何もかもが消えたとき

(何かが始まるんだ。)