紅茶の気品高い香りと、チョコレートの甘い香りが部屋に溢れている。しのぶがチョコレートをつまみあげ、一口含んで顔を花のように綻ばせた。それを皮切りに皆チョコレートを食べて、その芳醇な甘さに酔いしれるように目元を細めたのだった。

「ところでさんはあれから冨岡さんとはどうなんですか」
「えっ!? 胡蝶さまもご存じなのですね」

 女子会と言えば恋の話がつきもの。しのぶは以前よりと冨岡との恋路が気になっていた。あの後確か、冨岡は伊黒とともに甘露寺邸に行っているはずだ。

「先日の柱合会議で物凄い話題になってましたからね。冨岡さんの何がいいのか私には甚だ疑問ではありますが」

 なるほど、と合点がいく。柱合会議には当然しのぶもいたのだから、知っていて当然だ。と同時に物凄く恥ずかしくもなる。全柱がこの件について聞いていたと言うことになる。勿論、一隊士が柱に会いたがっていた話なんて長く記憶に残るほどではないとは思うが、それでも一度は耳にして、現にしのぶは覚えているということが堪らなく恥ずかしかった。
 冨岡の素敵なところ、先日一緒にそばを食べに行った話などをすると、蜜璃は話を聞くのは二度目だというのに、まるで初めて聞くかのように新鮮な歓声を上げてくれて、カナヲとしのぶはニコニコと終始笑みを浮かべ、時に相槌を打ちながら聞いてくれた。

「冨岡さんが人並みに女性と逢引ができることにとても吃驚しました。そしてさん、あの冨岡さんと長時間過ごして尚こんなに好きでいられることに驚きです」

 一連のことを伝えると、しのぶは本当に不思議らしく、しみじみとそう言うのだった。確かに冨岡は寡黙で、話が盛り上がるような人ではない。だが自分にとってそれは、好きな気持ちをしぼめてしまうような事項ではない。

「私も正直、冨岡さんと二人きりってだけで何話せばいいか分からなくて変な汗かいちゃうのに、すごいわよねぇ」

 愛だわぁ、と呟く蜜璃。こうして冨岡の話をしているだけで、どんどんと好きと言う気持ちが募っていくから不思議だし、少し不安にも思う。冨岡を置き去りして自分の気持ちばかりが大きくなり、暴走してしまいそうだ。恋する気持ちがこんなに自分をいっぱいいっぱいにしてしまうものだとは知らなかった。

「カナヲちゃんは好きな人とかいるのかなぁ?」

 蜜璃が可愛らしく小首を傾げて問うと、カナヲは笑顔のままふるふると首を横に振る。

「あんまり興味ないです」
「カナヲちゃんがもし冨岡さんのこと好きになっちゃったら敵いっこないなあ」

 カナヲだけでなく、蜜璃もしのぶも、もしも冨岡のことを好きになってしまったら、誰にも勝てっこない。と一人不安に思う。蜜璃としのぶの口ぶりからはその可能性は微塵もなさそうだけれども。けれど鬼殺隊には魅力的な女性が本当に多いと思う。

「カナヲが冨岡さんのことを好きになる可能性は限りなく低いですが、二人がどんな話をするのか少し興味がありますね」

 しのぶの言葉に、も想像を巡らせた。喋らない冨岡と、ひたすらニコニコしてるカナヲ。二人が会話をする様子を想像することはとんでもなく難しかった。程なくして、ぷふっ! と蜜璃が噴き出して、つられるようにも笑った。カナヲが気持ち目を丸くして、蜜璃との両者を視線で行ったり来たりした。

「カナヲには違う人のほうが合いそうですね」

 しのぶが微笑みかけると、カナヲは不思議そうにしつつも、こくんと頷いたのだった。
 蝶屋敷での時間は本当にあっという間に過ぎて行った。日が暮れる前には甘露寺邸に帰り着いたのだが、郵便受けに手紙が入っていた。しかし宛名が書いていない。不審に思いつつも、居間で手紙をあけると、『 様』と言う文字が一行目に書いてあるのが目に入った。どうやら自分宛らしい。次に文末を見れば、『冨岡 義勇 拝』と書いてあり、一気に心臓が動く速度を速めた。反射的に手紙をテーブルに置いて、乱れた呼吸を整えるように大きく息を吸い、そして吐く。
 心は落ち着かなかったが、震える手で手紙を持ち、読む。
 鮭大根を食べに行かないかと言うお誘い。しかし、時間のかかる任務にこれから赴く為、いつ戻れるか分からない。恐らく、10日後くらいには戻れそうなので、それ以降に鴉を飛ばして予定を教えてほしい。
 このような旨が簡潔に書かれていた。手紙を読み終えたら、今度は丁寧にテーブルに置いて、長く息を吐いた。それから石のように動かなくなる。

ちゃん? どうしたの?」

 蜜璃がひょこんと現れて、の様子に首を傾げた。正座をして、テーブルに置いてある紙に手を置いて項垂れているのだ。蜜璃の声に、はゆっくりと顔を上げた。

「蜜璃さま……冨岡さまから手紙が届いていました……」
「えーー!? いつの間に!? 冨岡さんお手紙書くなんて意外ね!! 鴉が持ってきたの?」
「郵便受けに入っていました……」

 冨岡からの手紙の余韻に浸りきっているは、お風呂にでも入ってるかのようなゆったりとした瞳で言う。
 蜜璃はテーブルの上の封筒に目をやり、宛名が何も書いてないことに気づいた。

「もしかして冨岡さん、わざわざうちにやってきて郵便受けに投函したのかしら?」

 蜜璃の推理に、ははっと顔をこわばらせて封筒を見る。確かに宛名が書いていないということは、郵便屋は届けることはできない。鴉が持ってきたのならば、わざわざ郵便受けに入れるようなこともしないはず。

「……嬉しすぎます」

 わざわざ冨岡がやってきて、手紙を投函してくれた姿を想像して、胸がきゅんと疼くのを感じる。もしかしたら冨岡に会えたのかもしれないという残念な気持ちもあるが、彼がここにわざわざ来てくれた。この事実だけで叫びだしたいくらい幸せだ。

「同じ柱だけど、冨岡さんがこんなに律儀だなんて全然知らなかったわ。素敵ね」
「素敵です、冨岡さまは本当に素敵なんです。今度は鮭大根を食べに連れてってくれるそうです」
「わあ!! いいわねえ! 私まで嬉しくなっちゃった」

 蜜璃はの隣に座り、よかったね。と微笑みかけてくれて、は何度も何度も頷いた。自分のことのように喜んでくれる蜜璃がただただ愛おしくて堪らなかった。