蕎麦屋では並んで座り、注文を終えると、お茶を飲んで一息つく。

「冨岡さまはお蕎麦が好きなんですか」
「普通だ」

 蕎麦は普通、と。メモメモ。今日はの冨岡メモが止まらない。屋敷に帰ったら書き連ねなければ。程なくして蕎麦が運ばれてきて、二人は蕎麦をずずずとすする。ちらっと隣に座る冨岡を見れば、相も変わらず綺麗な顔で蕎麦をすすっている。どきどきと心臓がまた早くなる。

(お付き合いをしたら、こんな風にご飯を食べるのかな……)

 同じ時間を共有し、同じものを食べて、同じ屋敷に帰って、そこで寝食を共にする。冨岡と共に過ごすそんな日々は、どれほど美しく尊いのだろうか。いつか彼の隣には、彼に相応しい、綺麗で、優しい女性がいるのだろうか。もしかしたらすでにいらっしゃるのだろうか―――なんて考えていたら、ちらっと冨岡がを見て視線がかち合い、すぐに冨岡は視線を元に戻した。

「何を見ているんだ」
「すみません、見惚れてしまいました」

 彼に一度想いを伝えてからは、素直に自分の想いがすらすらと出てくる。もっと伝えたいし、もっと知ってほしい。彼にはすでに素敵な女性がいたとしても、今はわたしの隣にいる。今だけは―――

「……お前は本当に変な女だ」
「ふふふ」

 ずずずと蕎麦を食べるのを再開する冨岡。もそれにならって食べる。食べながら、蕎麦を食べ終わったら解散になるのだろうか、と考える。だとしたら永遠に食べ終わりたくないな、と思うが、当然のように終わりはやってきた。

「ご馳走様でした」

 が食べ終わるのを待って、冨岡はすっと立ち上がり会計へ向かう。慌てて追いかけながら財布を出すが、片手で制される。

「しかし……」
「構わない。こういうのは上が奢るものだ」
「すみません、ありがとうございます」

 冨岡の少し後ろで会計するのを見守り、お店を出る際も「ありがとうございました」と礼を述べた。店を出て少し歩くと、冨岡は立ち止まった。

「屋敷まで送る」

 やっぱり解散か、なんて残念に思いつつも、そもそもお礼の品をお渡しして終わるはずだった時間がこんなに伸びたのだから、これ以上を望むのはバチが当たりそうだ。屋敷まで送ってくれる心遣いがとても嬉しかった。

「お気遣いありがとうございます。嬉しいです」

 冨岡がこくりと頷いて、甘露寺邸への道を歩き出した。

「今日は冨岡さまのことを色々知ることが出来てとても素敵な時間でした」
「そうか」
「……あの、とても今更なのですがまた質問をしてもよろしいでしょうか」

 急激に喉が渇き、ごくりと生唾を飲む。聞かなければ。けれどこれを聞いてしまえば、もう二度と冨岡と時間を共有することが出来ないかもしれない。けれど聞かなければ前には進めない。
 冨岡は例によって律儀に立ち止まってくれて、に向き合ってくれる。

「冨岡さまは………奥様や恋人がいらっしゃるのでしょうか」
「……」

 訪れた沈黙。怖くて冨岡の顔が見れない。自分の忙しない心臓の音ばかりが聞こえてくる。

「いたら、とこんな風に過ごさない」

 ぱっと顔を上げれば、冨岡はふい、と顔を逸らした。つまりは、いないということ? 色々とこの発言について深読みしそうになるが、今はとにかく嬉しくて仕方なかった。

「……はい」

 もう返事するのが精一杯だった。

「また、会ってくれますか」
「……考えておく」
「うっ」

 すたすたすたと歩き出す冨岡。
 冨岡の今の発言の真意は、

「(次会った時何をするかを)考えておく」

 という意味だったのだが、勿論は冨岡の省いた言葉を知る由もなく、また会うかどうかを考えておくという意味で捉え、ショックを受けたのだった。
 今日一日の自分の行動を振り返り、何がいけなかったのだろうかと反省し、寧ろ出会った時から振り返らないといけないのだろうかとひたすら反省の海を潜り続けていた時だった。

「鮭大根は好きか」

 冨岡がちらと振り返り問う。

「好きですきっと!!」

 また会ってくれるということ!? と心中で万歳をしつつも、が声を弾ませて返事した。

「(きっと……?)では次はそこにする」
「はい……!!」

 天にも昇る思いというのはこういう心情を言うのだろうか。は何度も何度も頷いて、肯定の意をこれでもかと言うくらい表現すれば、冨岡は視線を再び前方に戻した。
 今日分かったことは、冨岡は言葉では語らない。だからこそ冨岡の表情や仕草で彼の気持ちを読み取ろう、そう感じた。
 敵を攻略するのは、まず敵を知ることから始まる。それは戦いの基本であるが、まずは相手を知ること、というのは何事にも通ずるはずだ。勿論、頭では分かっていても冷静に動けないのが恋愛の常ではあるが。