![]() ![]() 「そうなんです。思いがけず冨岡さんに会えたのでとっても嬉しかったです」 「好きな人に会えると、それだけで活力になるわよね! 恋って素敵よね」 まるで自分のことのように嬉しそうな蜜璃に、は益々嬉しくなった。 その後、蜜璃との任務は怪我無く無事に鬼を斬ることが出来た。やはり蜜璃は強い。しなやかで、鮮やかで、美しい。やはり憧れの女性だ、とは改めて感じる。ひとつでも多くのことを蜜璃から学ぶため、刮目して蜜璃の動きを見た。 冨岡と会う前夜も任務で、蜜璃とは鬼の頸を斬り倒していく。今回の任務は雑魚の鬼だが、雑魚が群れを成しているため数が多い。蜜璃の特殊な鞭のように螺旋を描く日輪刀はまるで芸術作品のように鮮やかに舞う。は風のように駆け抜け、竜巻のごとく渦巻き頸を跳ね上げる。(本人のイメージでは) 蜜璃とは互いの背中を預けながら神経を研ぎ澄ますが、ここら辺一帯の鬼は退治することができたようだ。ようやくひと段落つけそうだ。 「ちゃん訓練の成果が出ているね! 速さも上がっているし、身体が柔軟になっているから可動域も広がっているわ。その調子!」 「身体が大きくないですし、力も弱い分、そういうところを伸ばしていかないとですからね」 任務の完了したので帰路に就く。月明かりに照らされながら二つの影が仲良く寄り添いながら歩いていく。 「ちゃん、明日は冨岡さんと初デートね」 「はい。思い出したら緊張して――で、デートではございません! ただ、お礼をするだけです」 「うふふ! デートデート。例のもの、喜んでもらえるといいね」 「はい。男の人に贈り物なんて初めてなので反応が怖いです……」 「う〜んでも、冨岡さんが感情を露わにする姿見たことないわね」 「ですよね……」 なんだか胃が痛くなってきた。 そして迎えた当日。冨岡から何の報せも来ていないため、突発的な任務も入っていないということだ。朝から緊張していて、朝ごはんが何の味もしなかった。こんなに緊張したのは、鬼殺隊の試験に行く日以来かもしれない。 「頑張ってねちゃん」 蜜璃に見送られながら、は冨岡邸への道を歩く。緊張、不安、帰りたい、逃げ出したい、そんな負の感情と戦いながら、ぶつぶつと台詞の練習をする。 そうこうしているうちに冨岡邸に辿り着いた。バクバクと心臓が忙しなく動く。この門をたたけば、きっと冨岡が出てくる。意を決して門を叩くと、しばらくして冨岡が現れた。今日は隊服ではなく、袴姿だった。 「怪我はないようだな」 冨岡は挨拶もそっちのけでの無事な姿を見て言った。先日、無事に帰ってこい。と言われたのを思い出し、身体の芯がじんと甘く痺れた。 「は、はいお陰様で! ありがとうございます」 は頭を下げる。ほんとに心配してくれていたんだ、とは温かい気持ちになった。 「あの、あ、本日はお時間を作っていただきありがとうございます、お礼にこちらをお持ちしました」 練習した台詞を述べて風呂敷を解いて品を渡す。 「美味しいと評判のおはぎです。甘さも控えめですので、殿方も美味しく召し上がれるかと思います」 「……」 「それからこれは、外套です。マントと言う洋装なのですが、冨岡さまは羽織がとってもお似合いですので、きっとマントも似合うと思います。身丈が合えばよいのですが」 男性のお洒落でマントが流行ってると蜜璃から聞いたので、選んだのだった。 「少し待っていろ」 と、告げてぴしゃりと戸が閉じられた。暫く待っていると、再び戸が開いて、先ほど渡した外套を着た冨岡がそこにはいた。 「は…あ……に……似合い過ぎではありませんか」 なんとかそう絞り出すのが精一杯であった。美しすぎる、尊すぎる、カッコよすぎる、好きすぎる、そんな言葉が頭を占める。 「そばでも食べるか」 「食べたいです……!」 冨岡の表情は相変わらず変わらないが、まさかのお誘いには誰が見てもわかるほど幸せそうな笑顔で何度も頷いた。 道中、冨岡は歩く速さをに合わせてくれて、優しさをじんわりと感じる。 「冨岡さま、質問をしてもよろしいでしょうか」 「なんだ」 わざわざ立ち止まってに向き合う。こんなにかしこまって聞かれるとは思わず、歩きながらで結構ですよ! と付け足すと、冨岡は歩き出した。 「冨岡さまの好きな食べ物はなんでしょうか」 「……鮭大根」 「おお、鮭大根ですね。作ったことがないので今度作ってみます。美味しくできたら召し上がってくれますか?」 こくりと頷いた冨岡。絶対に美味しい鮭大根を作ってみせると固く誓う。 「おにぎり美味しかった。礼を言う」 「本当ですか! お口に合ったようで何よりです。また作りますね」 「ああ」 嬉しい嬉しい! 冨岡さんから美味しいという言葉をいただけた! あの時渡したおにぎりは確か、味噌を塗って焼いた焼きおにぎりだったはず。骨折している間お手伝いをしてくれた藤原さん直伝の焼きおにぎりだ。ありがとう、藤原さん。 「は」 まさか冨岡の方から話題を振られると思わなかった。 「なぜ俺のことを知りたいんだ」 「なぜ……ええと、その………」 「俺のことを知ったところで何になる? 俺は水の呼吸を使っているし、に何かを与えられるとは思えない」 は冨岡からの言葉に、ぽかんとする。――別にわたしは冨岡さんから鬼殺の技術を教えてほしいわけではないのに……何か勘違いしている気がする。 「――わたしは、冨岡さんのことを、ひとりの殿方として、素敵なお方だと思っています。だから冨岡さまのことをもっと知りたいと思っているんです」 言ってしまった。でも言わないと勘違いをしたままになってしまいそうだったから、仕方がない。戦う技術を教えてほしいわけでも、水の呼吸を教えてほしいわけでもない、冨岡自身のことをもっと知りたいんだ。 しかし、冨岡の顔を見ては一気に発言を後悔した。冨岡は迷惑そうな顔をしていた。目頭がじわじわと熱くなる。ちょっとでも気を抜いたら目から涙がぽろぽろと落ちてきそうで、は瞬きを止めて空を見上げた。 「すみません。気持ち悪いですよね、こんな下心を抱いていて。今後、冨岡さまのご迷惑になるようなことは致しませんので、どうか先ほどの言葉はお忘れください」 「……別に気持ち悪くなどないし、迷惑でもない。ただ、驚いただけだ」 恐らく、だが、冨岡は気を使って嘘を言う人ではないと思う。勿論がそう思いたいだけかもしれない。しかし、短い期間ではあるが冨岡と関わって抱いた印象は、良くも悪くも他人に気を使わない人だ。だからきっと、これは本心だと思った。 目線を空から冨岡に移せば、彼は前方を見たままで表情は伺えなかった。 の気持ちを受け入れたわけではないが、少なくとも拒否はしていないと捉えていいはずだ。 「本当ですか……? ご迷惑でなければ、このような感情を抱くことをお許しください」 「人の感情を縛るつもりはない。ただ、俺はお前の思うような男ではないからあまり期待するな」 “思うような男ではない”、それがどういうことを意図して言っているのか。それを聞くには、まだまだ冨岡と過ごした期間が短すぎた。 +++ 「なぜ俺のことを知りたいんだ」 「なぜ……ええと、その………」 「俺のことを知ったところで何になる? 俺は水の呼吸を使っているし、に何かを与えられるとは思えない」 冨岡は思考をぐるぐると巡らせた結果、やはりが冨岡について知る利点が思いつかなかったのだ。可能性があるとしたら鬼殺関係のことだが、使ってる呼吸が違う。恋の呼吸を使う者に、水の呼吸を教えたところで会得できまい。 「――わたしは、冨岡さんのことを、ひとりの殿方として、素敵なお方だと思っています。だから冨岡さまのことをもっと知りたいと思っているんです」 冨岡は思考が停止した。まさかそういう意味とは露ほども思わなかった。その手の方面にはかなり疎いため、ただでさえ喋るのは苦手な冨岡は何も言葉が継げずにいた。 「すみません。気持ち悪いですよね、こんな下心を抱いていて。今後、冨岡さまのご迷惑になるようなことは致しませんので、どうか先ほどの言葉はお忘れください」 「……別に気持ち悪くなどないし、迷惑でもない。ただ、驚いただけだ」 「本当ですか……? ご迷惑でなければ、このような感情を抱くことをお許しください」 「人の感情を縛るつもりはない。ただ、俺はお前の思うような男ではないからあまり期待するな」 俺は、俺自身が嫌いだ。 己への嫌悪感が冨岡の中で渦巻いていた。 「……ありのままの冨岡さまを、見せてください。もっともっと、いろんなお話をして、いろんな表情を見たいです。きっとわたしは、どんな冨岡さまも受け止めてしまいます」 「何を根拠に」 「根拠なんてありませんが、でもきっとそうです」 にっこりと微笑んだがなぜそんなことを言うのか、冨岡にはさっぱり理解が出来なかった。 |