伊黒邸に招いていただき、お返しである蜜璃おススメのお団子をお渡しすれば、お茶出していただき、お団子をいただくことになった。幸せそうにお団子を食べる蜜璃の姿を伊黒が優しいまなざしで見つめていて、なんだかのほうがキュンとしてしまう。二人はとってもお似合いだった。

「伊黒さん、そういえば冨岡さんのお屋敷の場所ってわかる?」
「冨岡……?」

 かの男の話が蜜璃の口から出た瞬間、伊黒の空気がぴりついたのを感じた。は内心冷や汗をかく。大丈夫です伊黒さん、これはわたし問題なんです、と心の中で必死に伊黒に対して弁解する。蜜璃は伊黒の空気の変化には全く気付いていない。

「あ、あのですね、先日の任務でわたしがあと一歩のところで鬼に殺されそうなときに、冨岡さまに助けていただきまして、お礼を言いたくて……。今回の怪我はそのときのものでして」
「ほう、冨岡が。それならばあやつに礼など言う必要ない。そもそも助けに向かっておきながら隊士に怪我を負わせている時点でありえないだろう。寧ろ詫び状を書かせるべきではないか。どう詫びさせる。降格させるか、除隊させるか、腹を切らせるか?」

 こ、これがネチネチ! 蜜璃の言う伊黒の魅力はには理解が難しかった。と同時に、伊黒から冨岡はよく思われていないのを感じ取る。

「滅相もございません!! ひとえにわたしの力不足です。冨岡さまは命の恩人です」
「奴に恩を感じる必要はない」

 ぴしゃりと言われて、は口を噤んだ。冨岡に礼を言うのはしばらく先になりそうだ。
 伊黒邸をあとにし、甘露寺邸への道を歩いていく。蜜璃の幸せな雰囲気がにまで伝わってきて、つられて幸せな気持ちになった。

「蜜璃さまは、伊黒さまのことがとってもお好きなのですね! すごく伝わってきました」

 蜜璃から返事がなく、不審に思って蜜璃を見れば、紅潮した両方に手を添えて急激に汗ばんでいた。返事を聞かずとも、その様子がすべてを物語っていた。

「そ、そんなに分かりやすかったかしら?」

 火でも吹きそうな蜜璃。

「はい」

 頷きつつハンカチをお渡しすれば、蜜璃は礼を述べて、ハンカチで汗をおさえる。

「わたしの目には、伊黒さまも蜜璃さまをお慕いしているように見えましたよ」
「そんなこと……ないわ」

 蜜璃はしゅんとしてしまった。何かまずい事でも言っただろうかとは慌てる。

「ごめんなさい、変なことを言ってしまいましたか?」
「あ、違うのよ!! 違うの……あのね」

 ぽつりぽつりと蜜璃が話し始めた。

「まだ私が鬼殺隊に入る前のことなんだけどね、お見合いしたことがあるの。けれどね、思い出すと悲しくなっちゃうような言葉をたくさん言われて、私はお断りされちゃったの」

 それからどんどん自分に自信がなくなってしまい、本当の自分を閉じ込めてしまった。けれど鬼殺隊に入って、本当の自分を認めてくれて、自分らしくいられるようになった。その経験がなければ鬼殺隊に入ることもなかったから、そういう意味では感謝かもしれない。

「でも、どうしても恋愛になると、怖くなってしまうの。私を受け止めて、慕ってくれる人なんていないんじゃないかって……」
「そんな……わたしは、蜜璃さまが大好きです。誰よりも一番、素敵です……っ! みんな、蜜璃さまを大好きです! わたしはその男の方が許せません……っ!!」

 ぽろぽろと涙が零れた。こんなに素敵な蜜璃に対して、心に大きな傷をつけたその男が許せなかった。何もできない自分が悔しかった。

「やだあ、なんでちゃんが泣いてるの? もぉ〜〜」

 の涙につられて蜜璃までぽろぽろと涙を零した。道端で女二人が泣いている様子に通行人はぎょっとして見るが、二人はお構いなしに泣いた。

「蜜璃ざまは、素敵なんでず……蜜璃ざまの魅力がわがらないヒトなんてこっちがら願い下げでず!!」
「いつかあの人に会ったらあっかんべーしてやるんだからあ!!」

 涙をこぼしながらも、笑いあった。

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 そしてついに、柱合会議を迎えた。相変わらず端の方でひとり佇んでいる水柱――冨岡義勇に駆け寄り、蜜璃はドキドキもじもじしながら問うた。

「あのぅ冨岡さん、私の継子のちゃんがね、冨岡さんに任務で助けてもらったみたいなんです」
「……何のことだ」

 冨岡は蜜璃に言われたことを思い出そうとすもが、何のことだかわからなかった。

「せ、先日、右腕を折っちゃった子なんですが、覚えてないですか? ちゃんって言うんですけど」

 斜め上の虚空を見上げ、冨岡は改めて脳内で過去の出来事を思い返す。そして、やっと思い出した。応援要請があり現場に駆け付け、到着した時には右腕を負傷していた女性隊士がいた。
 彼女のことを思い出したら、連鎖するようにあの時のことが思い返された。右腕を負傷しているが問題なく帰れると言っていたが、物凄く深刻な顔をしていたため念のため暫く一緒に帰路を共にしたら、実は右腕が折れていたと言うことがあった。

「思い出した」

 あの時は、蜜璃を悲しませてしまうことが辛くてとても深刻な顔をしていたのだが、冨岡の目には怪我が重傷で辛い表情を浮かべていたように見えていたのだった。結果的に、からしたら吉と出た訳だ。

「よかった! その時に冨岡さんの手拭いで右腕を固定してもらったみたいなんですけど、そのときの手拭いを返したいって言ってるんです」
「別に返さなくてよい。捨ててくれて構わない」

 冨岡にぴしゃりと言われ、蜜璃は今この場から走り去りたいくらいのショックを受けた。

「で、でも、ちゃんとってもいい子だから、お礼も言いたいって言ってて、その……」

 どんどんと尻すぼみになる蜜璃の言葉。

「冨岡貴様、助けに行ったにもかかわらず隊士に怪我を負わせたらしいじゃないか。しかも重症とは、仮にも柱を任されているものとして恥ずかしくはないのか。俺は寧ろ冨岡がに詫びるべきだと考えるがどうなんだ、甘露寺の継子が暫く任務にかかれなかったのだぞ」

 渡りに船、蜜璃に伊黒。見かねた伊黒が援護に来てくれた。伊黒さんっっ! と蜜璃は目を輝かせて伊黒を見た。伊黒が蜜璃にだけ優しいのは柱の中では周知の事実だ。

「オイオイ冨岡、地味に話を聞いてりゃ怪我を負わせたのが腕でまだよかったじゃねェか。これが仮に顔に傷が残るようなモンだったら派手に責任取って、祝言あげるとこだったぜ?」

 完全に面白がっている音柱こと宇髄天元がニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら茶々を入れる。

「……俺は」
「悪くない。なんて言いませんよね冨岡さん。そんなのは怪我をする未熟な隊士が悪い、とお考えでしたら、軽蔑しますよ。多少の責任は感じますよね、普通。もう少し到着出来ていたら、怪我をしなかったかもしれませんしね」

 にこにこと蟲柱の胡蝶しのぶが追撃する。まさしく冨岡が言おうとしていた言葉だ。先制された冨岡は押し黙った。実際自分が悪いとは露ほども考えていなかったが、こうも皆から悪いと言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。

「男らしくねェぞ冨岡! 男なら派手に責任をとりやがれ!」

 冨岡は長いため息をついて、視線を落とした。

「……甘露寺、継子はどこにいる」
「い、一緒に住んでます!」
「貴様まさか甘露寺の屋敷に行くつもりではあるまいな? 女二人住まいに男が抜け抜けと訪れるなんぞ言語道断だ。予定を合わせて外で会うべきだろう」