![]() ![]() 「藤原さん、一緒にご飯食べませんか」 「いえいえ、恐れ多いことです。お気遣いありがとうございます」 お手伝い様様こと、藤原さんはにこにこと会釈すると、おかわりはいただきますか? と聞いてくれた。食い気味に、食べます! と返事をすると、藤原はのお茶碗にご飯をこんもりと盛ってくれた。 朝ごはんを食べると、すぐに修行を始めた。今日は身体に重石をつけて、走り込みだ。 『は女で、力が弱いからな! 己の力に加えて何かしらの力を付けて斬りこむと良いと思うぞ!』 以前、炎柱に御指南いただいたことがあった。とても耳が痛い内容ではあったが、仰る通りなのだ。だからこそ、自身の力だけでは足りない部分は色々なものを使って補わなければ、鬼狩りとしてやっていけない。走りながら斬撃したり、回転の力を利用して斬撃をしたりと言う戦いの仕方をとっている。そういう意味でも、ただ力を使うだけでなく、素早さやしなやかさが重要な恋の呼吸はに合っていた。 「あら、蜜璃さまの鴉」 午前中の鬼の走り込みを終えて縁側で涼んでいると、蜜璃の鴉が飛んできた。蜜璃の鴉は可愛い三つ葉の飾りをつけていて、ちょっぴり恥ずかしがり屋さん。の鴉はとぼけたやつだが、蜜璃の鴉のことを気にしているらしく、一丁前にお節介を焼こうとする。が鴉から受け取った文を読んでいる間も、傍らで、お腹はすいてないかとか色々聞いていた。 「今日の夕方には帰れるみたい! 藤原さ〜〜ん! 本日、蜜璃さまが帰られるとのことですので、ご飯のご用意は大量にお願いします! 買い出し行くときはお手伝いしますので声をかけてくださいね!!」 連絡通り蜜璃は夕方には帰ってきた。丁度お風呂の湯を焚いているところだったので、蜜璃には先にお風呂に入ってもらった。一緒にご飯を食べながら今回の任務の色々なお話をしてもらった。その会話の最中、ふと手拭いの男のことを思い出す。 「そういえば蜜璃さま、蜜璃さまの知っている男性隊士の中に、髪を一つに結い、左右別の柄の羽織を着た方はご存知でしょうか」 「うーんそうねえ……多分冨岡さんじゃないかしら? 水柱の」 蜜璃の頭の中でそのような特徴の男を検索した結果、ひとりしか出てこなかった。 「み、水柱さまでしたか……」 どうりで強いわけだと合点がいく。から男の話題が出てきたことで、蜜璃の頭の上で豆電球がぴかっと光った。 「ま、まさかちゃん、冨岡さんをお慕いしているのかしら……?」 もじもじと、控えめであるが内容はかなり大胆なことを聞く。 「えっ! あ、いえ、その、違います!! 先日、任務の際に助けていただいたのが恐らくそのお方でして、お礼がしたいとかねがね思っていたんです」 「冨岡さんがちゃんを助けてくれたのね!」 「応急手当で冨岡さまがわたしの右腕を手拭いで固定してくださったんです。その手拭いをお返ししたいなと、思っていまして……」 もはや箸を置いた蜜璃は紅潮した両頬に手を添えた。 「わかったわ! 私、今度冨岡さんに会った時にそのことを伝えてみるわ! はぁ、胸が苦しいわぁ」 「すみません、覚えていたらお願いします」 きっと冨岡にとっては、なんてことのない出来事。もしかしたら記憶に留まらず、忘れ去られてしまったかもしれないような些細な出来事だろう。けれどもにとっては、いつまでも胸にとどまり続ける、温かくて質量のある出来事。お慕いしているかどうかは分からないが、けれどももう一度会いたいと思っているのは確かだ。 そんなの気持ちが蜜璃にも感じ取れて、蜜璃は胸がキュンとなるのを感じた。先ほどからキュンが止まらない。この可愛い継子のために、一肌でも二肌でも脱げるだけ脱ぐ心づもりだ。 「私に任せて! 手拭いを返すきっかけを作ってくるから!!」 どーん、と胸を叩いた蜜璃に、は深々と頭を下げた。 勿論、こんな話をしたからと言ってすぐに冨岡に会えるわけでもない。柱はそれぞれ担当の地域を持っていて、基本的にはその担当地域の任務にあたる。だから任務で行き会うことまずない。次の柱合会議で冨岡に聞こうと蜜璃は考えていた。 「あ、それからちゃん。ちゃんの怪我が治ったら、本格的に継子として任務にあたってほしいと思っているの。だからね、今後はちょっとずつ一緒に任務に行きましょうね」 「はっ、はい! よろしくお願いします」 胸が高鳴るのを感じる。は何度も頷いた。 それからしばらくして、医者の見立てよりも早く骨折は治った。だが勿論、当面は激しい動きは禁物だとのこと。右腕が自由に動かせる! それだけでなんだか気分は晴れやかだ。右腕を動かしても痛くないのが、当然ではあるのだが不思議だった。 「ちゃんの怪我が治ったっていったらね、伊黒さんが快気祝いを贈ってくれたのよ!」 相変わらず蜜璃と伊黒の間は情報の同期が早い。色とりどりのフルーツはどれも高級そうだ。伊黒からの快気祝いと言うことは、表向きはへの贈り物だが、殆ど蜜璃への贈り物を考えてよいだろう。そして快気祝いのお返しは…… 「こんな素敵なお祝い、とても嬉しいです。お返しに、お団子をお贈りしたいと思うのですがいかがでしょうか」 「とってもいいと思うわ!」 「わたしは蛇柱さまと面識がございませんので、僭越ながら一緒に行っていただけませんか……? 蜜璃さまにこんなことお頼みするの申し訳ないのですが……」 「も、もちろんよ!!」 お返しは勿論、蜜璃さまとともに届けさせていただきます。 これでいいんですよね、伊黒さま? まだ見ぬ伊黒が、頷いてくれた気がした。 そうしてついに、伊黒と初めて対面することとなった。 「貴様がか」 じろじろと、上から下まで舐めるように見られて品定めされているのがとってもわかる。とても居心地が悪いが、自分だって伊黒を同じように品定めしているのだから、お互い仕方がないのだ。 伊黒は蛇柱と言うだけあって、蛇を体に巻き付けていた。正直蛇が好きではないので、少々怖い。肌は白く、口元は包帯でぐるぐるにまかれていて顔の半分は隠されていて、瞳は双眸とも色が違っていた。そして蜜璃に贈った靴下のような縦じまの羽織を着ている。ネチネチして素敵! という評判どおり、溌溂とした様子ではなかった。 「と申します。いつも蜜璃さまには大変お世話になっております」 「ちゃんはとってもいい子なのよ」 深々と腰を折り挨拶をすれば、頭上で蜜璃が援護射撃を撃ってくれている。こちらには蜜璃という強力すぎる後ろ盾があるので、多少のことならなんとかなりそうでとんでもなく心強い。 「甘露寺がそういうのならば、そうなのだろう。ゆっくりしていくといい」 やったあ! 心の中で歓声を上げつつ顔を上げた。蜜璃のおかげで一次審査は合格できたらしい。同じ女性を愛する者同士、伊黒とは手と手を取り合うべきだと考えている。伊黒からすれば、蜜璃とは同性同士なので警戒するべき人物でもないし、使いようによってはよい方へ働く。 「ちゃん、こちら蛇柱の伊黒小芭内さんよ」 「蜜璃さまからいつもお話を伺っています。蜜璃さまの仰る通り、素敵な殿方です」 「きゃあちゃんってば恥ずかしいわぁ!」 伊黒の表情が一瞬緩むのをは見逃さなかった。 |