「伊黒さまと蜜璃さまは毎日のように文通をしているんです」

 もぐもぐと茶屋で桜餅を食べながら、いつものようには蜜璃の話をする。そのの話を、隣で義勇が静かに聞く。

「いつお会いしても伊黒さまは紳士的ですし、柱は素敵な人が多いのですね」

 と、遠回しに義勇のこと素敵だと言いたかったのだが、当の義勇は少しむっとしているように見えた。彼の表情はいつも乏しいが、最近は機微に気づけるようになってきた。嬉しそう。楽しそう。怒ってる? 疲れてる? いちいち答え合わせはしないが、大方合っていると思われる。そして今の義勇は、怒っているように見えた。一方的に話をし過ぎたのかもしれない、とは反省する。

「伊黒が紳士なのは甘露寺との前だけだ」

 伊黒は好きな人にしか優しくしないらしい。伊黒が義勇に対して紳士的ではないのが嫌だから、怒っているのだろうか。
 分け隔てなく優しい炭治郎のような人も良いが、好きな人にだけ優しい人は特別感があってそれはそれでよいかもしれない。伊黒がに優しいのは利害関係があるからだ。蜜璃の継子とあらば、それはもう優しくせざるを得ない。 

「蜜璃さまも嬉しいでしょうね。羨ましい限りです」

 こんなに愛されて、蜜璃さまは本当に幸せだろうなあ。と、が二人の姿を思い浮かべたその時だった。

「そんなに伊黒がいいのならば、伊黒に交際を申し込めばよいではないか」

 へ? と目が点になる。なぜそうなるのだ、との頭は疑問符で溢れかえっていた。

「俺は伊黒のようにはできない」
「そ! そういう意味で言ったわけでは!! わたしは義勇さんがす―――」
「用があるので失礼する」

 すっと立ち上がりすたすたと足早に帰路についていった。残されたは呆然とその姿を見ていたが、あっという間に姿が見えなくなった。



「と、言われだのでず……」

 涙を鼻水でぐちゃぐちゃになったが、甘露寺邸に丁度きていた伊黒と蜜璃に相談したのだった。

「わだじ、義勇さんごとをすてぎだっていいだかっただげなのに……! 嫌われたがもでずうう!!」
ちゃん泣かないでぇ! 私まで悲しくなっちゃう……!」
「甘露寺まで泣くな! まったく冨岡も小さい男だ。何を考えているかわからんやつだと思っていたが、結局中身はガキと言う訳だ。つまらん嫉妬をしたのだろう」
「義勇さんはやきもちなど妬かないと思います……だって伊黒さまにお付き合いを申し込めと言われたんです……わたしが違う人とお付き合いをしてもいいってことです……」
「はあー……。お前らは揃いも揃って阿呆なのか。俺は頭痛がしてきた」

 伊黒は長いため息をついて頭を抱えた。あの義勇にしてこのありと言ったところなのか。こんな馬鹿どもは放っておきたいところではあるが、蜜璃がいる手前、無碍にもできない。

「……、俺に考えがある」

 伊黒の言葉にと蜜璃は耳を澄ました。

+++

、はじめろ」

 小声で伊黒が始まりを告げる。

「お、小芭内さん。今日は流星群が見れるみたいですよ」
「そうか。では今夜は流星群を眺めるとするか、

 ぽんぽん、の頭を伊黒が撫でる。義勇以外の男にされるのは初めてで、なんだか罪悪感やら違和感やらを感じるが、伊黒の作戦を忠実に遂行する必要があるので我慢だ。
 彼の言う作戦の内容はこうだ。頭を冷やした義勇は必ず甘露寺邸にやってくる。その時に、売り言葉に買い言葉で言ってしまった『伊黒に交際を申し込めばいい』と言う言葉がまさに現実になっているような光景を目の当たりにする。そうすれば義勇との仲は元通り、いやそれ以上深くなるだろう、とのことだ。
 にわかには信じられないが、伊黒が言うのだからきっとそうなのだろう。ということで、と伊黒は甘露寺邸の縁側で待機していたのだが、義勇の気配を伊黒が察知し、作戦が始まったのだった。

「流星に願い事をすると叶うと言われているがは何を願うのだ」

 お互いを名前で呼び合うのに強烈に違和感を感じるのだが、我慢だ。

「小芭内さんが(蜜璃さまと)いつまでも幸せでいられるように願います」
「ふっ、殊勝な心構えに俺は感心したぞ」
「わ、わたし、ちょっとお茶をとってきますね!」

 すたすたすたーと逃げるようには縁側から蜜璃がいる部屋に駆けこんだ。ここから縁側の様子が遠巻きに見えるのだ。が縁側から消えてしばらくすれば義勇が現れるとのことだが果たして現れるのか……固唾をのんでと蜜璃は見守るが、義勇は割とすぐに現れた。

「……」
「なんとか言ったらどうなのだ冨岡。無言で睨みつけられても俺には何のことだか分からないのだが。それとも俺に察しろとでもいうのか? お前の考えていることなど、お前にしか分からんのだ。甘ったれずに喋ったらどうだ」
と何を話していた」

 義勇の目には静かな怒りが籠められていた。伊黒は気にせず飄々と続ける。

「お前には関係のない話だ。お前はに、俺に交際を申し込めばいいといったそうではないか。と俺が親密になっても良いという了見なのだろう。違うのか」
「……違う」
「お前が違うと思っていても、はそう捉えている。と俺が親しくなっても良いのだろう」
「ふざけるな。を返せ。は俺の女だ、ほかの男と親しくなるなんて許さない」
「はあー……」

 本日二度目の伊黒の長いため息。

、戻ってこい」

 伊黒の言葉に、がおずおずと戻ってきた。

「本当に下らん。夫婦喧嘩は犬も食わぬとはよくいったものだ。お前たちは圧倒的に言葉が足りない。もっと言葉にして気持ちを伝えたらどうだ。俺は帰るぞ、あとは二人でやれ。甘露寺、そばでも食べに行かないか」
「行くー!!」

 あれよあれよという間に伊黒と蜜璃はいってしまった。残されたと義勇は、何とも言えぬ空気に包まれていた。

「……すまなかった」

 が何か言う前に、義勇がぽつりと謝罪した。

「あんなこと言うつもりはなかった。が伊黒のことを褒めるものだから俺は嫌な気持ちになってつい言ってしまった」
「わたしこそすみません。わたし、義勇さんのことを褒めたくて言ったのに、言葉が足りずに誤解をさせてしまいました」

 ドキドキとの心臓が早鐘を打つ。

「義勇さんもやきもちを妬かれるのですね」
「? 好いている女が別の男と親しくしていたら、普通嫌だろう」

 どかーんと爆弾を投げつけられたような衝撃波がを襲う。さも当たり前かのようにこんなことを言うのは反則ではないだろうか。好いている女、好いている女、好いている女―――頭の中で無限に反響する言葉。そういえば先ほども俺の女と言っていた。幸せで溶けそう。

「あの、炭治郎くんや善逸くんや伊之助くんとは親しくしても良いでしょうか?」
「………」

 すごく悩んでいる。考え込んでいる。

「嫌だと言ったら、は困るか」

 そんなことを言う義勇が困った顔をしているのだから、は愛おしさがこみあげてきて気が付けば抱き付いていた。

「困るけど嬉しいです、義勇さん」



やきもちは蛇も食わない