「あちゃー雨だ……」

 天気予報では夜から雨だと言っていた。まだ夕方だと言うのにせっかちな雲はさっさと雨を降らせてしまったようだ。わたしはというと、夜からだから関係ないと思い傘なんて持ってきてないから、この雨をしのぐための何かは当然持ち合わせていないわけで。困ったなぁ。生憎迎えにこれる人は誰もいない。

「お、じゃん」
「黒羽。偶然だね。いまかえり?」
「おう」

 昇降口でぐだぐだとしていると、黒羽がやってきた。いまは青子と一緒じゃないみたいだ。あの二人はなんだかんだで一緒にいるからね。

「青子は?」

 黒羽がわたしの隣に立った。

「俺が青子のことなんて知るわけねぇだろ」
「仲良しさんじゃない」

 二人が喧嘩をすれば痴話喧嘩だとはやされ、二人が仲良く喋っていればお似合いだと囁かれる。そんな黒羽と青子だ。わたしから見ても彼らはとても似合っているし、仲がよくて羨ましいとも思う。

「幼馴染だからな」
「そんなもん? わたしは男の子の幼馴染いないから感覚わからないな」
「……べつに、男の幼馴染なんていらねぇだろ。ていうか、お前もしかして傘ねぇの?」
「うん。黒羽もってきてるの……?」
「あったりまえだろ。天気予報で夕方から雨ってかいてあったからな」

 そういって傘置き場からビニール傘を一本ひっこぬいた。

「え、天気予報では夜からっていってたよ」
「どうやらはずれだったみてーだな。ザンネンザンネン」
「むう……」

 天気予報め、と顔をしかめていたら、ずい、と黒羽がわたしの目の前に傘がインしてきた。もしや黒羽は傘があることを自慢しようとしてるのか!? とわたしは思い、黒羽に文句の一つでもいってやろうと
思ったときだった。

「使えよ」
「……え?」
「だから、使えって」

 そういって黒羽はわたしの手に無理矢理傘を握らせた。

「い、いいよ!」

 慌てて黒羽の手に返そうとしたが、彼は受け取らない。

「いらねーよ。女の子濡れて帰らすなんて、男が廃る」
「これで黒羽が風邪引いちゃったら女が廃るよ!」
「ばーか。廃るか」

 黒羽はにっ、と口角を上げて、「じゃあな」と言って雨が降りしきる外へと駆けだした。かばんを上にかざしてしのいではいるが、全然しのげていない。取り残されたわたしは、少し呆けていたが10Mぐらい先にいってしまったところではっと気付いて、急いで傘をさして追いかける。ところどころにある水溜りに運悪くはまってしまいくつしたとローファーに思いきり水がかかったけど、そんなことは気にならなかった。
 校門を超えて左右にわかれた道をどちらも確かめるが、すでに黒羽の姿は見えなかった。

「なんなんだよもう……」

 ずいぶん勝手だ。持ってきた傘を持ってこなかったわたしに押し付けて。これで風邪なんて引いたら大バカだ。男が廃るなんて随分なこと言うじゃん。




でも

いいかもね。


(――――黒羽かぁ)

 青子のものだっていう意識があって、ぜんぜん意識してなかったけど、なんだろうこのかんじ。たぶん、恋の始まりってこんなかんじなんだとおもう。
 降りしきる雨の中、黒羽から借りた傘の中で、ちいさく恋が始まった。

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また恋が始まるシリーズかよ(笑)