「怪盗キッド?」
「ああ。……なんだおめえ、しんねーのか?」

 目の前で小生意気な顔して小説を読んでいる少年の名は江戸川コナン。見た目は子供だけど、中身は高校生で、私の幼馴染の工藤新一だ。彼はとある理由で幼児化しているのだ。

「しらなーい。わたし、テレビ見ないもの」

 新一の話を、ゲームをやりながら聞いているわたし、。見た目は女子高生で、中身の女子高生。つまり、まんま女子高生。

「テレビ見ないって……。テレビ見てなくたって、普通しってるだろうよ」
「知らないものは知らないの。で、その怪盗キッドってなんなのさ」

 呆れたように言う新一にむっとしつつも、怪盗キッドについて聞いてみる。別に怪盗の話なんて興味ないけど、興味ないからって話題を突っぱねるほど、最低な人間ではない。

「なんなのさって、別になんてことねぇけどよ。このまえちっと絡んだからよ、しってっかどうか聞いただけだ」
「……あ、そ」

 せっかく聞いてやろうと思ったのに、なんなんだこの男は……ちっと絡んだって。

「まあ、興味ないけどね」

 わたしは頬杖をついてゲームの電源を切った。

「それならいいんだ。」
「? ……はぁ?」

 目の前の小生意気な少年の表情が、少し和らいだ気がした。


◇◇◇


 その日の夜だった。部屋の窓を開けていた。風の涼しい夜だった。

(あー……なんだかいいなぁ)

 こんな夜はふと散歩に出たくなる。まあ、夜道は危険だからいかないけど。一陣の風が、ふわりとわたしの髪を揺らす。

「……ん?」

 何かが、飛んでいるようだった。鳥とはちがう、何か。あれは一体なんだろう? なんて考えているうちにもその飛行物体の影は大きくなっていく。……ハングライダーかな、あれ?

「……ええ?」

 飛行物体はどんどんとわたしの家へ向かって飛んでくる。いや、わたしの家じゃないかもしれないけど、とりあえずわたしの家の方に向かっているのはまちがいない。

「なんだ……あれ……」

 誰に聞くわけではないけど、ぽつり呟いた。ああ、あれは人だ。人が飛んでる。でも、なんで? え、あれ、うちにきてるよやっぱり。やがて飛行物体は、とうとうわたしの家の、しかもわたしの部屋まで飛んできた。ふわり、部屋の中へ侵入する飛行物体は純白だった。どこまでも、どこまでも。

「ちょ、ちょっと!」
「お邪魔します」

 どこかで聞いたことのある声で、純白の男はぺこりと一礼した。礼儀正しいことで……って、馬鹿かわたしは。変な男が、わたしの部屋にきてるんだよ? それなのになんだか現実味がなくて、わたしはあせることもできないまま「どうも」とわたしまで一礼した。なんだこの不思議な感じ。

「予告どおり盗みにきました」
「……は?」

 白いハットに、白い礼服に、モノクルをした見知らぬ男は意味のわからないことを言った。予告どおりって、予告されてないけれど。盗みにきたって、盗むようなものないし。

「あの、お言葉ですけど」

 部屋に降り立った彼はまるで天使のようにも思えた。だって、外を飛んで窓から入ってきたんだよ。背中についているハングライダーは部屋に入ってくる過程で自然と閉じていったし、なんか、天使みたいだよね。

「うちに盗むようなものはないんですよ? それに、予告もされてないし」
「あなたは盗まれる対象ですから。予告は、あなたにはしていませんよ」

 盗まれる対象……?

「誰にしたんです?」
「工藤新一っていえば、わかりますか」
「ああ、わかりますね……。え、あなた新一をご存知で?」
「ええ。このまえ少しばかり絡んだもので……」

 新一の正体を知っているってことは、とんでもないことなんだけど、今のわたしはそれを驚けなかった。驚きの連続は、感度を鈍らせるようです。

「なんて予告を?」
「“嬢のハートをいただく。”と、ね」

 何を言っているんだろうこの人。

「くさすぎますね」
「ですが、私は本当に手に入れたいのですよ。あなたの心が」
「……はあ」

 白い男はゆっくりとした動きで私に近寄る。……あれ、すごいかっこいい。

「私は怪盗キッド」
「あなたが怪盗キッド……?」

 どき、と心臓が深く脈打った。確かに、ときめいたんだ。

「ええ」

 怪盗キッドは口角を上げて不敵そうに笑んだ。

「……まあ、そう簡単に盗めるとは思っていませんので、また再三お尋ねしますよ。……では」

 窓辺に足をかけ、わたしの部屋を飛びたった。ああ、まるで嵐のような人だった。突然現れ、ハートを盗みにきただなんて気障な台詞を言ったと思ったら、帰っていった。


「あれが……怪盗キッド」

 ああ、やばい、どうしよう。わたし……盗まれちゃった……かも?