「うーん名前何でしたっけ。」
「ほんとに自分のこと覚えてねぇのかよ?どこに住んでて、誰とつるんでたとか。」
突然あたしの目の前に現れた妖怪は、何にも覚えていないらしく、あたしと共に行動をしている。
「さあ、わかりません。」
こいつはいつもこの台詞を笑顔でしれっと、言う。
「思い出そうとしてねぇな?」
「思い出す必要なんてないんですよ。」
「お前、いつまであたしと一緒にいるつもりなんだよ?」
「あっご迷惑でしたらいつでも捨ててくれてかまいません。」
途端に慌てたように言った。
――可愛い、って、じゃねぇよ!何考えてんだあたしは。
「…なんか思い出すまでは一緒にいてやるよ」
「ほんとですか?」
今度はぱあっと笑顔になった。
――可愛い、くないっての!なんなんだあたしは!
「私には神楽しかいませんから、神楽に捨てられてしまっては死ぬしかないですので、助かります。」
「大袈裟だろ。あたしがいなくたってその顔で乗り切れるだろ。」
ひいき目なしにこいつはかっこいいと思う。物腰も柔らかだし、人間の女なんかは放っておかねぇと思う。
…ったく、奈落とは大違いだぜ。
「例えそうだとしても」
切り返してきた。
「私の記憶は、最初から最後まで神楽で埋めたいんです。」
だめだ。
こいつの言葉にいちいち嬉しがってる自分がいた。心臓があったらきっとすごい速さで動いてるはず。
…奈落に気付かれなきゃいいけど。
「最後まで付き合ってくださいね」
「…はいはい。」
あたしはいつもうまいことを言えない。
そして時折、ひどく浮世離れしているように見えた。
例えばほら、さっきの笑みを引っ込めて自由に舞っている蝶々を見ている横顔。
こいつはほんとはこの世にいないんじゃないかって錯覚する。
それが無性に淋しく思えた。今まで神無意外で、しかもいつでも一緒にいる存在が今までいなかったかもしれない。
依存を自覚し、自嘲した。
「変な顔してますよ?」
さっきまで蝶々を見ていた目があたしに向けられていた。しかし、
「か、顔ちけぇよ!」
「だって見れば見るほど変な顔してるんだもん。つい、近寄っちゃいました。」
「変ってなんだよ」
「自嘲気味な、顔を。」
「……ちょっと考え事してたんだよ。」
「ならよかった。神楽はそうやってつんけんしてるのがいいですよ。」
と、口角を上げた。あたしは「うるせぇ」とそっぽを向く。
本当は、もっと反論すべきことはあったのだが、そんなものはすぐに消えてしまった。
あいつの笑顔が、あたしは好きだと思った。
しあわせな時間