痛い。と思った。けれどすぐにその感覚は遠のいた。感覚が遠のいただけでなく、なんだか意識まで遠のいてきた。ああ、死ぬんだ。と、まるで他人事のように思った。
 死は怖い。誰かが死んだときのこと、自分が死んだときのことを考えると怖くて眠れないなんてこともあった。けれども、いざ死ぬとなるとあっさりと納得できるものだ。勿論未練はたくさんある。もっとやりたかったこと、食べたかったもの、行きたかったところ、たくさんある。しかし、もう駄目だ仕方ない。とぼんやり思った。DIOめ、覚えてろ。
 DIOのスタンドの能力が判明しない中、花京院が先陣を切って攻撃を仕掛けた。だめだ、反撃してくる危ない。そう思ったら気が付いたら花京院をかばっていた。次の瞬間にはこのざまである。
 ちくしょう。折角ここまで来たっていうのに、あんまりだ。もうみんなに任せるしかない。けれどわたしへの攻撃で、何かDIOのスタンドの手掛かりになれば幸いだ。犬死ならないことを祈るばかりである。
 されど、、女子高生。だれかを助けるために死んだなんて、死に方としてはカッコいいではないか。それにきっと、生き残ったポルナレフ、花京院、承太郎やジョセフおじいちゃんがきっとわたしのこと、覚えててくれる。悪くないじゃないか。17年でその人生を終えた女子高生の物語を、世界のほとんどの人が知らなかったとしても彼らが覚えていてくれる。それで幸せだ。
 だんだんブラックアウトしていく。人生の幕引きだ。ホリィさん、よくなるといいな。


◇◇◇


 初めてあがった空条家はとんでもなく大きかった。前々から大きそうだとは思っていたけど、想像を上回る大きさで驚いた。古き良き日本家屋に、大きな池。鯉なんかも泳いでいたりして、旅館としてやっていけるのではないかと思えるほどだった。そんなに呑気している状況でもないのだが、そんな感想を抱いた。
 たまたま、見かけてしまったのだ。保健室で空条さんと花京院くんが戦っているのを。その、幽波紋と呼ばれているもので戦っているのを。昔からわたしの傍にもそいつがいた。スタンドが誰にでも見えるわけではないと言うことが判ってくると、わたしはスタンドの存在を誰にも言わなくなった。答えは決まってるでしょ、気味悪がるもの。
 そしてそんなわたしは、初めてほかの人のスタンドをお目にかかることが出来たのだ。わたしのスタンドも、空条さんのスタンドも、花京院くんのスタンドも、それぞれ全く見た目が違うし、戦い方も違った。
 わたしは食い入るように二人を見ていた。やがて物凄い破壊力をもって空条さんが花京院を打ち負かした。そして突如鳴り響くサイレン。

「おい、てめえ、見えるのか?」

 くるっとこちらを向いた空条さんは低い声でそう言った。学校で有名な不良であり、学校で一番カッコいいと言われているジョジョこと、空条さんに話しかけられたことで心臓が跳ね上がる。
 それにしたってこんなところをファンクラブの皆さんに見られたらとんでもないとばっちりを受ける。彼女たちは空条さんに怒鳴られてもきゃあきゃあ言うような人たちだ。エネルギーが比じゃない。

「見えます」

 わたしの答えに、ほう。と空条さんは呟きながら、意識不明の花京院くんを担ぎ上げる。

「ついてきな。今日は学校をふけるぜ」


◇◇◇

 長い夢を見ていた気がする。50日間のエジプトツアー、スタンドバトル、ホリィさん、ジョセフおじいちゃん、アヴドゥル、イギー、ポルナレフ、花京院、承太郎、DIO。

「空条さん」

 瞳を開ければ夢に出ていた空条さんがそこにいた。

「!! ……」

 空条さん? 違う、わたしは彼のことを承太郎と呼んでいる。空条さんと呼んでいたのは昔。それじゃあやっぱり夢じゃなくて、わたしが今まで見てきたものはすべて、現実。ここはどこなんだろう? どういう状況なんだろう? わたしは横たわっていて、そばに承太郎が座っている。そして承太郎が珍しく動揺している。それが何よりも不思議で仕方なかった。だってあの承太郎が、動揺するなんて。

「大馬鹿野郎が」
「承太郎」

 承太郎が学帽を、ただでさえ深く被っているのに、さらに深めた。何気なく視線をずらしてみれば腕に点滴が刺さっていた。ここは病院なんだろう。その事実を認識して漸くこうなった経緯を取り戻し始めた。
 わたしたちはDIOを倒すためにカイロにやってきて、イギーとアヴドゥルが死に、花京院が―――そうだ、花京院が危ないと思った瞬間にはDIOにやられたんだ。

「生きてる?」
「ああ、生きてる。花京院も生きてるぜ」
「DIOは」
「やつももういない」

 わたしたちの旅の目的はDIOを倒すこと。それを達成できたみたいだ。ああ、よかった。犠牲も、あった。けれど目的は達成できたんだ。犠牲は、あったけれど。

「承太郎は怪我ないの? ジョセフおじいちゃんは?」
「ジジイも生きてるし、おれも大事ないぜ」
「ホリィさんは」
「大丈夫みたいだ」
「そっか、よかった、ああ、よかった……」
「二度とあんな真似するんじゃねえぜ、心配かけやがって」
「はあい」

 へらっと笑うと、承太郎はわたしおでこにデコピンをした。

「そのツラ、ムカつくぜ」
「ごめんなさい」

 承太郎の大きくてごつごつした手がわたしのおでこに触れて、摩る。自分でデコピンしておいて。暖かな感触にわたしは少しまどろんだ。生きている、わたしはくたばり損ないだけれど確かに生きている。17年でその人生を終えかけた女子高生の物語は、これからも紡がれていく。イギーの、アヴドゥルの物語を、胸に抱いて今日を紡いで生きている。

「これからはおれが守るぜ」
「空条さんが?」
「その呼び方やめやがれ」

 願わくばわたしの物語に、これからも承太郎がいますように。





くたばり損ない