捨てられた、なんて言い方はしたくないけど、でも、そうなるのかな。ジョニィと付き合ってた日々は確かに楽しくて、今でも心の中に残っている。でも彼の取り巻く環境は、天才ジョッキーという称号を得てからがらりと変わって、そこで気持ちが変わるのは止められないことで。ああ、捨てられたなんて言い方はやめよう。心変わり、だ。ジョニィは心変わりして、そしてわたしはフラれたのだ。恋の終わりによくあるものだ。捨てられた、なんて表現をしたのは、きっとどこかでジョニィに対してそんな被害者めいた気持ちを抱いているからだと思う。 「お久しぶり、ジョニィ」 別に心変わりされたことに対して嫌味を言いに来たわけじゃあなくて、慢心から下半身不随になったことを嘲笑いに来たわけでもなくて、単純に心配だから来ただけ。あの騒動から時間も経ったし、そろそろいっても問題ないかなと思ったから。いまの彼女がいたらきっと、誰だお前、としらを切られるかもしれない、と思ったけれど、病室には誰もいなかった。好都合だ。ジョニィはわたしの顔を見ると、案の定すごい驚いた顔をして、同時に怪訝そうな顔もした。嫌味の一つでも言われると思ったのだろう。 少し男らしさを増したジョニィの顔に、時の流れを感じた。 「……」 「大丈夫、ジョニィの思ってるようなことは、これから起こらないから」 にっこり微笑んでいうけど、警戒はまだとれてないみたいだ。まあ無理もないかもしれない。自業自得、とはいえ女性絡みで騒動が起こったのだから、女性に対して多少の警戒は抱いていても無理はないと思う。まして昔自分が一方的に別れを切り出した女。 「座ってもいい?」 「ん、どうぞ」 「あのねジョニィ、わたし怒ってないから。そりゃあ当時はすっごく悲しかったし、なにくそ! と思ったけど、もう昔の話だもん。本当に、ジョニィを心配してきたよ」 「その、すまなかったよ。ひどいことをしたって反省してる」 「大丈夫だから。……ねえそれよりジョニィ、迷惑だったらすぐ言って、すぐに帰るから」 「迷惑なんかじゃないさ、面会なんて、誰も来ない」 ずいぶんと、自嘲気味に言ってくれるじゃない。 「……そ。じゃあ、遠慮なく」 深くは突っ込まなかった。 「……」 「……」 それきり会話が途切れてしまい、しばしの沈黙。三年くらいあってなかったから、話題もなかなか見つからない。それにこんなに自嘲気味な顔をされてしまっては、何か地雷がありそうでうかつにしゃべれない。 「元気だった?」 なんて一人でいろいろ考えてたら、ジョニィから会話を振ってきてくれた。 「元気だったよ」 「そっか」 「……」 「……」 やっぱり続かない会話。 「あ、お花飾っていい?」 「ありがとう、花なんてもらえると思わなかった」 確かに花瓶には長いこと花がささってなかったようで、水すらなくて、埃をかぶっていた。わたしは水筒の中に入った水を静かに入れた。うわさには聞いていたけど、本当にほとんどお見舞いに来ていないようだった。孤独、なのだろうなあ、と水を入れながらぼんやり思った。この分じゃあ、彼女にも逃げられてしまったのかもしれない。 彼に対する世間の評価は冷ややかだった。母と兄を亡くしていて、父とはほとんど絶縁状態であるジョニィを見舞う客は、一体どれくらいいたのだろう。 「それから、果物も持ってきたから」 「すまない、ありがとう。こんな状態で何のお構いもできないけれど」 「ふふ、わたしはお見舞いに来てるんだから、お構いなんてしなくていいんだよ」 「変わってないな、」 「……そうだね、ジョニィの知ってるわたしから、もしかしたら何も変わってないかもしれないね」 ざわざわ。と、彼の笑顔に、確かに胸がざわついたんだ。あの頃のジョニィを思い出して、胸が苦しくなる。ずるいよ、ずるいよ、もうとっくに消化したと思ったのに、まだ未消化だったみたいで、消化されていないものが一気に上りつめてきて、わたしを切なくさせる。 「オレの知ってるのままならば、すごくうれしいけど」 そう、ジョニィを心のどこかであきらめきれないわたしがまだいるんだよ。だからお見舞いにも来たんだよ。そんなこと自分でもわかってる。あーあ、やっと忘れられそうだと思ったのに、新聞であなたの名前を見た瞬間、今までの眠りかけていた気持ちが嘘かのように、一気にあの頃の気持ちがよみがえったんだよ。今日、ジョニィの姿をこの目で見て、やっぱり忘れられないことを痛感した。 「ねえジョニィ……また、きてもいい?」 「もちろんだよ、君さえよければ、いつでもきてくれ」 「ほんと?」 「当たり前さ」 「ジョニィ、わたし……まだジョニィと繋がっていたい。この三年間を埋めるくらいまたジョニィと普通にお話がしたい」 また付き合いたいなんておこがましいこと思わないよ、でもせめて、こうやってジョニィに会いに来て、お喋りするくらいの関係にはまたなりたいの。だってさみしいよ、こんなに大好きなのに、忘れられないのに。 「オレも、とまた普通にしゃべりたい。オレがこんなこという権利ないのわかってるけど、オレもだよ」 「へへへ、ありがとう。……また明日、くるね」 「うん……あ、もう帰るのかい?」 「今日はもう帰るよ」 「そっか、外まで送る」 「いいよいいよ」 「いいや、送る」 いいっていってるのに、器用に車いすに乗り込んだジョニィ。なんていうか、こういう強引なところも変わってないなあ。いい意味でだよ? いい意味で、強引に行動してくれる。そういうところをわたしは好きだった。わたしからすればそれは、わたしの遠慮を見透かしたかのような行動なんだ。彼は、そうしたいからするんだ。というだろうけど。 「ありがとう。車いす押す?」 「いや、おじいちゃんみたいな気分になるからいいや」 「なるほど。じゃあ、やーめた」 これはわたしたちのリスタート。一度終わってしまった恋が再びはじまる物語。あの時ほどけてしまった手をもう一度、今度はきつくぎゅっとつないで二度とほどけないようにして、二人で歩いていく。 ……だったらいいな。 「またね、ジョニィ」 「うん、また」 未消化の恋の行方 天狗になる前に付き合っていた体で。 久々の再会でよそよそしい体で。 ジョニィ好きです。 (2013.03.29) |