「ジョナサンさまは、確かにさんを愛していたと思います。それにジョナサンさまは気づきませんでした。彼にそう言われたわけではありませんが、確かに、愛していたんです。あの人にとってさんは、妹であり、家族であり、共に生きたいと願う人であったと思うのです。それって、愛しているってことではないでしょうか」 「だがジョースターさんはエリナさんと結婚を決めた」 「ええ。ジョナサンさまが気づかなかったので、わたくしは結婚することが出来ました」 ふふ、と微笑むエリナはどこか悪戯っぽい。スピードワゴンは困惑し、眉が下がる。何と言えばいいのか判らなかった。 「さんが再びジョナサンさまの前に現れましたら、きっとわたくしは結婚できませんでした。けれど、さまは現れませんでした。きっとこれも、運命だったのだと思います」 「そうかなあ、おれはこう思うぜ。ジョースターさんは確かに嬢ちゃんのことを愛していたかもしれない。だが、生涯を伴侶として共にする相手ではなかったんじゃあないかって。共に生きたいと願う人とのあり方っていうのは、何も伴侶だけじゃあない。ジョースターさんは確かにエリナさんを愛していると思うぜ」 「あら、ありがとう。そんな風に言っていただけると嬉しいです。……わたくしは自信がないのかもしれませんね。いなくなってしまった人にはどうしても勝てませんもの」 嬢ちゃんが聞かせてやりてえな、なんてスピードワゴンは思うが、いまだ彼女の行方は掴めない。 そして迎えた新婚旅行。スピードワゴンは遅れながらも二人を乗せた船を見送り、上機嫌で酒場へ向かった。次の日、彼は新聞を見て驚愕する。 「そんな……なんでなんだ!!」 The Moon Longed For The Sun. 太陽と月がひとつになる時 「ボディがきたか……」 ワンチェンが大事そうに抱える、透明の厚いガラスに覆われたケースの中にはディオの首から上だけが入っていた。ジョナサンは何が起こっているのかさっぱり分からなかった。頭が真っ白になっていき、何も考えられなくなっていく。だが、ただ一つ、混乱の中でしっかりとわかっていることは、ディオは生きていた、と言うことだ。 「ディ……ディオ……」 唸るようにジョナサンはその名を零す。 エリナと新婚旅行に行く客船で、ワンチェンのような姿を見つけた。不穏な予感を拭えず追いかけて船倉にやってくれば、ワンチェンと、首から上だけのディオがいた。奥には豪華な装飾が施された、開け放たれた棺。恐らくあの棺桶の中にディオは潜んでいたのだろう。 だがそこに、の姿はなかった。こんな時でもの心配をしている自分に驚く。 「ジョナサン、見ろよ。このディオの情けない姿を……あえてだ、あえてこの姿をお前にさらそう」 ガラスケース越しにディオが言う。 「なぜこんな姿をさらすのか、それはジョジョ、あれほど侮っていたお前を今、おれは尊敬しているからだ。勇気を! お前の魂を! 力を! 尊敬している、それに気づいたからだ。ジョジョ、お前がいなかったらこのディオに仮面の力は手に入らなかっただろう。しかし、お前がいたからいまだ世界は、は、おれのものになっていない! 神がいるとして運命を操作しているとしたら、おれたちほどよく計算された関係はあるまい!」 何かに酔いしれるようにディオは独白を続ける。 「おれたちはこの世においてふたりでひとり! つまり、おれはこの世でただ一人尊敬する人間のボディを手にいれ、絢爛たる永遠を生きる! それがこのディオの運命なのだ!」 「は無事なのか!?」 「貴様には関係のない事……はこのディオと生きるのだ」 ディオの目の色が妖しく変わる。この目をジョナサンは知っている。目から彼の体液を物凄い速さで飛ばし、貫通させるのだ。ジョナサンは逃げることもできず、咄嗟に頭の前で腕をクロスさせ身を守る体勢をする。 「苦痛は与えん! それが我がライバルへの礼儀!!」 ディオの計画では体液で眉間を貫き、一瞬で死へ誘う予定であった。だが、誤算があった。 「ジョナサン!」 エリナの声が聞こえて、反射的にジョナサンは顔を上げる。次の瞬間にはディオの双眸から放たれた体液がジョナサンの頸動脈を貫いた。 「なんということだ、避けなければ眉間を貫き、苦しみを与えずに即死させたものを……」 ディオのため息ののち、船中から悲鳴が上がる。ゾンビが船中で溢れていると誰かが叫ぶ。何が起こっているのかエリナにはさっぱりわからなかった。ジョナサンはエリナに逃げろと叫ぼうとしたが、それは叶わなった。声が出なかったのだ。それどころか呼吸が出来ない。波紋において、呼吸が出来ないということはつまり、何も生み出せないということだ。頭の隅でジョナサンは、自分の運命を覚悟した。 ディオの命令でジョナサンの首を刈ろうと襲い掛かるワンチェン。なんとかエリナを守ろうと身体中に残っている僅かな波紋を一点に集中させた。波紋のエネルギーは放出する箇所を絞ったほうが強い力を発揮できるからだ。そしてその力でもってワンチェンに一撃を食らわせる。僅かな波紋はワンチェンの息の根を止めることはできなかったが、ジョナサンはそれでよかった。 (き、切れた……ぼくの身体の中が何かが……決定的な何かが切れた……) 自分の命が一本の糸でかろうじで繋がっているとして、今それは無情にも切られて、死の淵へ落下しているのを感じた。もう、助からないだろう。 ワンチェンは狂ったように船の外輪のスクリューシャフトを掴んで離さなかった。ゾンビの怪力でスクリューを止めればピストンの圧力がたまり、やがて船は爆発する。ジョナサンはディオと共にこの海で死んでいくことを覚悟をした。気がかりなのは他の船客も勿論だが、エリナのことが心配だった。イギリスを出発して暫く経つこの海の上で、船が沈没したら彼女をどうやって助ければいい? 助けられないのか? 「エリナ……」 「ジョナサンさま……!」 エリナはジョナサンを抱きかかえ、涙を流しながら死にゆくジョナサンにキスをした。何が起こっているのか、どうしてこうなっているのか、考えても考えても何も分からない。けれども確かなことは、膝の上もいる愛しいジョナサンは、もう間もなく息絶えてしまうということ。そしてエリナの最後の希望は、ジョナサンと共に死ぬ行くこと。 けれどもまどろみの中へ誘われていくジョナサンの耳に鮮明に赤子の鳴き声が聞こえてきて、ジョナサンの意識は暫し現実に引き戻された。 近くでゾンビに襲われ息を引き取った女は、赤ん坊を抱きかかえていた。ジョナサンはその母子を放っておけなかった。 「泣いて……くれてもいい……けれども、きみは、生きろ」 「ああ! う、美しすぎます……! 見ず知らずの女性の赤ちゃんを救って避難しろとおっしゃるの? わたくしにとってそれは残酷なる勇気! わたくしの最後の希望はあなたとともに死ねることなのに……」 「あの母親は、子をかばって死んでいる……ぼくの母親も……ぼくをかばって死んだ……あの子を連れて、早く」 ジョナサンと共に死にゆきたいと言う希望と、ジョナサンの最期の願いを叶えたいという思い。この二つの相反する思いがエリナの瞳を戸惑いで揺らす。 と、次の瞬間、ついに船の爆発が始まり、天井が爆発の衝撃で一部落ちてくる。ジョナサンは反射的にエリナをかばうように覆いかぶさり、彼女を落下物から守る。その隙をついて、ディオが首から触手を出してジョナサンの首から下のボディを頂こうと襲い掛かるが、寸のところでジョナサンはディオの首にナイフを突き刺して阻止し、そのままディオの首を力強く抱きしめ、棺桶に背を預けズルズルと座り込む。 ディオの言う通り、ふたりでひとつだったのかもしれない。奇妙な友情すら感じる今、ふたりの運命は完全に一つになった。そんなことをジョナサンは頭の隅で思った。今のジョナサンに出来ることは、ディオと共に運命を共にすることだ。 「考え直せ、ジョジョ!」 爆発が爆発を誘発し、各所で起こっている爆発はもうとどまることを知らなかった。ディオの必死の説得もむなしく、ジョナサンはディオを抱きしめながら息を引き取った。 「まさか想定していた最悪の事態になるなんて……こんなところで……死ぬわけにはいかないのだ! 、今行くぞ」 ディオはジョナサンの腕から無理やり抜けて、頭を切り取り、無理やりジョナサンのボディと接合する。生きているときは難航したジョナサンの首は、彼が亡き今容易く跳ねることが出来、無情にも船倉に転がる。そんなことからも彼はもう死んだのだと感じる。人とは脆いものだ、とつくづく感じる。 幸いなことにジョナサンが背を預けた棺桶は、ディオが何かあった時のために用意していたシェルターであった。馴染まない身体を必死に動かしてシェルターの中に入り込む。シェルターには氷らせたが、まるで眠るように目を閉ざして横たわっていた。こんなピンチな状況でも、彼女の顔を見るとディオはほっとするのだ。 「少し、眠るぞ」 ぱたん、と閉じると真っ暗闇になった。「はい、ディオ様」との声が聞こえてきた気がした。 何年、何十年、何百年かかってもいい。再びこの地に足を踏みしめた時、ディオの野望の続きがまた始まるのだ。 |