かねてより進めている人体実験。死者のゾンビとしての蘇生は成功した。タルカスとブラフォードだけでなく、この地に亡くなった人間たちを次々と生き返らせて、戦力として蓄えている。そしてその後に実施した実験で、ゾンビ化したもの同士のパーツの交換も可能なようだった。頭部の交換も問題ないと言うこともわかったので、非常に有意義な実験であった。 最後、人体の冷凍保存だ。ディオが冷凍保存に拘るのには理由がある。と言うのも、そのうちジョナサンがディオを訪ねてやってきたとき、とジョナサンが出会わないようにしなくてはならない。 彼女がいると知ればジョナサンのあの爆発的な力が湧き出てくるに違いないし、も何が何でもジョナサンのもとへ行こうとするだろう。良い事など一つもない。 だからジョナサンがいずれやってくるとき、が決して目を覚まさない環境を作らなくてはならない。正直な話ジョナサンと決着をつけるのにどれくらい時間がかかるか読めないので、数時間どころか数日間くらいは必要と踏んでいる。 それを実行するのに、のことを冷凍保存し、ジョナサンの目の届かぬところで保存しておこうと考えている。勿論、脳に何のダメージもなく冷凍保存が可能であった場合だ。遠い場所に軟禁しておけばよいのかと思うかもしれないが、急に遠くへやったら怪しみ、ジョナサンがやってきていることを感づくかもしれない。 ジョナサンはいずれ必ずやってくる。この実験も早急に結果を出さねばならない。数日前にひとりの女性を冷凍保存しているのだが、後で解凍してみるとしよう。 「決してジョナサンには会わせぬ」 今日も共に眠るの寝顔を見ながら、ディオはそっと髪を撫でた。なんでもないただのメイドになのになぜこんなにも固執してるのだろう、と時々思う。彼女の言う通り、ジョナサンに嫉妬しているのだろうか。と考え、鼻で笑う。くだらない、そんなことはあり得ない、所詮ジョースター家を乗っ取る一環だ。 それにしても、この間からの様子がおかしい。よそよそしいというか、何というか。それでも言いつけはキチンと守ってここにいる。いくら聞いても頑なに教えてくれなかったので結局はディオが折れたのだが、そこまで隠されると益々気になるというものだ。いつか聞きださねば、と心に誓う。 The moon longed for the sun太陽に焦がれる報せは突然舞い込んできた。ジャックが、やられたらしい。場所はウインドナイツロッドへ続くトンネル内、相手はジョナサン、スピードワゴン、そして髭面の男。ジョナサンが向かってくることは予想の範疇ではあるが、ワンチェンが言うには、ジョナサンは不思議なエネルギーを手に入れたらしく、そのエネルギーでジャックはやられたらしい。その謎のエネルギーには十分警戒をせねばならない。次ジョナサンと会うとき、すべてが決着がつくのだから。 それにしても、いずれジョナサンがやってくることは分かっていたが、こんなに早くやってくることは予想外ではあった。相変わらずジョナサンの能力と言うか、ポテンシャルは計り知れない。 「ディオ様、お買い物をしてきますが何か買うものはありませんか」 買い物用の籠をもって、ヒョイと顔を出した。 「残念ながら今日から外出禁止だ」 「うええ!? な、なぜですか?」 「なんでもだ。何か買うものがあるならワンチェンに頼むめ」 「……わかりました」 非常に不服そうではあるが、は承諾した。そののち、「ワンチェンさーん」と、やけに間延びした声でワンチェンを呼びながら廊下を歩いて行った。ここへやってきたころと比べると、この館での暮らしも幾分慣れてきたようだった。最初はワンチェンのことなんて信頼どころか常に怪訝そうな目で見て警戒していたのが、今では普通に会話もし、買い物も任せられるようだ。 本当ならばそんな機微を感じながらもう少しこの館での日々を楽しみたかったが、そうも行かない現実が迫ってきている。ジョナサンが近づいている、万が一にも街中でやつと出会っては作戦は台無しだ。人体の冷凍保存の実験はまだ結果が出ていないが、そろそろ彼女をどうにかせねればならない。成功する保証はないが冷凍保存するか、それとも遠く離れたところに一時的に連れておくか。その二択がディオを悩ませる。 「どうしたものか」 のことはいずれ、永遠に生きるため自分と同じ吸血鬼にする必要があるのだが、まだ吸血鬼にするわけにはいかない。仮に今、彼女を吸血鬼にさせたとして、ディオがこの後ジョナサンを殺害する。そのことにが気づいたら、きっと彼女は自ら太陽に身をさらし、死ぬことを選ぶだろう。この女はそういう女だ。そうすると跡形もなく彼女は消えてしまう。吸血鬼の力をもってしても、きっと吸血鬼として生き返らせることもできなければ、ゾンビとして復活させることもできないだろう。故にの中でのジョナサンの存在を、このディオが上回った時に“吸血鬼”にさせなければならない。 どれだけ年老いたって、吸血鬼になれば生命力が増大し、若さも取り戻すであろう。だから今、彼女を吸血鬼にするわけにはいかないのだ。今は彼女からジョナサンを遠ざけ、決して会わせないようにして徐々にジョナサンを上回らなければならない。 「……やってみる、か」 一か八か、彼女を冷凍保存してみることにする。 万が一冷凍保存に失敗し、息絶えたとしても、ジョナサンを倒したのち、ジョナサンのことも忘れるくらい遠い未来で吸血鬼として復活させてみればよい。 ディオは椅子から立ち上がると、のあとを追って廊下を行く。しばらく先でワンチェンと話しているの姿が見えてきた。呼びかければ、は振り返り、ワンチェンは一礼して消えていった。 「どうかしましたか」 「、寝室へこい」 「え? まだ寝るには早いのでは……」 「いいから」 「きゃ!!!」 を抱き寄せ、担ぎ上げる。そのまま寝室へと向かい、彼女をベッドへ寝かせた。の瞳が不安そうに揺れている。ディオはの上に馬乗りになると、片手をそっとの頬に添えた。それだけで彼女は身を震わせ、縮みこむ。 「いったいどうしたのですか……」 ディオはその問いには答えず、額をの額に合わせる。は両手を祈るように組んでぎゅっと目をつぶった。 「」 「う……あ、はい」 なるべく優しい声色でディオは囁きかける。そしてじゃれるようにディオは鼻を彼女の鼻に寄せ、掠める。今にも触れてしまいそうな唇に、ディオは七年前のことを思い出していた。感情が高ぶって彼女に口づけをした。酷く感傷的な彼女の顔が昨日のことのように思い返される。そんな顔をさせたいわけではなかったんだ。 今彼女に口づけをしたら、彼女はやはり傷ついたような顔をするのだろうか。もう人間として彼女に触れられるのは最後かもしれないのだから、最後くらい良いだろうか。いいや、寧ろ冷凍保存を延期するか。ぐるぐる頭の中で考えるが、本能は今にも彼女に触れたくて仕方なかった。ちょっとでも本能に身を委ねれば彼女の潔白や純潔、すべて奪ってしまうだろう。 「ディオ様……?」 声をひそめてが名を呼ぶ。吐息が顔にかかり少しだけくすぐったい。頬に添えていた手での髪をそっと撫でつける。 「この間からよそよそしいのはなぜだ?」 少し顔を離して問う。ディオの言葉を受けてはわかりやすいほど肩を震わせた。 「ですから、言えません……」 「、貴様このディオに隠し事か?」 「うう……ん、ちょっと、その前に、離れて頂けますか?」 定まらない視線をうろうろさせ、真っ赤な顔で言う。 「ふふ、だめだ」 の動悸が乱れているのを感じる。それがなんだかおもしろくて、ついディオは意地悪をしてしまう。 「こうしよう、が口を割ったら離れる」 「本当ですね……?」 「約束しよう」 観念したようには目を閉じる。 「……この間、見てしまったんです。ディオ様が、その、女性と………」 「女性と?」 目を閉じたまま彼女は苦悩しているように眉を寄せた。 「い……」 「い?」 「言えません……っ!!」 恥ずかしそうには言う。ディオはなんだか面白くて、思わず笑いを漏らした。差し詰めディオの“食事”の前に出くわしたのだろう。寧ろ“食事”の場面を見た訳ではないのが幸いだ。 彼女の言葉に、恥ずかしがる表情に、くすぐったくて、少し温かい、そんな不思議な感情がディオの奥底から滲んでくる。この感情は何というのだろう。初めての感情であるが、嫌ではなく、寧ろ心地よかった。自然と口角が上がってしまう。 「あ、正しく言うと見たというか、聞いてしまっただけなんですけどね。……そういうわけなので、身体を離してくれると嬉しいのですが」 「まあ、大事なところを言わなかったが、大目に見てやろう」 ディオはから退き、ベッドに座る。も身体を起こして服の乱れを直しつつ、ディオの隣に座った。改めて見つめ合えば、はドキドキが止まらなくなる。至近距離で見るディオの瞳、麗しい顔、吐息、そしてあの時の記憶。すべてがの心臓を悪戯に弄ぶ。 「、少しだけ眠っているのだ」 ぎゅっと優しくディオはを抱きしめる。 「おやすみ、」 顔を傾け、彼女の耳元に顔を寄せて、そっと囁けば、彼女はくすぐったそうに身をよじり、小さく吐息を漏らした。おやすみ。君のすべてを必ず手に入れてみせる。すべて終えた後で。 |