眼下には余裕一切なしの表情のがおれを見ている。 「ディオ様……?」 「そうだ、そうやっておれのことを意識しろ」 ジョナサン>ディオの式は一生覆ることはないだろう。けれどもおれだってあきらめたわけじゃあない。おれはいつだってナンバーワンを目指す。もいつかはジョナサンへ向けていた想いをおれに向けることになるだろう。時間をかければこのディオに出来ないことなどないのだ。 そしてにおれを意識させるための第一歩。おれのことを男として見させることだ。いま、彼女の頭の中の100%がジョナサンだとする。そこにおれが今のように無理やり割り込み、いやでもおれのことを考えるしかなくなる状況になる。100%ジョナサンのことで占めている頭に1%おれが入り込む。こうやって割り込みを増やせば、徐々におれのパーセンテージは増え、おれについて考える時間が増えていく。 そしてはそんなおれの思惑通り、おれのことを男として見ている。1%、確実に割り込んでいる。いま、おれのことだけを考えている。そしての潤んだ瞳が逸らされた。 「おれを見ろ、おれをひとりの男としてみてみろ」 「わたしは、ディオ様をひとりの男として見ています……なぜこのようなことを」 そのようだな。このディオのことをしっかりと意識している。おれの作戦は成功、ということだ。計画したことをミスなく成功できた。と言うのは喜ばしいことだ。俺は湧き上がる高揚感をそのままに笑うと、から退いて部屋から退室した。 手は出さない。がおれを求めるまでは決して。 The Moon Longed for The Sun1%ここ数日で傷もだいぶ癒えてきたディオは自らが得た力を有効利用するため、実験を始めることにした。 まずは死者を生き返らせること。生きている人間をゾンビに出来ることがもうわかっている。では死者をゾンビとして生き返らせ、しもべとすることは可能なのだろうか。それが可能ならば部下の数はものすごい数になる。 それから、ゾンビと化したものの頭部と身体を切断し、取り換えることは可能なのかどうか。これができれば、仮に自分の身体がダメになったとしても、頭部を切断し別の身体に乗り移るという血路を見いだせる。同時に、ゾンビ化したものと、普通の人間との肉体の交換も可能かどうかも気になるところである。 あとは、人間の冷凍保存について、だ。吸血鬼の特性として、自分の肉体を自在に操ることができる。吸血鬼の弱点は太陽ただ一つと言っても過言でないほど、肉体の損傷は大したことではないし、生命力が人間とはけた違いだからだ。肉体を自在に操る具体例として、例えば血管だって自在に動かすことが出来るし、自らの肉体の水分を気化させることも可能だ。そしてその水分気化により、触れたものを凍らせることが出来る。そこで、人間を脳へのダメージなく凍らせ、何十年後、何百年後に、凍る前と全く同じ状態で解凍出来るのか興味があった。 (まずは死者を生き返らせてみよう) そこで真っ先に思い付いたのが、が読んでいた本。“タルカスとブラフォード”。彼らは最後には処刑されてしまう訳だが、この村の外れには戦死や、刑死した騎士達の集団墓地があったはず。もしかしたらそこに、彼らの墓もあるかもしれない。あの二人を部下に出来たら、戦力としては大幅に増幅する。 +++ すっと意識が戻った時には、薄暗い天井が見えた。そして水の音。ぼんやりとした意識で音のするほうを見れば、美しい金髪の女性がこちらを見ていた。 「よかった……」 金髪の女性が、安心しきった顔でそう呟いた。その女性にジョナサンは見覚えがあった。反射的に上体を起こす。身体は所々痛いが、それどころではない。 「峠は越しました。もう大丈夫」 「君が……ずっと看病を? きみは、面影がある、でもいや、まさか」 「似てるって誰に? エリナ・ペンドルトンに?」 エリナ・ペンドルトン。思い出す、七年前に突如行方をくらまし、会えなくなってしまったかつてジョナサンが想っていた女性。 「エリナ……大きくなったね」 穏やかにジョナサンが笑む。 「大きくなった? それはあなたのほうですわ。でも……本当に、しばらくです」 エリナが微笑んだまま、ぽろぽろと涙を零した。その様子は本当に美しかった。 刹那、彼女の身体から力が抜けてふらっと倒れそうになる。長時間の看病していた疲労と、緊張の糸が切れたことで気を失いかけたのだ。ジョナサンは腕を伸ばし倒れそうになったエリナをその腕で支えた。 「まあ! なんてこと、骨折している腕で私を……!」 「いつだって、支えるさ」 エリナは立ち上がり、二人はしばらく見つめ合った。二人の空白の時間を埋めるように。と、ふと、彼は過去を辿る過程でなぜ自分が怪我をしているのかを思い出す。人外になったディオとの戦い。自分を庇って亡くなった父。燃えゆくジョースター邸で自分もともに死ぬと叫んだ――― 「は? は、生きているのか?!」 「……とは、一体どなたのことでしょうか」 突如出てきた知らない女性の名前に、エリナの顔がほんの一瞬だけ曇る。 「ああ、すまない……。使用人が、こなかったかい?」 「ええ。いらっしゃいました。女性が、ひとり」 「生きているのか、よかった……。エリナ、その子はどこへ行ったかわかるかい?」 「すみません、そこまでは存じませんが、昨日もいらっしゃったので、きっと今日もいらっしゃると思います」 「そうか……わかった、ありがとう」 は生きている。その事実に心の底からほっとする。スピードワゴンはのことをジョースター邸から逃がしてくれたらしい。ああ、色々なことがあった。けれどもう終わったんだ、すべて。ジョナサンはこの戦いで亡くなった人々を想い、目を伏せた。ディオもこの手で葬ることが出来た。あとはすべてやりなおすのだ。 +++ あくる日、は見舞いに来なかった。その代りスピードワゴンが見舞いにやってきてくれて、意識が戻ったことを喜んでくれた。のことを知らないかと尋ねたら、スピードワゴンはオウガーストリートに戻っていたためどこに今いるのかは知らないらしかった。のことが心配ではあったが、さすがにオウガーストリートには連れていけず、幾ばくかのお金だけ渡した、と。見舞いに来ていないことを聞くと彼はとても不思議がった。 「あの嬢ちゃんなら毎日でも来そうだけどな」 自意識過剰と言われても構わないが、ジョナサン自身もそう思っていたので、謎は深まるばかりであった。ジョナサンものことは大切な存在であるし、にとっても恐らく自分のことを大切に思ってくれている。それに加えての真面目な性格上、毎日確認に来ても可笑しくないと思っていたからだ。勝手ながら少し寂しい気持ちになる。 あくる日もはこなかった。そしてジョナサンは退院の日を迎えた。まだ左腕が骨折したままだが入院しているほどではないし、の身に何か合ったのではないかと不安であったジョナサンは、を探したかったため退院を選んだ。を探しがてら、焼け落ちたジョースター邸に向かい“石仮面”を探しに赴いた。 病院からしばらく歩き、ジョースター邸にたどり着いた。改めて見るジョースター邸は、かつての面影は殆ど残っていなかった。仕方のないことだが、やはり陰鬱な気持ちになる。父の遺体はあの炎ですべて焼けただろうか、ディオの遺体も。瓦礫を避けながら探すが、遺体も、石仮面も見つからなかった。 (石仮面―――瓦礫とともに粉みじんになっていると信じたいが……。いや、そう思おう。ディオのことは一刻も早く忘れないと) 「ジョジョ」 声の主は、エリナ。わざわざ杖を持ってきてくれたようだった。ジョナサンは礼を述べてそれを受け取ると、二人はゆっくりと歩き出した。 「さんはいなかったのですか」 「ああ……外の世界を知らない子だから心配だ」 「大切な存在なのですね」 「うん、そうだね、すごく大事な存在だ。生まれた時からずっと一緒だったからね」 そういってジョナサンは目を細めた。 |