やることのないこの邸で、ただただ“その時”を待つ、と言うのは時間の経過がいつもの何十倍も遅く感じる。本当に彼はやってくるのだろうか、それともあれは冗談だったのだろうか。そわそわとして仕方ないので、館にある本を何冊か頂戴して、ロウソクの明かりで本を読み始めた。 タルカスとブラフォード ―――スコットランド王国の女王、メアリー・スチュアートの守護をしていた騎士。この本はジョースター邸にもあり、昔よくジョナサンと一緒に読んでいた。しかし、本に集中することはやはり出来なく、どうしても扉に神経が行ってしまう。今宵、ディオと一緒のベッドで寝る。こんな時に思い出してしまうのは、ファーストキス。もう何年も前のことなのに、やはり初めてのキスは忘れられない。ディオは、あれはキスではないと言っていたけど、何と言われたってにとってはあれはキスなのだ。そのファーストキスの相手と、一緒。 (ジョナサン様……どうすればいいですか……ああ、ジョナサン様、目は、まだ覚めないのでしょうか?) さまざまなことがの頭の中にめぐりパンクしそうになるが、ふと思い出す傷だらけのジョナサン。彼のことを思い出すと、一筋涙が流れた。ジョナサンのこと、ジョースター家のこと、最近あった数々のまだ癒えぬ心の傷を、連鎖的に一つ思い出してはまた一つ思い出し、ひとり、静かな部屋でむせび泣く。大好きなジョースター卿。穏やかな毎日。ずっとあの日々が続くと思っていた。ずっと、ずっと。呆気なくその日々は崩れてしまった。 The moon longed for the sunひまわりを臨む月「」 扉を開けると、は本を手に、ベッドにうつ伏せに倒れこんでいた。 「?」 近寄り顔を覗き込むと、はすやすやと寝息を立てていた。ロウソクの灯りに照らされて、涙の跡が見える。は泣いていたということか。持っている本はタルカスとブラフォードの本。確かにハッピーエンドではないが、そんなに泣くような内容だっただろうか。 「失礼するぞ」 ディオはの横に自身も横たわり、の様子を観察する。とは七年一緒に過ごしてきたが、さまざまな表情を見てきた。笑顔、泣き顔、怒った顔、傷ついた顔、悲しい顔。けれども寝顔というのは、思い返せば見たことがなかったかもしれない。一般的に寝顔のほうが幼く見えるというが、も例外ではなかった。普段よりも幼い彼女の寝顔に、暫し無心で見入る。 人間を辞めて以来、気の休まる時がない。傷もなかなか癒えぬし、太陽の光に当たらぬよう注意を払わなければならない。けれどと二人、一緒にいるときは気が休まる。つまり今、ディオは久々に安息を手にしていた。 ワンチェンは今のところ、駒として動いているが、腹心の部下、と言う訳でもない。彼は一度、毒薬を提供していたことを自供している。かと言ってのことを信じている、と言ったら語弊が生まれるかもしれない。信じているわけではない。けれど彼女は恐らく自分のことを殺そうとはしない。彼女の愛するジョナサンに瀕死の重傷を負わせたと言うのに、まだ情を持っているようだ。そういう点では安心を覚えている。 「……迎えに行くから待っていろと言ったのに。寝ていたらダメではないか」 髪を撫でながら、ディオ自身も瞳を閉ざした。 「……ん」 どうやら眠っていたらしい。は寝ぼけ眼で、まるで彫刻のような美しい肉体を捉えた。美しい肉体には痛々しい火傷の跡がある。これは、ディオ様? のまだ回転しきれてない頭で隣にいる存在を認識し始めたときに、急激に目がさえた。 「!?」 ぱっと手に持っていた本を離し、上体を起こす。ディオがのすぐ横で添い寝していたのだ。ディオはの動きに目を覚まし、んん、と唸りながら片目を開けた。 「」 ディオが少しかすれた声での名前を呼ぶと、片手で抱き寄せられ、その腕の中に閉じ込められた。 「ディオ様!?」 「煩いぞ。もう少し寝る」 ディオの吐息がに掛かり、ドキリとする。寝れるわけがない。すぐ近くにディオの顔がある。どうしろと言うのだろう。 「ディオ様……」 誰かと一緒に寝るのなんて初めてだ。身体密着して、吐息がかかり、こんなにもドキドキするのだろうか。身動き一つとるのも躊躇ってしまう緊張感。こんな夜を毎日過ごすしかないのだろうか。何とも言い表しがたい感情がの中を巡った。 「」 パチリと目を開き、その宝石のような紅い瞳がを捉えた。 「はい……」 それまでを閉じ込めていた腕は、腰に添えられる。それだけでゾワゾワと身体の芯がしびれるような感触。その手はのボディラインを滑り、の頬に添えられた。 「ずっと、傍にいるのだ」 「ディオ様、何を言って―――」 「永遠はすぐ隣だ」 ニヤリ、口角が上がった。そしてディオは上体を起こしの肩を押すと仰向けにさせて、そのまま馬乗りになった。男性経験がないでも、それなりに年を重ねてきているのでこの体勢の通称、及び状況について理解しているつもりだ。 所謂、押し倒されている、と言う状態であろう。 「ディオ様……?」 「そうだ、そうやっておれのことを意識しろ」 もう何も考えられなかった。 「おれを見ろ、おれをひとりの男としてみてみろ」 「わたしは、ディオ様をひとりの男として見ています……なぜこのようなことを」 の必死な顔がよほど面白かったのか、ディオは小さく笑うと、の上から退いて、そのまま部屋を立ち去った。ようやく収まった鼓動に安心しつつ、一つ息を吐いた。相変わらずディオと言う人物は、ドキドキさせることが得意なようだ。男なのに妙に醸し出す妖艶な色気は、吸血鬼になってからますます増加している気がする。ジョナサンもをドキドキさせるが、それとはまた別のドキドキの種類だ。息が止まってしまうような、そんな感覚。それにしても、 「一体どうしちゃったんでしょう」 ディオのことがますます分からなくなった。 |