あれからスピードワゴンと協力し、瀕死状態のジョナサンを病院まで連れていき、ジョナサンは緊急入院をした。はジョナサンの付き添いを申し出たが、金髪の美しい看護師に、断られてしまった。生死の境をさまよっている人の看護を、素人がいても邪魔なだけなのだろう。
 スピードワゴンの手当てが終わるのを待ち、落ち合うと、彼はいったんオウガ―ストリートに戻ると言った。

「そういやあ嬢ちゃん、あんときゃあ怒鳴っちまってすまなかったな」

 去り際にスピードワゴンはばつが悪そうに言った。

「いいえ。寧ろ感謝しています。あの時怒ってくれなかったら、このあとジョナサンさまは一人になってしまいました」

 ジョナサンが目を覚ました時、誰もいないなんて、寂しすぎる。あの時スピードワゴンに無理やり連れていかれなかったら、彼を支えられない。生きているからこそ彼の心を支えることができる。スピードワゴンには感謝してもしきれない。

「では、お気をつけて」
「ああ。ところで嬢ちゃんはどうするんだ?」
「ううーん……とりあえず寝床を探して、ジョナサンさまが目覚めるまで待とうと思います」
「そうか。早く目覚めるといいんだがな……」

 スピードワゴンは最後に、「そうだ嬢ちゃん、お金ないだろ?」と言い、いくばくかのお金をに渡してオウガ―ストリートへ向かった。何も考えてなかった、確かに今の自分は無一文だった。は申し訳ない気持ちでいっぱいではあったが、素直に受け取って宿屋探しを始めた。




The Moon Longed for The Sun
憂鬱な三日目





 宿を無事にとり、部屋に備えついていたシャワーを浴びる。バスタイムと言うのはにとって一日を振り返る時間であり、それは今日も例外ではなった。自然と今日あったことを思い出してしまう。

(……どうしてこんなことになってしまったんでしょう。ジョースター卿)

 溢れ出る涙。嗚咽交じりに流れる涙はシャワーとともに流れていく。

(なぜディオさまはこんなことを? なんでこんなことになったんですか? ジョナサンさま、早く目を覚ましてください。すぐそばにいきたいです……)

 過去を悔いることよりも、何か今、できることがあるんじゃないか、と考えても、気付けば悔いてしまう。寝床に入っても結局、哀しみのまま昨日のことを悔いることばかりしてしまった。寝て起きても陰鬱な気分は晴れなかったが、ジョナサンがもしかしたら意識を取り戻しているかもしれないと思い、病院に赴く。

「あの……ジョナサンさまは……?」
「看護はわたくしどもが十分やっております、後日いらしてください」

 おずおずと尋ねると、冷ややかに突き返された。

「でも、わたし、今ではたった一人のジョナサンさまの家のものです……その、何か語り掛けられると思うんです」
「お気持ちはわかりますが、今が正念場なんです。すみませんが、お引き取り下さいませ」

 女性は一方的に扉を閉め、は途方に暮れた。なんだか悔しくて、は暫く扉の横で膝を抱えて座り込んだ。そのうちにある一つの考えが浮かぶ。

(そうだ……ジョースター邸の後処理をしていません)

 病院に運んだっきりジョースター邸にはいっていないので、どうなっているのかもわからない。それに後処理もしなくてはいけない。

(ジョースター卿のご遺体も見つかるといいですが……もしかしたら見るに堪えないお姿になっているかと思うと、怖いです……)

 あれだけの炎に包まれたら……と、そこまで考えて思考を遮断した。そういえば先ほどから看護師たちからの視線をジロジロと感じる。は仕方なく病院を後にし、宿に戻った。その日はジョースター邸に行く勇気がわかなかったので、宿にずっと閉じこもり、昨夜のように事件当時を思い出し、涙した。
 次の日、再び病院を訪れるが、やはりまだジョナサンの意識は戻っていない、と言われたので宿に引き返した。けれどまた宿でふさぎ込むのも嫌だった。一人でじっとしていると負のスパイラルに陥ってしまうので、今日は思い出さないくらい何かに没頭しよう、と考えた結果、ジョースター邸に行こう、と心に決めた。
 そうはいっても足取りは重い。現実を思い知りそうだった。けれども行かなくては。と自らを奮い立たせ、日が暮れる前になんとかジョースター邸にたどり着いた。ジョースター邸は思った以上の荒廃ぶりであった。かつての面影は何も残っていなくて、真っ黒く焦げた木材のせいで焦げたにおいも漂ってきた。暫く、ジョースター邸をただじっと見つめていた。また涙が止まらなくなる。涙が枯れることなんてないんだなあ、と感傷に浸る自分を冷静に見るもうひとりの自分が思った。
 物思いにふけるのが終わる頃には日が暮れていた。今更片付けるのも暗くて危ないし、自分一人の力ではどうすることもできないのでは? と考え、結局

「スピードワゴンさんが帰ってきたら、どうすればいいか聞いてみましょう」

 と、いうことに落ち着いた。今日のところはぐるりとジョースター邸を周って帰ることにした。ゆっくり歩いていると、誰もいなかったジョースター邸跡地に、物音と話し声が聞こえてくる。ぴたっと歩くのをやめる。もしや火事場泥棒? と考えがよぎり、急に心臓の動きが早くなる。ありえなくもないだろう、ジョースター家はここら辺では有名な貴族であったし、誰かが夜な夜な物をあさりに来ていても可笑しくはない。気付かれないように離れよう、と足を踏み出したその時、小石を蹴り上げてしまい、無情にも音が鳴ってしまう。足元が暗くて小石が見えなかったのだ。

「誰だ!」

 刹那、男の声。の緊張はマックスに達した。殺される、殺される、殺されたくない、いやだ、いやだ!! はぴたりと固まった。

「見てこい、このディオのしもべよ」

 ディ、オ?

「ディオさま!?」

 反射的に声を上げてしまった。

「その声は、なのか? ワンチェン、女を連れてこい!」

 とりあえず逃げなきゃ、と考え、脇目もふらず走り出す。しかしワンチェン、と呼ばれたものは早かった。の前にさらりと躍り出て、間髪入れずみぞおちに拳を入れ込んだ。何かを考える暇もなく、は意識を失った。