「あの父親の精神は、息子であるジョナサン・ジョースターが立派に引き継いでいる! それは彼の強い意志となり、誇りとなり、未来となるだろうぜ」 スピードワゴンがジョースター親子を見て言う。彼の瞳にもまた、涙がたまっていた。それから彼は何気なく窓の外を眺めると、そこで、とある異変に気付く。その瞬間言葉を失い、急に脂汗が吹き出した。 「死体が……」 ぽつりと呟く。 「死体が……ない!!」 スピードワゴンの叫びを受けても窓の外へ目をやると、雨が降り始めてきたらしい外には、ガラスの破片と、石仮面のみがあり、ディオの死体が消えていた。え? と小さく声を出した瞬間、窓の近くにいた警官の頭が吹き飛んだ。グロテスクな光景にもかかわらず、突然すぎて理解ができなかった。何が起こったのか理解するのに時間がかかった。 警察の人が、何者かによって頭を吹き飛ばされ、死んだのだ、と理解したときには、死んだはずのディオがふわりと外から飛び込んできて、優雅に窓枠に立っていた。 「なんだこいつは……なんで生きてる?」 ざわつく警官たちをまるで嘲笑うように、ディオはたん、と館の中に降り立った。 「まさか……」 ジョナサンが信じられない、と言ったようにつぶやく。 「なにをしているんだ! 急所を外しただけだ、撃て!」 スピードワゴンが叫ぶが、驚きと恐怖で警官たちはまるで動けずにいた。ディオは床を蹴って飛び上がり、ジョナサンは銃を構える。ディオは銃口の前に着地した。 「危険だ! 早く撃つんだ!」 スピードワゴンの言葉にハッとしたジョナサンは、引き金を引いて銃を打ち込んだ。ディオの額を綺麗に打ち抜き、その先にある花瓶までもが割れた。しかし、ディオは倒れなかった。それどころか、額から流れる血液を手に取り、それを舐めあげて不敵に笑んだ。にはもう何が何だかわからなかった。あちらこちらで悲鳴が上がるが、悲鳴すらも出なかった。頭が完全にフリーズしてしまったのだ。 「こんなに素晴らしい力を手に入れたぞ! 石仮面から!! お前の父親の血から!!」 ディオは再び床を蹴り優雅に舞うと、警官の頭に自らの指を突き刺す。すると急激にその警官の生気のようなものが吸い上げられていった。恐らく血が吸い上げられたのだろう。たった今まで咲いていた花が急に枯れていったような、奇妙な光景だった。そして吸い上げきると、その死体を警官たちへ軽く投げつける。軽く、と言うのはあくまでそう見えただけで実際はものすごい力らしく、警官は次々と血しぶきをあげて倒れていった。腕や足が吹き飛んだ人もいて、その一つがスピードワゴンを思いがけず強襲し、彼までも負傷する。そのまま地面にうずくまった。 はあまりに強大な力を目の前にして、恐怖していた。がたがたと震え、体中にまるで力が入らなかった。だけでなくジョナサンも震えていた。けれど、その瞳が怯えるを捉え、そして父親の姿を捉えると、震えがぴたりと止まった。自然と目つきが変わる。ジョナサンはすぐ後ろにある、甲冑に備わっている槍を手に取り、じっとディオを見据えた。自分が、やらなければ。守らねば。 「か……怪物を生み出したのか、あの石仮面は! 正直ぼくは怖い……けれど、ディオ、君はこの世にいちゃあいけない! かたをつける!」 The Moon Longed for The Sun血路を探せ!「に、逃げろジョースターさん……! あ、あんたに勝ち目はねぇ! 怪物を生み出した責任を感じてるんだろうが……殺されちまう!」 「ディオはすでに人間ではないのだから! 魔物ならだから! これ以上ディオに殺戮を許すわけにはいかない!」 すでに覚悟を決めたジョナサンが、言い放った。顔つきが先ほどと吃驚するくらい変わっていて、強い意志を感じた。と、そのとき、先ほどディオに生き血を吸われた警官がムクムクと起き上がり、怪物のように醜くなった姿で呻き声をあげる。まるで、ゾンビのような様相だった。最悪なことに、は警官と目が合ってしまった。その瞬間ずるずると身体を引きずりながら、のもとへと近寄る。は恐怖のあまり固まってしまい、動けなかった。人は死の恐怖を目の前にすると動けなくなるというが、まさにそれだった。 「血だあああぁぁあああ〜〜〜ううう〜〜〜〜」 「!!!」 もう少しで警官の手がに触れる、その時に、ものすごいスピードで横に吹き飛んだ。見上げると、警官に蹴りを決めたディオがいた。くしくもディオの作り出した怪物の魔の手から、ディオに助られたのだ。そして不思議なことに、彼は確かに額を撃ち抜かれたはずなのに、その額の傷はいつの間にか何もなかったかのように跡一つなかった。 「知性がないのも考え物だな」 「!!」 ジョナサンがのもとへ駆け寄ろうとすると、ディオは空中高く舞い上がり、ジョナサンに襲い掛かる。ジョナサンは槍をかざして応戦する。その間はスピードワゴンにこっちへ来い、と呼ばれ館の端に避難していた。 「どうすればいいのでしょうか……」 このままではジョナサンが負けてしまうのは時間の問題だろう。 「けれどあの怪物、アンタのことを助けてたぜ、どういう関係なんだ?」 「どういう関係と言うほどもありません。ただの、メイドでございます」 確かに、なぜ彼は助けてくれたのだろう。まだ人の心が残っているのだろうか? けれど、ではなぜジョースター卿を殺したのだ。 「……おれに、考えがあるんだ。聞いてくれないか?」 「はい。聞かせてください」 「いくら貫いても治癒してしまうなら、もう燃やしつくすしかない。けれどディオだけを燃やすことは不可能に近い。もしかしたら屋敷ごと燃やすことになるかもしれない」 「この屋敷ごと……」 たくさんの思い出が詰まったジョースター邸を燃やすなんて、正直快諾はできない。けれど確かにそれならディオを倒せるかもしれない。ジョースター卿も死んだ。屋敷もボロボロだ。しかも共に育ったディオの謀反と言う形で。いずれにしても、思いを一新するために屋敷を壊すことになるかもしれない。ならば――― 「そう、ですね」 「そこで、なんだが、アンタ、ディオの気を引けないか? アンタならディオに殺されずに、時間を稼げると思うんだ。その間にジョースターさんと合流して、このカーテンにひそかに火をつける。そしてこのカーテンをうまくディオに被せるんだ。しかし勿論、殺されないというのはただの予想で、実際危険な役目だ。けれどこの中で誰よりも、殺されない可能性が高いと踏んでいる」 確かに先ほどもなぜか助けてくれた。スピードワゴンと自分、どちらかと言えばやはり自分がディオの気を引いた方が成功率は高そうな気がする。もはや危険だとかは関係ない。やらなくては。例え命が尽きても、ここでディオを倒さなければ。 「わかりました。わたし………やります!」 「ありがとうよ嬢ちゃん」 ジョナサンはディオの額を貫こうとして槍を突き出すが、ディオは手を出して受け止める。槍はディオの手を貫いたが、ディオは痛みなど一つも感じていないようだった。そのまま手に突き刺さった槍を捻じ曲げて、槍の先を折ると、それをジョナサンに投げつけて、ジョナサンの肩に突き刺さった。見ていられなくて思わず目をぎゅっとつぶる。けれどもすぐに目を開けて、自らを奮い立たせる。ジョナサンがピンチだ。今こそいかねば。気付いたら体が駆け出していた。 「ディッ、ディオさま!!」 ジョナサンとスピードワゴンから注意が逸れるよう、ディオが彼らに背を向けるような場所に立ち、震える声で大声を出す。産まれてこの方、こんなに早く心臓が動いていることはないのではないかと思う。 「どうか、やめてください……! 何がしたいのですか、何が目的なのですか」 「……」 じっと見つめられる。 「、吸血鬼になってこのディオと永遠に生きよう」 「吸血鬼……? 永遠に、生きる?」 まさか何かを提案されるなんて思わなかった。 「そうだ。お前だけは生かしてやると言っているのだ。おれにずっと仕えているんだ」 ディオは人間をやめて、吸血鬼になったのか。あの石仮面を被ることで人は吸血鬼になってしまうのか。そして吸血鬼になってともに生きようと言っている。 「……お断りします。わたしは、ジョースター家のメイドです! 最後の最後までジョースター家のメイドでありたいんです!」 言葉を言い終えたとき、ちょうどスピードワゴンの策が功を奏し、燃えあがったカーテンがディオを背後から襲った。カーテンに包まれて燃えていくディオは炎に焼け爛れていくが、もがいたりはせず、至って冷静であった。やがてカーテンを振り払ったディオは苦しい表情などひとつもしていなかった。 「確かに焼けている……だが、焼けながらも皮膚の組織がすばやく次々と再生しているんだ! 脳に弾丸を撃ち込んでも死なない理由はこれだ!!」 「この火では倒せない……! 炎に焼かれながら攻撃してくる」 ポツリとつぶやいたジョナサンの方を、ディオが優雅に振り返った。作戦は成功した。けれどこの作戦では彼は倒せない。どうすればいいのだ? 三人は再び絶望に立たされた。 |