ディオは一体何を考えているのだろう? そしてジョナサンはロンドンへ何をしに行ったのだろう。先ほどから答えのない疑問を延々と繰り返し考えている。は先ほどの戸締りチェックの続きをして、自室に戻り一人で深く考え込んでいた。本当ならディオに直接聞きたいくらいだ。けれど多分、そんなことはしないほうがいい。それをしていいのならばジョナサンがとっくにやっているはずだ。 それにもしかしたら自分までもが口封じのため闇へと葬られるかもしれない。万が一、ジョナサンの身に何かあった時、真実を知るものがいなくなってしまってはいけない。勿論、そんなことがあったらと考えるだけでも身も心も引き裂かれる思いだが。 それからディオへの見方も一気に変わってしまった。最初こそ警戒していたが、とても素敵な男性で、最初の危惧はすぐにどこかへいってしまった。今でもディオがそんな悪事を働いたなんて信じられない。これからどんな風にディオに接すればいいのだろうか。自分がうまく立ち振る舞う姿が想像できない。 (下手な芝居を打ってもすぐにばれてしまいそうです……。ああ、どうしよう、もう。今夜は寝れなそうです……) The moon longed for the sun太陽と月についてどれだけ望まなくても、朝はやってくる。ジョナサンの安否の心配や、ディオへの疑惑も抱えたまま結局眠りにつき、そして目覚めた。こんな状況でもしっかりと眠れる自分の神経には起きて早々苦笑いしてしまった。 いつも通りの朝の業務をこなす。けれどいつもと違う現実が、廊下ですれ違うのがディオ一人だけということ。 「おはようございますディオさま」 「おはよう」 うまく立ち振る舞える気がしなくて、頭を下げて逃げるように通りすがる。何事もなかったかのようにできない自分が嫌になる。こういう態度が一番違和感を感じさせるということをわかっていながらも、やはり演技はできそうにない。 業務をこなしているときも、ジョナサンのことが頭から離れなかった。今頃どうなっているのだろうか、雪に降られていないだろうか、無事なのだろうか。こんなに心配してしまうなら、無理を言ってついていけばよかったと少し後悔する。が、ジョナサンはきっとそんなことを許さなかっただろう。彼は紳士だから、女性を危険な目に合わせたりなんてしない。例えそれがメイドであっても。それにこうやって留守を守るのも立派に役に立っているはず、そう自分に言い聞かせる。 日は沈み月が昇る夜。は夕飯を報せに向かおうとしたと階段を上がったところで、自然とジョナサンの部屋に行こうとして、再びジョナサンが不在という事実を思い知った。こみあげてくる複雑な感情。それらをすべて押し殺して、ディオの部屋を訪れた。 「ディオさま、夕飯でございます」 ディオはテーブルに向かって羽根ペンを走らせている最中であった。なるべく心を無にして、声をかけた。 「」 顔を上げて、名前を呼ばれる。どきり、との心臓が跳ね上がる。嫌な予感しかしない。 「なんでしょうか」 務めて無感情にいう。ディオの妖艶な赤い瞳は、何もかもを見透かされているような気さえする。 「こうやって夕飯を報せてもらえるのもあと何回だろうな」 「え?」 どういう意味なのだろうか。 「ほら、おれも大学を出るだろう? この家を出ることになるかもしれない。そうなったらに夕飯を報せてもらえることもなくなる」 「なるほど……」 なんだ、と拍子抜けする。てっきり、罪を犯していることをほのめかしているのかと思った。少しほっとした。 「おれと一緒にきてもいいんだぜ?」 「わたしはジョースター邸に骨をうずめると決めていますので」 試すように笑んだディオ。たまにいうディオの軽口だ。自然と口角が上がった。 「そうか、残念だ」 「……では、お待ちしています」 「ふっ、すぐ行く」 ディオの部屋を出て、ふう、と息をついた。 その日の夜、自室の机に向かって、ぼんやりと今までのことを思い出していた。ジョナサンとはいろいろあった。物心がつく前から一緒だったので、今までいろいろあったなあ、と自然と微笑む。ジョナサンに好きな人が出来たときがあった。あの時はもう、この世の終わりのような気持になった。それまでは高望みせず、今のままの関係でいられたらいい、とずっと思っていた。ところが好きな人ができたということで、それが崩れてしまった。好きな人が出来るということが考えられなかったわけではないのだが、いざ本当に事が起きてしまうと、このままの関係でずっといられることなんて不可能なのだ、と思い知らされた。そんなときにいろいろと聞いてくれたのが、ディオだった。 ディオがこのジョースター邸にやってきたときは、最初はとても警戒していた。ジョナサンから悪い噂を聞いたからだ。けれど警戒も最初だけで、それ以降ジョナサンから何も聞かなくなったし、彼らは次第に仲良くなっていった。自身ディオから悪いことをされたわけではないので、ディオとは自然と距離が近くなっていった。 ディオは時々、の心臓をびっくりさせるようなことをする。急に抱きしめられたり、顔を近づけられたり、キスをされたり。すべてをさらりとやってのけるものだから、も最初はびっくりするが、ディオにとっては大したことではないのだろう、と思いすべてをそういうものだと思い込む努力をした。そうでもしなければ心臓が持たない。陶器のように白い肌、見るものすべてを吸い込んでしまう美しい赤い瞳。端正な顔立ちは、気を抜けばだれもが虜になってしまうだろう。かくいうも、ジョナサンという存在がなかったら、甘い蜜に吸い寄せられるミツバチのようにひらひらとディオに魅せられていたかもしれない。浮いた話を聞かないのが不思議で仕方なかった。もしかしたらあるけれど、言われていないだけかもしれないが。そしてそんなディオにファーストキスをしっかり奪われてしまったわけだが。これはジョナサンには秘密だ。 そしてそんな二人の父であるジョースター卿は、本当に愛にあふれている人だと思う。決して甘やかさず、常に厳しく、高い目標を掲げる、優しい人であった。たちメイドには、家族同様の扱いをしてくれて、は本当にジョースター卿が好きだった。体を壊してからは、寝室にこもる日々が続いていて。 もし本当に、これがディオの策略だとしたら――― そこまで考えて、思い出に浸った幸福な気分は一気に不安へ変わる。たくさんの思い出と愛が詰まったジョースター邸が、危機に差し掛かっている。このジョースター邸に雇われているのはきっと、にとって人生で最大の幸福だ。そんなジョースター邸を絶対に守らなくては。 (けれどやっぱり……ディオさま、信じられない。なんでそんなことを……) ディオの無実を信じたい。すべて、気のせいであってほしい。髪を結わいていたリボンをほどいた。 (ジョナサンさま……早く、無事で帰ってきてください) すべての鍵をきっとジョナサンが握っている。何もつかめなくても、とにかく、無事に帰ってこられるように。は手のひらに乗せたリボンに視線を落として、キュッと握りしめた。 |