ジョナサンとだけが知る秘密。それは、このジョースター邸にある”石仮面”の秘密。

「考古学が金になるのかい? とディオに言われたことがある。彼らしい一言だ」

 ジョナサンの部屋で二人は机に向かって座り、机上にある石仮面をじっと見つめたままジョナサンが言った。

「ふふ、ニヤって微笑みながら言ってる姿が思い浮かびます」

 ディオは知らない、ジョースター卿も知らない、ジョナサンとだけの秘密。石仮面に生き血を一滴でも与えれば、その仮面の内側から物凄い勢いで『針』のようなものが数本出てくる。これをジョナサンは『骨針』と表していて、その骨針は仮面をかぶったものの頭に突き刺さる。誰が、いつ、どんな目的で作ったのかはわからない。けれどジョナサンは、この石仮面は亡き母が旅行中に買ったものであるということもあり、石仮面に特別な思いと興味を抱いている。
 この石仮面をきっかけにジョナサンは、ディオに言わせれば金にならない考古学の道を歩き始めている。

「この石仮面の秘密を解き明かして発表して、ダーウィンの進化論まではいかなくても、センセーションを巻き起こすことができたらなあ」
「きっと巻き起こせます! その日が待ち遠しいですね」
「その日は、きみが隣にいるよね?」

 ジョナサンに見つめられ、の心臓はどきりとする。一瞬のうちに、ジョナサンの少し後ろに立ってジョナサンが何かの賞を受賞するのを見守る様子が浮かんだ。とても幸せな想像だった。けれどそんな想像はすぐにかき消す。自分はメイド、彼の隣に立つのは将来を共にする伴侶に決まっている。そんな想像をした自分が急に恥ずかしくなった。

「わたしは観客席の隅っこで拍手をしていますよ」

 ジョナサンはとても愛にあふれているとは思う。普通、メイドにこのような同等の地位を与えてくれる人、ほかにいない。これもひとえにジョースター卿の教育のたまものだろう。この家に仕えられていること自体が幸せなのだ。

、立派な助手がなぜ隅っこにいるんだい?」

 隣にはきっと、エリナさんのようなきれいな奥さんが立っているからですよ。と、ほとんど無意識に喉まで出かけた言葉を呑み込んで、は苦笑いする。顔も見たこともない”エリナさん”にいまだに劣等感を抱いている自分が情けなかった。自分の立場を割り切ったつもりでいるのに、心の奥底に封印した思いはいとも簡単にの理性を呑み込む。どうやらそう簡単に自分の中できれいに消化できるほどのものではないらしい。

「わたしは助手と言えるほどのことをしていません。ジョナサンさまにそのように言っていただけるだけで嬉しいです」
「謙虚だなあ、は」

 そうやって困ったように笑うジョナサンがいつまでもそばにいてくれれば、それでいいんだ。この家にいつまでも仕えられればそれで。は微笑み返した。



The moon longed for the sun
恐ろしい考え



 それからジョナサンは書物庫に、は戸締り確認に出かけた。広いジョースター邸は、窓の数も沢山ある。その一つ一つの戸締りをチェックしての一日の仕事は終わりだ。二階のチェックが終わったところで、何かが落ちたような大きな音がエントランスのほうからした。何が起こったのか確認のため音のしたほうへ駆け寄ると、ジョナサンが通路からエントランスを見下ろしていた。の足音に気付いたのか、不意にジョナサンがのほうを見て、視線がかち合う。するとジョナサンはつかつかと歩み寄り、いつになく真面目な顔で、、と名を呼んだ。

「ぼくはこれから、ロンドンへ行く。なにが正しいかなんてわからないけど、ぼくはぼくが正しいと思ったことを全うする!!」
「はい、え、どうかしたんですか?」
「理由は、聞かないでくれないか? その代りにこれを託す」

 懐からジョナサンが出したのは、古びた封筒だった。は受け取り、くるりと裏を見ると、「Dario・Brando」と署名されていた。ブランドー、その姓はディオの旧姓と一緒。つまりディオの肉親だろう。

「これを読み、どう思うかはの自由だ。、留守の間どうか頼む」

 の返事を待たずにジョナサンはの隣を通り抜けて行く。くるりと振り返り何か言おうとは口を開くが、ジョナサンは振り向きもせずにずんずんと前へと進んでいる。は口を閉ざし、黙ってその後姿を見つめていた。何も言えなかった。
 彼が自室に入ったのを見届けて、は手紙をポケットにしまいこみ、階段を駆け下りて自室に逃げるように入り込んだ。痛いくらい心臓が早鐘を打つのを感じつつ、緊張で震える手で手紙を封筒から取り出し、読む。

「私は今、病にあります。たぶん死ぬでしょう。わかるのです、病名はわかりませんが、心臓が痛み、指がはれ、咳が止まりません。私が死んだらどうか息子のディオを………っ!」

 手紙を読みながら、の中にぼんやりとした、恐ろしい考えが形成されていった。

「まさか……」

 恐ろしいことに、「心臓が痛み」、「指がはれ」、「咳が止まりません」。この症状はジョースター卿の風邪の症状と酷似していたのだった。こんなことあるのだろうか? 自分の中にできたその恐ろしい考えをどうにか消し去りたいのだが、そんな思いもむなしく、その考えは疑念へと姿を変えつつあった。
 すなわち、ディオが実の父を殺し、今、義理の父をも殺そうとしているのでは、と。
 しかしなぜ? ジョースター卿はディオへの援助は惜しまないといっていたし、ジョースター卿ほどの人格者をは他に知らない。そんな卿を殺すことに何のメリットも見いだせない。お金が目当てでも、恨みを晴らすわけでもなさそうだ。
 とにかく手紙を大事に保管しよう、そう考えて手紙をベッドの下の奥に滑り込ませた。