「これは驚いた」

 深夜の来訪者、誰かと思えばだった。なんだってそんなに暗い顔をしているのだ。

「こんばんは……」
「どうしたんだ? まあ、とりあえず入って」

 招き入れると、は暗い顔のまま俺の部屋へ入ってきた。ぼくはに対して苛立っていたのだが、ちらっとリボンが見えて、なんだかどうでもよくなった。
 このディオを恋愛の対象としてみていないといわれたのだぞ、苛々するに決まっている。メイドの分際でこのディオに特別な扱いを受け、よくもそんなことがいえたものだ。ああ、やはり苛々してきた……!


「ディオさま、こんな夜遅くにすみません」

 いつものようにテーブルを挟んで座ったのだが、はうつむいたままぽつりと謝った。

「いいや、いいよ。読書もひと段落していたからね」
「そうですか。……あのですね、お尋ねしたのには理由がございまして」
「ああ、そうだろうね。なんだい? ぼくで良ければ聞くぜ」

 どうせジョジョのことだろうなあ。ああ、なんだってぼくがの悩みを聞かなくちゃあいけないんだ。

「実はジョナサンさまに、女の子の話を嬉しそうにされまして……」

 !!! なんだと? ジョジョのやつ、に女の話をしたっていうのか? はっ! あいつ、とんだ阿呆だな。先ほどまでの苛々が一気に消えた。これは面白くなってきた。

「明日もまた会おうと、言ったそうで……うっ、ふ……っ!」

 な、な、なんだ! 泣くんじゃあない!! ど、どうすればいいのだ!

「な、、落ち着け。」

 ハンカチはどこだ、ああ、あった。棚にしまってあったハンカチをに渡すと、は涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった顔で礼を言い、無造作にそれらをふき取った。お世辞にもかわいいとは言えない様相であった。ぼくはのそばにひざまずくと、そっとの手を取る。
 これはチャンスではないだろうか?

、つらいんだろう?」

 が無言でうなづく。

「そして、ぼくを頼ってここまでやってきてくれた」

 またうなづく。

「ぼくはそのことがうれしい。ぼくにできることはたかが知れているかもしれないが、こうやって涙をぬぐうことくらいはできる」

 そういってぼくはの目じりに指を這わせて、涙を掬ってなめる。がその様子を見て、目を見開いた。

「いつでもきてくれていい」

 立ち上がり、の髪を結わうリボンに触れ、そして、ぽん、と頭に手を置いた。

「うっ、ディ……ディオさまああぁあぁああ!!」
「世話が焼けるな」

 うん、やはり少しずつぼくに傾き始めているのかもしれないな。




The Moon Longed for The Sun
月を見るひまわり





 昨夜はディオさまにみっともない姿を見せてしまいました。恥ずかしい……! 傷心のままディオさまにお話を聞いてもらいたくて、ディオさまをお尋ねしたのですが、お顔を見たらなんだか気が緩んで大泣きしてしまいました。ディオさまと会うのがなんだか気まずいです。
 それよりも気まずいのは、ジョナサンさま。その女の子は、今日やってくるのでしょうか。朝食をテーブルに運びながら、もやもやしていますと、

「おはよう
「あっ、おはようございます、ジョナサンさま」

 うわさをすればジョナサンさまです。ドキドキじゃなくて、ズキズキします。なんてことでしょう、恋とは、片思いとは、つらいものですね。挨拶だけかわして、すぐに仕事を再開します。これ以上つらくなりたくないので、何も会話を交わしたくありません。



 わあ、今度はディオさまです。朝食を食べに来るので普通といえば普通なのですが、続けざまに気まずい人と会って、若干驚きます。

「おはようございます、ディオさま」
「おはよう。……少しはすっきりした?」
「あ、はい。本当に昨夜はお邪魔しました」

 深々と頭を下げます。

「いいんだよ、これからもぼくのことを頼れよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「おはようディオ、、そしてジョナサン」

 遅れてやってきたジョースターさまがダイニングルームにやってくるなり、にこやかに挨拶をなされました。わたしはジョースターさまが大好きです。こんなにも深い愛を持っているひと、ほかにいないと思うのです。優しさと厳しさを両方持った、そんな紳士。

「ディオ、と仲良くなったのだな」
とは年も近くて、優しい子なので、と仲良くなれてうれしいです」
「そ、そんなディオさま……! わたしもうれしいです」
「うんうん、いいことだ」

++++

 ほとんど生きた心地のしない一日を過ごしました。終始時計を気にしながら仕事をこなしていた気がします。ジョナサンさまのもとに、彼女はやってくるのでしょうか。時折、泣きたくなるような衝動に駆られながら、なんとか気にしないように過ごしていましたが、気にしないように努めている時点でもう気にしているわけで。とにかく、心ここに在らず、とでもいえましょう。
 ジョナサンさまが帰ってくるらへんの時間に、すぐにジョナサンさまに気付けるように、お庭の草むしりを始めました。雑草を抜いては、顔をあげ人影を確認し、誰もいないと再び雑草を抜いて。たまに遠くで座り込んでいるダニーを見てみたり。
 しかしそわそわと逸る気持ちとは裏腹に、ジョナサンさまはなかなか帰ってきませんでした。
 暫く経ち、人影が見えました。しかし、待っていた人ではありませんでした。金色のきれいな髪が遠くからでもわかります。ディオさまでした。美しい赤い瞳がわたしを捉えました。

「おかえりなさいませ、ディオさま」

 ディオさまのそばに駆け寄ります。

「ただいま。ジョナサンを待っているのだな?」
「あ、はい」

 言い当てられて少し恥ずかしい思いになります。

「ならぼくも一緒に待つ」
「ええ! そんな、いいですよ」
「なんだ、ぼくとは一緒に待てないというのか?」
「そういうわけではないです! なんていうか、わたしの私情に巻き込むのが申し訳ないというか……」
「そういった遠慮はいらない。それに、ぼくがいなくて、誰がの涙をぬぐうというのだ?」

 にやり、ディオさまが微笑まれました。昨夜、ディオさまの前で大泣きしたことが思い返されて羞恥心がちくちくとわたしを苛みます。

「あっっ! あのときのハンカチ、今日の洗濯物と一緒においてあります。ありがとうございました」
「わかった。鼻水はちゃあんととれたかい?」
「はい、とれました……」

 うう、顔が熱いです。