「〜今日もかわいいですねぇ」 「ぎゃ! あ、ありがとう」 宿屋の朝に不釣り合いな悲鳴が上がる。弥勒が後ろから抱きついてきてわざとらしく耳元に囁いたのだった。は両腕を拘束されているため身動きがとれず、仕方ないので上半身をよじったりして抵抗をするが、びくりともしない。 こんな光景を犬夜叉に見られたらたまったものじゃない、と思ったとき、どたどたと忙しない足音が聞こえてくる。 「弥勒ー!!!」 噂をすれば犬夜叉だ。物凄い怖い顔をしている。眉間にしわが、これでもか! というほど寄っている。 「おや犬夜叉。もう遅いですよ」 「遅い……!?」 「なんにも遅くないから!」 犬夜叉のことだ。あれやこれやと手を出されてしまった後だと勘違いしているに違いない。顔が真っ青になっている。誤解を解きつつ、助けて、と視線で訴える。 「を離せ! 人のもんに手ぇだすたぁいい度胸だな!」 「たまにはよいではないか。ね、」 「ね、じゃないよ。わたしは犬夜叉がす……」 しーん、とした。犬夜叉の顔がほんのりと赤みを帯びていく。弥勒が耳元で「す?」と続きを催促するように囁きかけてくる。は何もいえなくなってしまった。 「な、なんだよ! 何かいいたいことがあるなら言えよ!」 「べっ、べつに何もないよ!」 弥勒の手から無理やり抜け出し、小走りに宿をゆく。 「お、おい! 待てよ!」 慌てて犬夜叉もおいかける。残った弥勒も流れで追いかけようかと思ったが、なんとなく二人の邪魔をするのはばかれたので(弥勒にもそれなりの良心は持ち合わせている)、顔でも洗いにいこうかと外へ向かった。 ◇◇◇◇ 「! なんだよ!」 「別になんでもないよ!」 「なんでもある! 重要だ!」 攻防戦が繰り広げられる。 「おい、」 犬夜叉がの肩をつかんで振り向かせた。 「な、んでしょう」 「聴かせろよ」 顔が赤い。どきどきと心臓が高鳴る。言うのか、言うのか。本当は言いたい。言えるものなら言いたいが、生憎勇気がない。好きだよ、好きなんだよ、心の中で呟くが、聞こえるわけがない。犬夜叉はからの言葉を待っている。真剣な眼差しに、不意に抱きつきたくなった。 「……すきだよ」 ぎゅ、と抱きついて、犬夜叉の胸元に呟いた。きっと聞こえてない。けれどそれで構わない。 「おう」 と思ったのだが、もしかしたら聞こえていたかもしれない。ぽんぽん、と頭を優しくたたかれた。 「、よーっく聞け」 「うん」 「好きだぜ」 胸にあたたかいものが広がって、顔の筋肉が緩む。好き、か。なんといい言葉なんだろう。 「たまには、確かめねぇとな」 「そうだね」 犬夜叉から離れて、頷いた。そういえば久々に好きだなんて言った気がする。 「だいたいおめぇ素っ気なさすぎんだよ! 俺がどれだけ心配してるかわかんねぇだろ」 言って、はっとした顔になって口をつぐんだ。言わなくていいことを言ったような顔だ。は笑いたくなるのをこらえつつ、 「心配してるの?」 と尋ねる。少し意地悪だが、たまにはいいだろう。 「………まあな」 観念したように小さく言った。 「大丈夫、ずっと好き」 二度目の好きは軽く言えた。すると対照的に犬夜叉はまるでリンゴように真っ赤になった。 「ばっ! 急に言うなよ!心 臓に悪いっつーの!!」 可笑しくなって声を出して笑うと、頬をつねられた。地味にいたい。 「いふぁい」 「俺を笑った罰だ」 負けじとつねり返す。 「いへぇ」 「はなひなほ」 「なにいっへっかわかんねえ」 「……何してるのですか」 結局野次馬根性が働いて後から様子をうかがいにやってきた弥勒が妙な顔で二人を見た。慌てて手を離して、なんでもない。と各々つぶやいた。 |