一行は森の中に無人のあばら家を見つけると、今宵はそこに身を寄せることにした。犬夜叉は黒髪の人間の姿に、は妖力が不安定になっている。何事もなければいいが、朔の日はだいたい厄介事が舞い込んでくる。そして今日も例外ではなかった。かごめ、弥勒、であばら家のそばで焚き火をしていると、息も絶え絶えに妖狼族の二人がやってきた。いつも鋼牙のあとを追っている二人だ。彼らが言うには、鋼牙は現在神楽と交戦中で、どうにも旗色が悪いらしい。

「先輩、鋼牙のこと好きなんスよね!? 助けてくださいよ?」
「何見てたらそう映るのさ!!! でも神楽がいて、結界も緩んでるって考えたら……奈落が近いのかも知れないね」

 が言い切るか否かのところで、あばら家の戸が騒々しい音を立てて開いた。が振り返れば、人間の姿をした犬夜叉が堂々と出てきていた。そしてなんの迷いもなくこちらまで歩いてくると、妖狼族の二人を何も言わずぶん殴る。

「いいかてめえら、他言したらぶっ殺す」
「え? あ、はい……」

 状況を飲み込む前に脊髄反射みたいに二人は頷いた。やはり朔の日は厄介ごとから逃れられないらしい。
 一行は妖狼族の案内で鋼牙のもとへと向かう。森を抜け、そのまま真っすぐ行くと、二人の人物が対峙しているのが遠くに見える。スピードを上げて近寄れば、鋼牙が足から出血して座り込んでいる。

「神楽!!」

 珊瑚の声に神楽は振り返る。その手には四魂のかけらがある。状況から察するに、鋼牙から取ったのだろう。

「ちっ命拾いしたな、鋼牙」

 神楽は顔を歪める。髪を結っているかんざしについた羽根飾りをふわっと放てば途端に大きくなり、神楽はそれに乗って上空へと消えていった。ひとまず危機は去ったようだ。

「鋼牙くん、ひどい怪我……!」

 かごめが駆け寄る。鋼牙の足は四魂のかけらを抜き取るために、深く傷つけられていた。

「そんなくたばりぞこない放っておけ、かごめ!」

 犬夜叉が鋼牙のもとへと歩み寄る。鋼牙は犬夜叉の姿を見て目を見開く。

「てめえ、犬夜叉か……?」
「けっ、だらしねえな鋼牙。神楽ごときにぎったぎたにされやがって」
「てめえこそなんだ、その弱そうな格好は。おれが噂で聞いた半妖はなぁ、命が惜しくて人間になってるときは絶対に的に姿を見せねえって話だったがなあ……いい度胸してんじゃねえか! そんな姿でノコノコ現れやがって!!」

 あ、これ喧嘩が始まるやつだ、とは直感で気づく。は大きく息を吸い込んだ。

「敵じゃないってことでしょ!! ほら、かけら取り戻しに行くよ!」

 がパンパンと手をたたき、話を本筋へと戻す。犬夜叉も鋼牙も不服そうではあるが、悠長に構えていられないことは分かっている。四魂のかけらを、神楽を追って再び走り出した。
 は鋼牙と一緒に雲母に載っていて、が前に、鋼牙がその後ろに座り、密着している。なんとなく気まずい。

、俺がついてるから安心しろ。ふっ、また俺に惚れちまうな」
「あなた手負いでしょ。それに惚れてないし」

 妖力が不安定で、今は妖怪の姿のが首だけで振り返り鋼牙を見れば、彼はニンマリとしている。犬夜叉がその様子を見て「おい鋼牙テメェ、にちょっかい出すんじゃねえ!」と走りながら吠えた。
 しばらく走ったところで、かごめが四魂のかけらの気配が奈落の城の結界から遠ざかっていると言った。それを受けてが推測する。

「奈落の城から離そうとしてるか、もしくは持ち逃げしようとしてるか、かな」

 ただ、神楽は奈落に対して忠誠を誓っている様子はない。どちらかといえば、一矢報いてやろうと思っている節すら感じる。だからこそ、後者のほうが可能性としては高い。

「あり得んことではない。犬夜叉や鋼牙が城のにおいを嗅ぎつけたのは結界が弱まったからだ。それは今、奈落の妖力が衰えているということではないか」

 弥勒は走りながら冷静に推理する。

「そうだよ……だって奈落も半妖だもん」

 が続ける。犬夜叉が妖力を失うように、もしかしたら奈落も……
 それから暫く走り続けて、漸く四魂のかけらの気配に追いつく。つまり、神楽のそばまで近づいたということだ。鋼牙も神楽の匂いを嗅ぎつけて、雲母から飛び降りた。

「ちょっと、鋼牙くん、怪我は!?」

 着地し、今にも走り出しそうな鋼牙にが叫べば、鋼牙は首だけ振り返る、

「怪我なんてもう治っちまったよ! そこのボンクラと違って俺は本物の妖怪だからな! 世話になったな、先に行くぜ!」
「誰がボンクラだこらぁ!」

 犬夜叉が吠えるが、鋼牙はもう走り出していた。だが今の鋼牙には四魂のかけらがないので、神楽に戦いを挑んだところで分が悪いのは目に見えている。弥勒は思考を巡らせて、珊瑚に言う。

「四魂のかけらを失った鋼牙では返り討ちが関の山だ」
「わかった」

 珊瑚はその言葉だけで把握して、「雲母」と呼ぶ。雲母は地表に降り立つと、珊瑚が飛び乗る。

、どうする? ここで待ってる?」

 今から珊瑚は鋼牙の加勢に行くのだ。今の自分でどれほど珊瑚の役に立つかはわからないが、それでも返事は決まっていた。

「一緒に行く、連れてって」

 の返事を聞いて弥勒は言う。

、無理はするなよ」
「もちろん」
「俺も行く!!」

 犬夜叉も叫ぶが、弥勒に取り押さえられる。そんな様子を見つつ、と珊瑚は鋼牙を追った。