は夢を見ていた。まるでこの地に眠る古の記憶が、思い出せと言わんばかりにに見せるのだ。の目線は彼の地をかつて守っていた妖怪、だ。
 彼の前には、黒い艷やかな髪を一束にまとめた巫女装束の女性、桔梗が困ったような顔をしていた。桔梗もこんな表情を見せるんだ、とは驚く。そんなの驚きなど差し置いて、物語は続いていく。

『先程、黒巫女の椿が私に呪いを放ってきた』
『え、大丈夫ですか!? 怪我はないか? そやつは今どこに!?』

 桔梗の肩を掴んでまくし立てるは明らかに狼狽していた。夢を見ているにもその不安が伝わってくる。桔梗は薄く笑み、肩に乗ったの手にそっと自分の手を重ねた。

『大事ない。呪い返しをしたから、椿が放ったその呪いはそっくりそのまま返した』
『そ、そうですか。それならよかった……心配しました。狙いは四魂の玉ですか?』

 は落ち着きを取り戻して、桔梗の肩から手を下ろす。

『おそらくな』
『念の為に椿とやら、仕留めます。いつまた狙ってくるやもわかりませんから』
『いや、大丈夫だ』

 黎明牙の柄に手をかけて今にも飛び立とうとするを、桔梗が制する。

『しかし……』
『本当にお前は変な妖怪だな。なぜこんなにも人に優しい?』
『人に優しくしてもらったから、ですよ』

 やっぱり桔梗は、見たことない顔で笑うのだ。


+++

 が次に目を覚ましたときには、心配そうに覗き込む弥勒と七宝の姿があった。が目を覚ますと、弥勒は泣き出しそうな顔になるも、すぐに笑みを浮かべて、抱きつかれた。突然の抱擁に吃驚するも、今まで何をしていたのかまるで思い出せない。ここはどこなのだろうか、そしてなぜ弥勒に抱擁されているのだろうか。脳をゆっくり回転させながら思い出そうとするも、靄がかかったようになにもつかめない。あるのは先程の夢のかすかな記憶だけだった。

 「……おはよう」

 とりあえず挨拶をすれば、弥勒は体を離して、しみじみとを見る。は上体を起こすと、なんだか頭が重い。この感覚は、寝すぎたときのそれと似ている。あたりを見渡せば、見慣れた楓の家だということがわかった。弥勒と七宝の他には楓がいて、囲炉裏の上で鍋を作っているところだった。その姿を見た瞬間、急激にお腹が空腹を訴える。

「大事ないか?」
「うん、ちょっと頭がいたいぐらい?」
「頭が痛いのか? どのように痛む? 怪我をしているのか?」

 真摯な表情で問い詰められるので、頭が痛いと言ったことを少し後悔する。思ったよりおおごとに捉えられてしまったようだ。は笑みを浮かべて首を横に振る。

「違う違う、ちょっと寝すぎてぼんやりするって感じ。気にしないで」
「本当か? 、無理はいかんぞ」
「ありがとう七宝。七宝がぎゅってしてくれたら治るかも」

 が冗談をいえば、七宝は真剣な表情で自分の両手のひらを見つめる。そして決心したようにギュッと拳を握ると、を見上げた。

「よし、おらがぎゅってするぞ……」
「七宝、の冗談です。しなくていいです」

 なぜか弥勒が牽制してくる。たしかに冗談だったが、はあえて反論する。

「本気だよ。ささ、七宝、抱きしめて」

 が両手を広げると、七宝はの横から小さな手のひらを回す。抱きしめると言うよりかは、抱きつくような形だが、にとっては至福の時だった。も七宝の小さな背に手を回して七宝のことを抱きしめた。、弥勒は見事に面白くない顔になった。
 その後あらかたの事情を弥勒から聞く。黒巫女の椿からかごめが呪われたこと、呪われたかごめが犬夜叉を殺しかけたこと、そして、桔梗がいたこと。今はもうかごめは呪いから解き放たれているということ。桔梗という言葉に、の胸が深く脈づく。

(桔梗が近くにいたんだ……ひと目会いたかったな)

 深い眠りの中にいたには、桔梗が近くにいた記憶はもちろん残っていない。けれど会えなくても桔梗が無事ならばそれでいい、とそう思う。

、鍋ができたが食べるか」
「食べる!」

 楓の言葉に、は元気よく返事をした。

+++

「どうした犬夜叉。こちらの方角ではないのか」
「うるせー! 話しかけんな気が散る!」

 弥勒の言葉に犬夜叉が吠える。現在犬夜叉は、這いつくばって地面の匂いを嗅ぎ、奈落の城の在処を突き止めようとしていた。

「犬夜叉、鼻が利かなくなっているのではないか。今宵は朔の日じゃ」

 七宝がそんな犬夜叉を見て言う。朔の日……つまり、犬夜叉が妖力を失い、の妖力が不安定になる日。だから犬夜叉は焦っているのだ。と、そこに、遠くから風の音が聞こえてくる。視線をやれば、つむじ風がこちらに向かってきているではないか。次の瞬間には一陣の強い風と共に鋼牙がかごめの横に立っていた。相変わらずの俊足だ。

「よおかごめ、お前も来ていたのか」
「鋼牙くん……」

 鋼牙がやってきた道のりには、先程まで這いつくばって地面の匂いを嗅いでいた犬夜叉が地面にのめり込んでいた。鋼牙が踏みつぶしたらしい。

「へっ犬っころ、てめえも嗅ぎつけてきやがったのか」

 鋼牙はまるで汚いものでも見るかのような目で犬夜叉を見て言った。犬夜叉は顔を盛大に歪めて、立ち上がると同時に鉄砕牙を抜いて鋼牙に斬りかかろうとするが、かごめの「おすわり」で再び地面にのめり込んだ。鋼牙は次にを見つけると、辛そうな顔をする。

「ああ、妖怪女。じゃない、。今日もおれが好きって顔してやがるな……すまねえ」
「気のせいだわ。謝るな」

 同情を乗せた鋼牙がを見るので、はきっと睨みつけた。何なのだこの定番となりつつあるやりとりは。

「ていうか鋼牙くん、城を突き止めたの?」

 鋼牙は先ほど「てめえも嗅ぎつけてきやがったの」といっていた。鋼牙が探しているのは四魂のかけらだ。つまり、奈落の居所を掴んだということだろうか。が尋ねると、鋼牙は頷く。

「奈落の野郎の胸糞悪い匂いが漏れてきてやがる。今までになかったことだ」

 城の結界がゆるんでいるということか。今こそ奈落に付け入るチャンスなのか、は無意識に黎明牙を触り、存在を確かめる。

「んー? 犬っころ、なんかお前、むかつく犬の匂いがしねえぞ。水浴びでもしたのかよ」

 鋼牙のくんくんと犬夜叉に匂いを嗅いで訝しんでいる。一行の間に緊張感が奔る。犬夜叉が妖力を失ってしまうということは、他に知られてはいけない秘密だ。どのようにこの場を打破するか考えていると、忙しない足音が聞こえてくる。鋼牙の仲間たちがやっと追いついたのだった。それを見て、鋼牙は本来の目的を思い出す。仲間たちが追いつく前に、軽快に立ち去っていった。

「追う? 法師様」
「いや、今夜は動かんほうがいいでしょう」

 珊瑚の問いかけに、弥勒は首を振る。

「ふざけんな先を越されちまうぞ!」
「落ち着きなさい犬夜叉。鋼牙はともかく、奈落に人間の姿をさらすのか。半妖が妖力を失う日を知られたら命に関わるのだろう。相手が奈落ならなおさらだ」

 犬夜叉は焦りを滲ませて叫ぶが、弥勒は冷静に言葉を返す。そのとおりなので、犬夜叉も言い返せない。今は辛くても、待つときだ。