色々と一段落したところで、楓の村に戻ることになった。かごめは物資の調達や学校へ行くために現代に戻り、そのほかのものは思い思いの時間を過ごす。
 は久しぶりに、の眠る祠に来ていた。中にはの骨の入っている骨壷と、黎明牙が安置されていた刀置きだけがある。

「ただいま、

 黎明牙を刀置きに戻す。もちろん、戻るときには持っていくが、なんとなく元あった場所に戻してみたかったのだ。の中にいるからいつだって語りかけることはできるが、骨というのは確かにこの場所にが存在したという証のように思えた。だから、変な話ではあるが、骨に語りかけてみたくなったのだ。

「犬夜叉がお父さんを超えてましたね。すごかったなあ。犬夜叉は自分の力を乗り越えて、更に強くなってる。わたしももっと強くなりたい……そう思いました。強くなりたいっていうか、自分の力を自在に操れるようになって、みんなを守りたい。そんな感じ。こないだは自分の力が怖いなんて言ってましたけど、おかしな話ですよね」

 ぽろぽろと独白がこぼれていく。揺れ動き、変わっていく自分の気持ち。でもこれが紛れもない自分の本心だ。
 すると、の視界に影が差す。扉を開け放っていたため誰でも入ってくることは可能だが、こんなところに誰か来るとも思えない。どきっと心臓が飛び跳ねて、慌てて振り返れば、白い髪を伸ばした巫女のような女性が立っていた。反射的に黎明牙を掴み取ると立ち上がり、その女性と対峙する。不思議な気配のものだった。巫女のようでありながら、妖しい気配も立ち込めている。女性は驚いたように目を見開いていている。が敵か、味方か、判断する前に女が口を開いた。

……なのか」

 を知っているもの、妖怪なのだろうか。しかし敵意を見せる素振りはない。

「貴方は何者ですか」

 相手の真意がわからず、敵か味方かもわからない状態である以上、質問には答えず目を鋭くして聞けば、突如鋭い痛みが足に走る。攻撃された!? と思う間に、意識が遠のいていった。手から力が抜けて、黎明牙が落ちる。

「まさかまた会えるとは……今度こそ私のものにしてやろう」

 そんな言葉が聞こえてきたが、記憶には留まらずに深い眠りへと誘われていった。



黒巫女、椿



 かごめが現代から戻ってきて早々に、蛇のようなものに噛まれた痛みがあったという。楓の家で囲炉裏を囲いながらそんな話をし、犬夜叉は気のせいだと茶化すが、その中にの姿はない。

はどこに行っているのでしょうか……」

 弥勒がいつにも増して真剣な面持ちで言う。と、そのときだった、突如かごめの持っている小瓶の中に入った四魂のかけらが小瓶を割って飛び出てきて、かごめの中に取り込まれた。そのかけらは黒く穢れている。かごめはそのまま倒れ込んだ。何が起こったのか、楓にひとつ思い当たることがあった。

「誰かがかごめを呪ってるだと!?」

 楓の見解を示すと、犬夜叉が驚愕をあらわにする。

「ああ、おそらくこれは黒巫女の仕業。かごめを噛んだのは黒巫女の使い魔、式神だろう」

 黒巫女というのは呪詛を専門に請け負う邪な巫女。四魂のかけらが穢れたのもそのものの力ではないか、と。

「黒巫女を倒して呪いを解くしか方法はない、いくぞ珊瑚」
「だったらおれも行く!」
「おまえは残ってかごめ様の手でも握っていてやれ。それに、が戻ってきたときに困惑するだろ」

 弥勒のなかでなんとなく胸騒ぎがするのだ。かごめが呪われたのと同時期にもいなくなってしまった。2つの事柄が関係しているという可能性は否定できない。

もそいつになんかされたんじゃねえのか……!」
「可能性は、ある」

 弥勒は苦虫を噛み潰したような顔で言う。考えすぎならそれでいい、どこかで昼寝していてそのまま寝過ごしているとか、そういうことであってほしい。けれど少しでも可能性があるならば、早く黒巫女を探して倒さなければならない。弥勒はいても立ってもいられず、駆け出していた。

+++


 薄暗く小さな小屋。中央では儀式の設えがあり、薄明かりで照らされている。祭壇には四魂のかけらが鎮座していて、そこに蛇の式神が血を与えていく。儀式を執り行う黒巫女は椿という。

「女の体に入った四魂のかけらはこの奈落の穢れに満ちた玉と共鳴し、女を蝕んでいく。心も体もな。そうなれば女の命運はこの私の思うがまま」

 静かに呟けば、そこに狒々のかぶりものを被ったものが音もなく入ってきた。

「椿よ、かごめという女を侮るなよ」

 狒々―――奈落―――の言葉に椿は視線だけ奈落にくれてやり、吐き捨てるように言う。

「ふん、笑わせるな。かごめとやらは呪詛を受けたことのにすら気づいていなかったのだぞ。桔梗の生まれ変わりと言うからどれほどのものと思ったがな。さあ、どうする。このまま呪い殺すもよし、それとも……」
「くっくっく……犬夜叉に再び悪い夢でも見せてやるかな」

 椿は呪詛を強めるも、反発されているのを感じ取る。

「ふん、生意気に抵抗しておるわ」
「言ったはずだ椿、かごめという女は桔梗の生まれ変わり。一筋縄ではいかん女だと」

 椿の脳裏には桔梗のことが思い返されていた。
 椿はかつて桔梗から四魂の玉を奪おうとしていた。あの頃の桔梗は犬夜叉に心を奪われて霊力が弱まっていた。その桔梗を護る妖怪、それがだった。は見目麗しい妖怪で、椿は一目見た瞬間から自分のものにしたかった。それが恋慕なのか、桔梗への嫉妬なのか、それは分からなかった。
 当時の椿はすべてを持っている桔梗が許せなくて、四魂の玉を、を手に入れたかった。だから桔梗を呪い殺そうとしたが、結果、桔梗は呪い返しをして、椿は自分の呪いを浴びた。今思い出してもはらわたが煮えくり返るくらいの怒りを覚える。

「ふん……あの女のとりすました顔、今思い出しても胸が悪くなる」

 ややあって、椿が答えた。
 次に奈落は椿の直ぐ側で横たわっている存在に目をやる。

のことも呪えばよいだろう。なぜ連れてきた」
「そこについては依頼されていない。好きにさせてもらう」

 椿は振り返らずに答える。
 手に入らなかったものが、今すぐ横にいる。ひとまず眠らせてここまで運んだが、あの祠で出会ったときは息が止まった。だが椿はこのもののことはに似ているが、少し違う気がしていた。例えるなら桔梗とかごめの違いのようなものだ。しかし奈落がたった今、と言ったので、やはりこのものはなのだろう。のことは呪うつもりはないが、自分のものにならないのならば、殺すしかない。

「犬夜叉とやら、女に殺されることを望んでいる。奈落、きさまもひどいやつだな。生まれ変わった桔梗に再び愛しい男を殺させるとは」

 背後から何かが昇華していくような音が聞こえてくる。椿は振り返れば、そこで広がっていた光景に息を呑む。

「桔梗……!」

 そこには桔梗がいた。昇華した音は奈落の傀儡が浄化されていく音だった。どういうことだ、と椿は考える。かごめは桔梗の生まれ変わりと言っていた、つまり、桔梗はもうこの世にいないということだ。
 対する桔梗も、椿の姿を認めるなり眉をひそめた。

「椿、かごめを呪っていたのか。無駄だ、お前の呪力では」

 桔梗は椿の傍らに横たわるを認めると、瞳を鋭く細める。

「あなどるな桔梗、私は貴様に破れたときの私ではない」
「言われなくとも、姿を見れば一目瞭然だ。椿、お前若さと引き換えに妖怪に魂を売ったな」
「若さと……美しさのためにな。きさまの持つ四魂の玉は奪えなかったが妖怪と結び、こうして永遠の若さと美しさと……妖力を手に入れたというわけだ」
「ふっ、愚かな」
「人のことを言えた義理か!? なぜあのときの姿のままでいる!」

 そこで椿のなかで一つ思い当たることがあった。椿は嘲笑を浮かべる。

「桔梗……きさま、死人か? その体、人間のものでも妖怪のものですらない、まがい物だな。死人の分際でこのわたしに説教でもしに来たか?」
「私はただ邪気のもとを確かめに来ただけ。おまえの身がどうなろうと知ったことではない。だが、」

 桔梗は椿の傍らで眠りについているに目をやる。

「そのものをどうするつもりだ。その返答次第では話は変わってくる」

 桔梗は言い切ると、ちらと祭壇に置かれた四魂のかけらを見る。先程まで穢れていた四魂のかけらは浄化され始めていた。

「……近づいている」

 桔梗の言葉に、椿が眉尻を上げる。

「これはあの女が……かごめがやっているのか!?」
「言ったろう、お前ごときの呪力ではかごめは呪えぬと」
「ふざけるな! きさまが余計なところで出てきたせいだ!」

 椿が桔梗に食いかかるが、その瞬間結界が破られる感覚がした。慌てて薄く開いた扉の隙間から覗けば犬夜叉と、犬夜叉に乗ったかごめの姿が見えた。かごめは弓を構えている。

「くっ、かごめ、弓を外したか」

 椿の苦々しい言葉に桔梗のなかで点と点がつながる。気がつけば桔梗は椿に向けて弓を放っていた。矢は着物と、顔の周りに刺さり身動きを封じる。

「犬夜叉をかごめの放った矢で殺そうとしたのか」

 椿はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「フッ、どうした桔梗、嫌なことでも思い出したか。そうさ、かごめに矢を打たせた。きさまが犬夜叉を殺したときと同じようにな」

 桔梗は椿のもとへと歩み寄り、髪を無造作に掴み取ると、ぐいと引っ張る。

「椿、貴様がかごめになにをしようが邪魔をする気はない。だが、犬夜叉とに手を出したら、そのときは私がお前を殺す」

 桔梗の言葉には底知れぬ殺気が宿っていた。桔梗は本気で言っていて、今すぐにだって椿を殺すことができる。
 桔梗は髪を掴むのをやめると、踵を返してのもとへと向かい、座り込んだ。椿は着物に刺さった矢を抜き、一度桔梗を振り返るも、扉の外へと歩みを進める。これ以上桔梗と関わる時間はないし、何か桔梗の琴線に触れるようなことがあれば、間違いなく殺されるだろう。残念ながらはお預けなようだ。
 桔梗の眼下でが瞳を閉ざしている。桔梗はふっと表情を緩めての頬に手を添えると、ゆっくりと滑らせる。するとの瞼がぴくりと動き、薄らと瞳が開いた。

「……き、きょう?」
「大丈夫だ。私がおまえを守るからな」
「ん……」

 は再び安心したように瞼を閉ざした。