会えるかな、と言う気持ちはあったので、今日の夢でこの場所に来ることが出来て嬉しかったし、やっぱりな、と言う気持ちもあった。辺りは暗く、今立っている赤い橋と、橋を照らす提灯の灯り以外は何も見当たらない。ここに来たということは、と会える。



 背後から声がかかり振り返れば、やはりがそこにはいた。ここのところ沢山のことがあった。色々聞きたいことがあるが、ありすぎてどこから聞けばいいのやら。ひとまずは最近、犬夜叉にも話したあのことだろうか。

、あの、わたしが妖怪になった時、が動いてくれる時がありますか」

 挨拶もそこそこに、わたしは聞く。剣捌き、身体のこなし、それらはすべてわたしのものではない。がわたしの意識より優位に立って、わたしの代わりに動いているのか、わたしには分からない。
 わたしの言葉に、は首を横に振る。

『私がの代わりに動くことはできません。恐らく、命の危機が迫り、危ない、生きたいと強くが思った時、その気持ちに呼応して、無意識のうちに生きたいと願う本能が、妖怪だったころの魂の記憶、つまり私だった頃の記憶を呼び起こしたのだと思います』

 つまり、がわたしを操作しているわけではないということか。少しホッとする。

『大丈夫です。が思うよりも私はとても小さな存在です。の中にいることができるだけで、何もできないのですから。貴女を守ることもできない。貴方の魂の一部です』

 わたしの不安なんてにはお見通しなのだろう。安心させるように微笑み、けれどどこか憂いを帯びている。はわたしの一部。の魂が繋がって、今のわたしがいる。

『今を変えられるのは、生者にしかできません。犬夜叉のことを気にかけてくれてありがとうございます』
「そういえば、鉄砕牙が一度折れてしまって、今はそれを思うように動かすことが出来ないんです。どうすれば操れるようになると思いますか?」

 聞きたかったことの一つだ。犬夜叉の牙を使って作り直した鉄砕牙は重く、今の犬夜叉に操ることはできない。結果、ピンチを招き、妖怪化するという悪循環が生まれている。

『……竜骨精』

 は少し考えた後に、ぽつりと呟いた。

『昔、犬夜叉の父君が戦い、引き分けになった妖怪がいます。それが竜骨精です。親方様は深手を負いましたが、竜骨精を封印することに成功しました。その竜骨精の心の臓を貫けば、あるいは……』

 大妖怪である犬夜叉の父が引き分けになった妖怪―――

「でも、犬夜叉のお父さんってすごく強かったんですよね。そんな妖怪に戦いを挑んでも、結果は火を見るより明らか
です」
『竜骨精は親方様が封印をしたので、負けるということはないはずです。竜骨精の場所はきっと、刀々斎様や冥加様辺りが御存じかと思います。ごめんなさい、もう時間みたいです』




父を超える



 翌朝、犬夜叉の姿がなくなっていた。竜骨精のことを話したかったのだが、きっと犬夜叉は犬夜叉で鉄砕牙を意のまま操るために自分なりに方法を探しているのだろう。一人で誰にも言わずに行ってしまうのが何とも犬夜叉らしい。

「かごめ様、心当たりはありませんか」

 弥勒の問いにかごめは頭を横に振る。はおずおずと挙手する、

「あの、もしかしたらなんだけど……刀々斎のところ行ってるんじゃないかな。ほら、鉄砕牙のこと教えてくれたのも刀々斎でしょ」
「確かに、一理あるね」

 珊瑚が同意してくれた。それに、としても竜骨精について聞きたい。誰も心当たりがない以上、犬夜叉を探しつつ刀々斎を探すことになった。
 雲母に乗って空から探すものと、地上で探すものとに分かれて動き、暫くすると刀々斎を見つけた。すると、やはり犬夜叉は竜骨精にもとへといったらしい。から竜骨精のことを聞いていたので、胸がざわざわとした。
 犬夜叉を追うため、猛々の上に刀々斎、かごめ、が載り、雲母の上に珊瑚と弥勒、七宝が載り、刀々斎の案内で竜骨精のもとへと急ぐ。すすむにつれて、段々と妖気が濃くなってきた。

「まずいなあこりゃ。封印が解かれてるとしか思えん」

 いつも飄々としている刀々斎が珍しく焦った様子だ。

「竜骨精って、犬夜叉のお父さんが倒せなかったって……」

 の言葉に、前を向いていた刀々斎が振り返って、その大きな瞳でじっと見つめられ、「よく知ってんなぁ」と言い、前に向き戻った。

「だから蘇ったとなると、鉄砕牙の奥義である爆流破を喰らわすしか……」
「風の傷より強いということですか?」

 弥勒が問う。

「風の傷なんざ初心者用の技よ」

 刀々斎が言うと、急激に首が痒くなってきた。ぱちんと叩くと、「きゅう!」と言う声が聞こえてくる。掌には潰れた冥加がいた。

「冥加じいちゃん! !てことはつまり、犬夜叉はこの先で、逃げてきたってこと?」
「人聞きが悪いぞ! !」

 やがて妖気の源ともいえる場所で、竜骨精と思われる巨大な妖怪が蠢いていた。やはり封印は解かれていたのだ。戦況はどうなっているのか、ドキドキと嫌に早鐘を打つ心臓を鎮めるように、手を当てた。
 空を滑空して様子を見ると、犬夜叉が倒れこんでいる様子が見えた。鉄砕牙は無残にも放りだされていて、いつ竜骨精に止めを刺されるか、危険な状態だった。

「犬夜叉ー!!!」

 とかごめがほぼ同時に叫ぶ。すると、竜骨精とはまた違った妖気が一気にその場に広がった。これは犬夜叉のものだ。むくりと起き上がった犬夜叉の顔は、妖怪のそれであった。妖怪のその牙や爪で戦えば、命は助かるかもしれない。しかし、それでは鉄砕牙を扱えるようにはならない。鉄砕牙を使い、鉄砕牙で竜骨精の胸を貫かなければ意味がない。
 やがて犬夜叉はその爪で竜骨精を薙ぎ払う。やはり強大な力だが、完全に我を失っている。
 ―――わたしは、

「いったん引き返すぞ。犬夜叉は変化を繰り返すごとに分別がなくなっている。そうなったらお前らとて例外ではない」

 ―――わたしは、犬夜叉を置いて戻るなんてできない。だって、自我がなくなっちゃっても、わたしが守るんだって。わたしが犬夜叉の頭を叩いて、正気に戻すんだって約束したんだから。
 気が付けばは口から大きく息を吸い込んでいた。

「犬夜叉ーーーー!!!! しっかりしろーーーー!!!」

 の声に、犬夜叉の耳がぴくりと動く。やがて犬夜叉は本能が求めるかのように、鉄砕牙のもとへとふらふらと歩き出し、鉄砕牙を手に取った。よかった、まだ犬夜叉に声が届けられる。
 鉄砕牙を手に取った犬夜叉から妖気が消えていくのを感じる。その顔はいつもの犬夜叉だった。とかごめは顔を見合わせて喜ぶ。

「竜骨精……てめえは鉄砕牙でぶっ倒す!」
「笑わせる……そのか弱い姿で、ナマクラ刀で、か」
「やかましい! 鉄砕牙で倒さなきゃ意味がねえんだ!」

 鉄砕牙を構える姿は、まるで重さを感じさせない。竜骨精の攻撃を軽やかにかわして、やがて鉄砕牙を竜骨精に突き刺した。だが竜骨精は心臓を刺されたくらいでは死ななかった。さすが、大妖怪である犬夜叉の父が倒すことができなかっただけある。犬夜叉は地表の降り立ち、再度鉄砕牙を構える。

「風の傷!!」

 その振る舞いは心なしか以前よりも軽やかで、まさに鉄砕牙を使いこなしていると言っても過言ではなかった。風の傷は確実に竜骨精に打ち込まれたが、しかし―――

「くくく……これで終わりか犬夜叉」

 竜骨精はピンピンしていた。これには犬夜叉も、面食らっている。

「言ったはずだ、わしの体は鋼より硬いと。今度はわしの番だ」

 竜骨精の身体から怪しく、そして強い妖気が立ち込める。本能的に、ものすごい攻撃が来ると悟る。

「いかん、ここは逃げろ犬夜叉! 鉄砕牙を使えるようになったんだ、それでよしとしとけ!」

 刀々斎の言葉に、案の定犬夜叉は耳を傾けない。

「何呑気なこと言ってやがる! 竜骨精はやる気満々だぜ、それに―――」

 竜骨精が攻撃を放つ。その衝撃波がたちのもとにもやってきた。犬夜叉は鉄砕牙を振りかざす。

「ここでぶっ倒せば、おれは親父を超えられるんだ!」

 竜骨精の攻撃に、攻撃で対抗する。しかし、明らかに竜骨精の力のほうが強大で、今にも犬夜叉は飲み込まれてしまいそうだ。逃げて! と言いたいが、そんな言葉すら放てないほどの刹那の後、再び大きな衝撃がやってきて、そして見る見るうちに鉄砕牙の気の渦が、竜骨精の妖気を巻き込み、押し戻していく。それは風の傷ともまた違った渦の動きであった。その渦はやがて竜骨精を呑み込み、そして竜骨精は粉々に砕けた。もう竜骨精の気は感じられない。犬夜叉は完全に勝ったのだ。
 一行は犬夜叉の元へと降りたつ。

「犬夜叉! すごい、なんであんなことできたの!?」

 かごめが興奮気味に聞く。

「お父さんを、超えたんだね……!」

 も興奮気味に犬夜叉に言う。犬夜叉は刀々斎の姿を認めると、合点がいったように「あぁ」とつぶやく。

「刀々斎、たまには気の利いたことするじゃねえか!」

 犬夜叉の言葉に刀々斎は派手にすっ転んだ。

「おまえ、なんにもわからんでやっちまったのか」

 体勢を戻しながら、刀々斎は言う。

「今のは鉄砕牙の奥義、爆流破だよ。相手の妖気を風の傷に巻き込み妖気を逆流させる必殺技。絡み合った風の傷と妖気は渦となって押し戻され、敵は自分が発した妖気と鉄砕牙の威力をまとめて食らうことになる。妖気のどこを斬るか読めなきゃならねえし、なにより敵の妖気を圧倒する強い気がなけりゃできることじゃねえ」
「おれはただきな臭いところを斬ってみただけだがなあ」
「つまり犬夜叉って天才肌ってこと!? さすがだねえ」

 の歓声に、犬夜叉は鼻の下をこすりながら「へへ」と満更でもない表情だ。実際刀々斎も、犬夜叉の底知れぬ力を垣間見たと感じていた。

「犬夜叉、とにかくこれで鉄砕牙を自在に操れるようになったんだな」

 弥勒の言葉に、犬夜叉は得意げに鉄砕牙を抜刀した。

「それだけじゃねえぜ、見て驚け」

 犬夜叉は鉄砕牙を振りかざし、そしておろした。すると、風の傷が放たれた。

「どうだ、いつでも風の傷が出せるぜ」

 振り返った犬夜叉はドヤ顔だ。

「そんな危ない刀をむやみに振り回すやつがあるか」

 弥勒がすかさず錫杖で犬夜叉の頭をぶった。全くもってそのとおりなので、もかごめも何も言わなかった。