その後も四魂のかけらを求めたあてのない旅は続く。一行は村を襲う野盗に遭遇した。野盗の頭領の正体は妖怪で、退治をしようとするも、中々強い妖怪で、鉄砕牙が手元から離れて犬夜叉は追いつめられた。そして再び、犬夜叉は自制できぬ妖怪と化した。 妖怪化した犬夜叉に誰の声も届かなかった。命乞いをする野盗を自身の爪で裂く。早く鉄砕牙を渡して鎮めなければ、とかごめが鉄砕牙を胸に抱いたその時だった。強い妖気が空から感じられ、犬夜叉は本能的に飛びのく。各々武器を構えると、妖気の正体は犬夜叉の兄、殺生丸だった。 「ふん。ただ闘うだけの化け物、か」 薄い笑みを浮かべて犬夜叉に向かって言い放つ。 「かかってこい犬夜叉。変化した貴様の実力がどれほどのものか試してやる」 殺生丸は闘鬼神の切っ先を犬夜叉に向ける。犬夜叉は構わず爪で挑みその剣圧に傷を受けつつも、闘鬼神を殴り払った。何度も同じように立ち向かい、犬夜叉はボロボロになっていく。 「地を這え」 殺生丸は闘鬼神を犬夜叉に触れる寸のところまで斬りつければ、犬夜叉はまともに剣圧を受けて吹き飛ばされ、ついに気絶した。 「やめて殺生丸!」 は犬夜叉を護るように、殺生丸の前に立った。 「。そいつに鉄砕牙を持たせて変化を解かせるのだ」 殺生丸の言葉に、かごめは駆け寄り、抱えていた鉄砕牙を犬夜叉に握らせた。殺生丸は犬夜叉を殺しに来たわけではないらしい。先ほどだって、あのまま闘鬼神で斬りこめば犬夜叉のことを両断できた。けれどしなかった。 「殺しに来たわけではないの……?」 たまらずが聞けば、殺生丸はふん、と鼻を鳴らす。 「いずれこいつのことは殺す。だが、自分が何者かも分からないものなど殺す価値もない」 犬夜叉が不完全な妖怪で、しかし自身に流れる血は強大な妖怪の血。半分が人間の犬夜叉には器として身に余っているのだ。 だからは犬夜叉のことを近い場所で見守っていたのだ。護れるように、止められるように。気に入らない。けれど、が決めたことならば仕方がない。 そうして殺生丸は去っていった。まるで犬夜叉の暴走を止めに来たかのような殺生丸の行動に、たちは戸惑うのだった。 刃と鞘 やがて犬夜叉は意識を取り戻した。 犬夜叉は自分が妖怪化した時の記憶がすっぽりと抜けていた。けれど自身の爪に残っていた悪党たちの血の匂いで、自分のしたことを理解した。川の水でいくら流しても、自身の手から人の血の匂いがして、犬夜叉はむかむかとした。 誰もがなんとなく、犬夜叉の気持ちを察して、距離をとる。それがまた犬夜叉を苛立たせた。 その日の夜、野宿の輪から少し離れた場所で佇む犬夜叉のもとへ、意を決してやってきた。何と声をかければいいのか、整理はついていない。けれど、傍にいたいと思ったのだ。こういう時に気を遣われているのだと分かるのが一番いやだったりするのを経験で分かっている。 「いーぬやしゃ」 「……」 やっぱり元気がない。こういう時こそいつも通りに振る舞いたいが、いざそうしようとすると、なかなか難しい。仕方がない、出たとこ勝負だ、と意気込む。犬夜叉の隣に座り込むと、あのね、と口火を切る。 「前にさ、わたしが自分の力が暴走したら怖いんだって話をしたらさ、『誰かを傷つけそうになったとき、俺が止める。誰も傷つけさせない』って言ってくれたの覚えてる?」 少し前に犬夜叉がもらってくれた、の悩みだ。自分の力が怖くて、いつか妖怪になった自分が、それこそ妖怪化した犬夜叉のように我を失い、そして仲間たちを殺してしまうのではないか、そう悩んでいた。それを犬夜叉は、止めてくれると言ってくれた。すごく、嬉しかった。そして今もその言葉に救われている。 「……ああ」 「同じ言葉をわたしは犬夜叉にあげたいの。犬夜叉が本物の妖怪になってしまって、自我がなくなっちゃっても、わたしが守るよ。わたしが犬夜叉の頭を叩いて、正気に戻す! こんな風にね」 犬夜叉の頭にぽんと手を置くと、わしゃわしゃと少々乱暴に撫でる。犬夜叉は表情を崩すと、「お前な」と息をついた。 「わたしね、多分どんどんと妖怪に近づいていると思うの。前よりも妖怪になるのが早いし、自分の意志で妖怪になったり、人間に戻ったりが簡単にできるようになっているのね。変化すればするほど、に近づくって、聞いてはいたんだけど、妖怪になっていくのを止められないのは怖いよ。自分が自分じゃなくなるみたいで」 この話をしたことはなかった。始めてこの不安を言葉にして、改めて怖いと思う。犬夜叉は傾聴を続ける。 「犬夜叉も何となくわかってるかもしれないけど、妖怪のときにたまに誰かがわたしを操作しているようなときがあるの。だってわたしは現代で戦ったことなんてないのに、どう敵に斬りこめばいいのか、身体が勝手に動くんだよ。誰かがわたしの中にいて、時々わたしの意識より優位に立って動きだす。それがかもしれないし、が遺したなにかかもしれない……」 の場合は良いように働いているからまだいいが、それでも勝手に身体が動くと、自分が違うものになってしまうようで怖かった。 自分が自分でなくなるような、自分の意識を何かに支配されるような、そんな感覚は決まって妖怪の時に起こる。そして自分は妖怪に近づいている。妖怪にならないことも出来るが、危機を感じるとどうしても止められない。もう妖怪化のスパイラルは止められないのだ。それはきっと、犬夜叉も。 「強い力を持っていると、頼りたくなってしまう。本当に難しい問題だよね。でも犬夜叉がなりたかった姿ではないのだとしたら、一緒に頑張ってみない? 強くなって、かつ自分の意思を保つ方法……探してみようよ。大丈夫、犬夜叉なら絶対、できるよ」 犬夜叉の両手をとって、包み込む。大きくてごつごつした、男らしい手だ。それを包むの手は小さく、か弱い。そんな手でも誰かの手を包むことだってできる。 の手の中から犬夜叉の手が出てきて、その手はの背中へとまわされて上体が抱き寄せられる。突然のことにが目を白黒させて戸惑う。犬夜叉は何も言わずにを抱きしめ続ける。 「犬夜叉?」 小声で名前を呼ぶ。顔が見えないのでどんな感情でこんなことをしているのか伺い知れない。 「今だけ」 犬夜叉とは思えないほどの小さく、か細い声でつぶやいた。それがの胸に刺さり、心臓がぎゅっと締め付けられた。普段見せない弱っている姿に、これがギャップ萌えと言うやつなのか……? と一人心中で考える。 犬夜叉は幼いころ、に何度も救われた。妖怪に襲われたところを助けられたこともあるし、と言う存在が傍にいるだけで心の支えになった。時を超えて再び現れたの生まれ変わりが、犬夜叉の心を癒し、救おうとしてくれている。どうしようもなく嬉しくて、感情が昂ってしまい、抱きしめてしまった。この気持ちの名前が何かは分からないが、そんなことはどうでもよかった。ただ目の前にがいてくれるのがこの上なく幸せだった。 (強くなってやる。そして今度は俺がを守る。出会った時から決めたことじゃねえか。心配かけて情けないったらありゃしねえ。こんな情けねえことは、二度と御免だ) 腕の中にすっぽりと入っているは華奢で、少し力を入れれば壊れてしまう人間の女の子だ。“護るべき存在が己を強くさせる。”と昔、が言っていた。その言葉の意味が、本当の意味でやっと分かった気がした。 |