かごめが戻ってきて、旅が再び始まった。ハチが変化し、一同を載せてくれる。6人全員が載っても優雅に過ごせるくらい大きいその姿は、まるで大きなかりんとうのようだった。 城跡辿り着くと、ハチの言う通り、城郭の一部だけを残し、大きな魔物の爪痕のようなえぐれたあとが残されていた。微かに奈落の瘴気が残っているも、本当に奈落の城があったかどうかは分からなかった。何度も奈落の偽の城におびき寄せられているため、これが罠である可能性も否定できなかった。 珊瑚が座り込んで何かを拾い上げると、ここは確かに奈落の城だった、と確信を込めて言った。 「これは、父上の鎧だ」 あの日、退治屋たちは奈落の城におびき寄せられて、そして殺された。遺体は城の庭に隅に埋められていたらしかった。鎧を拾い上げた場所の近くには、武器も一緒に埋葬されていた。 「このような忌々しい場所に置いておくわけにはいきません。しかるべき場所でご供養しましょう。いいですね、珊瑚」 「……うん」 弥勒は袈裟を脱ぐと、せっせと亡き退治屋たちの武器や鎧、骨を拾い上げ、丁寧に包み込んだ。も一緒に拾い上げながら、心内でここで起きた惨劇へ思いを馳せる。 退治屋たちは、奈落に操られた珊瑚の弟、琥珀が殺した。ということは、奈落の城と共に琥珀も一緒に消えたのだろうか。桔梗が奈落に襲われたのもつい最近のことだ。それと何か関係があるのか。今、何が起きているのか。 琥珀の心 退治屋たちの遺品や遺骨を埋めて、弥勒がお経をあげる。皆で合掌し、その冥福を祈った。 その日の夜、かごめが四魂のかけらの気配を感じて、それを追っていく。すると、琥珀が妖怪に襲われている場面に出くわした。四魂のかけらの正体は琥珀の身体にあるかけらだった。琥珀は腕を怪我をしているようで、腕を庇いながら座り込んでいた。 珊瑚が飛来骨で妖怪を倒すと、琥珀。と名を呼ぶ。 「俺を知っているのか……?」 琥珀はじいっと珊瑚を見つめて言った。記憶を失っているのか、それとも奈落に操られているのか、判断が出来ずにいた。ひとまず近くのお堂に身を寄せて、琥珀の手当てをすることにした。 琥珀にある記憶は、城が消えた夜、城から逃げてきたことだけだった。記憶を失っていた琥珀は優しい老夫婦に面倒を見てもらっていたのだが、月明かりに羽根虫を見かけ、それをきっかけに城にいたことを思い出し、羽根虫――最猛勝を追いかけた。すると妖怪に出くわし、四魂のかけらを返せ、と襲われ、珊瑚たちと出会ったのだった。 先日見た琥珀は、意思のない操り人形のような瞳だったが、今目の前にいる琥珀は普通の男の子のようだった。奈落の操りから逃れられたのか? と思いたいが、真偽のほどは分からない。 珊瑚は、二人にしてくれ、と言うので、犬夜叉は不本意そうであったが、二人をお堂内に残して、ほかのものは外で待機することにした。 「あのガキ、一芝居うってるに違いねえ」 犬夜叉は疑いを解かなかった。 「でもわたしの目には、お芝居を打ってるようには見えなかったなあ」 犬夜叉の隣に座り込み、はうーんと首を傾げる。 罠かもしれないが、可愛かったころの弟が戻ってきたのだ。嬉しい反面、もしも罠だった時、珊瑚は深く傷つくことになる。そして奈落は、平気で人の気持ちを弄ぶようなことをする。だからこそ犬夜叉は猜疑的になるのだ。 すると、彼方より妖怪の大群がやってきた。引き連れているのは、神楽だ。神楽は優雅に地表に舞い降りる。 「琥珀をかくまってるんだろ、だしな。あのガキ、四魂のかけらを身体に仕込んだままどさくさに紛れて逃げやがった」 「それでまた連れ戻しに来たのか?」 犬夜叉の問いに、神楽は鼻を鳴らす。 「奈落が欲しいのはかけらだらけだ。琥珀の死体は姉の珊瑚に下げ渡せってさ」 妖怪は雑魚の集まりだろうが、何しろ数が多い。騒ぎを察知した珊瑚がお堂から出てきて、戦闘に加わる。犬夜叉、弥勒、珊瑚が神楽を迎え撃ち、とかごめはお堂の中に入って琥珀と共に待機することにした。 (いざとなればわたしがかごめを守る……) 念のため、黎明牙はいつでも抜刀できるような心構えでいる。今の琥珀はどう見たって奈落の操りを受けていない。しかし他ならぬ奈落の傍にいたのだ。いつどんな変化があっても可笑しくない。神経を研ぎ澄ませ、は妖怪に変化する。どんどんと妖怪化がスムーズになっている自分に、こんな状況ではあるがそんな自分に驚く。 程なくして、堂の屋根に妖怪が圧し掛かってきて屋根が壊され、崩落する。すかさず黎明牙を抜刀し結界を発動させれば、淡い光が三人を包み込んで崩落に巻き込まれることは防げた。が、すぐに妖怪が襲い掛かってくる。は黎明牙を振るい妖怪を倒すも、次の妖怪がまた襲い掛かってキリがない。 「逃げよう!」 神楽の狙いは琥珀だったはず。は黎明牙を鞘にしまうと琥珀の手を取り、そしてかごめの名を呼ぶと三人で走り出す。とにかく安全な場所に二人を連れて、護らなければ。 全力で走ると、大きな樹の根が複雑に絡んで形成された、人が入れそうな空洞があった。三人はその中に入り込み、じっと息をひそめる。物音は聞こえてこず、妖怪から逃げることが出来たらしかった。は緊張から解き放たれて、人間に戻る。 「みんな、怪我はない?」 の問いに、琥珀とかごめは頷く。 「お姉さん、妖怪なんですか」 琥珀が驚いたように言う。は「半妖みたいなものかな?」とあいまいに笑った。 しかし困ったことがある。こう狭い空間だと、琥珀が暴れだしたときに圧倒的に不利だ。琥珀の武器は鎖鎌で、狭い空間でも切り裂くことは容易い。しかしかごめは弓、は刀と、ある程度空間がないと振るうことが出来ない。せめて結界ぐらいは張れるように黎明牙は念のため抜刀しておくか? それとも妖怪化して爪で薙ぎ払うか? ぴんと張りつめた神経で色々なことを考えていると、琥珀が外の様子を伺いながらぽつり、 「あの人、大丈夫かなあ」 と呟く。きっと、珊瑚のことだろう。かごめが悲しそうに眉を下げた。 「まだ思い出せない? 珊瑚ちゃんは琥珀くんのお姉さんなのよ」 「うん、思い出せない。でも、なんだかすごい懐かしい感じがするんだ」 「珊瑚ちゃんはね、ずっと琥珀くんのことを心配していたのよ。いつも気丈に振る舞ってるけど、時々すごく寂しそうな顔をするの。だから琥珀くんが戻ってきてくれて、本当によかった」 やはり琥珀はもう、奈落の呪縛から逃れたのだろうか。今の琥珀は疑いようもないくらい、ただの男の子だ。勘ぐりすぎなのかもしれない。は黎明牙を握っていた手を離す。緊張で手汗をかいていたのがわかった。 暫くじっと身を潜めていたが、何の物音もしない。妖怪が来る音もしなければ犬夜叉たちがやってくる音もしなかった。外を眺めていたかごめが振り返り、一度外に出ようか? と提案しようとしたその時だった。何の前触れもなく琥珀は手に持っていた鎖鎌を振り上げた。一拍遅れてが気付いて、状況を判断をする前に身体が動く。琥珀とかごめの間に割って入って、かごめに向かって振り下ろされていた鎖鎌を、自身の背中に受けた。鋭い痛みが背中に襲い、は歯を食いしばる。 「っかごめ! 逃げて!!」 「!?」 は突き飛ばすようにかごめを外へと出し、自身も後を追う。かごめとの間には立ち、琥珀と対峙すれば、先ほどまでとは様子が変わった琥珀が依然として鎖鎌を構えていた。は額に脂汗をにじませながら黎明牙を抜刀し、妖怪へと変化する。燃えるようにずきずきと痛む背中は、多少は和らぐも、やはり痛いものは痛い。 かごめは尻もちをついて動けずにいた。傍にはかごめの持っている四魂のかけらが転がり落ちているのだが、緊迫した状況のため気づけずにいた。 とかごめは、琥珀はまだ奈落の呪縛から解かれていない、という結論に至った。向こうに攻撃の意思がある限り、こちらも刃を構えなくてはならない。しかし、できることならば傷つけたくない。どうすればいいのだろうか、とは考える。 「琥珀! わたしはあなたを傷つけたくない!」 しかし琥珀は構えを解かない。 「これ以上、人を傷つけてはいけない。珊瑚が、悲しむ」 琥珀は悲しそうな顔をする。じりじりと対峙し続けると、上空から雲母にのった珊瑚と弥勒がやってきた。琥珀は弾かれたようにその様子を見ると、間髪入れずかごめのもとへと走り出す。も上空へ意識がいっていたため、反応が間に合わなかった。やられる、と思ったが、琥珀はかごめの傍のかけらを拾い上げ、走り去っていったのだった。 は緊張の糸が解けるのと同時に人間に戻った。妖怪の時よりも痛みは増したが、それでも幾分ましになった。雲母が地表の降り立ち、珊瑚はの背中の傷を見ると、ごめん。と今にも泣きそうな顔で謝るのだ。 「大丈夫、妖怪だから傷の治りも早いから」 が笑顔を作って言うも、珊瑚の表情は晴れない。 「、大丈夫ですか……?」 「うん。って、弥勒こそ大丈夫なの? まさか、最猛勝を吸ったの?」 ふらふらと覚束ない足取りで必死にのもとへ行こうとする弥勒の様子は明らかに体調が悪そうだ。は慌てて駆け寄り弥勒を支えると、一緒に地面に座りこむ。 「私は平気です。、背中から出血が凄い……すぐ手当を」 「大丈夫だから! 妖怪は頑丈なの、いいから弥勒は大人しくしてて」 「、本当にごめん……」 珊瑚が悲痛な顔でもう一度謝ると、涙を浮かべながら琥珀が走り去ったほうへ向かって駆けてゆく。珊瑚の様子に、どうにも嫌な予感が拭いきれない。が、弥勒のことも放っておけない。 が迷っていると、少し遅れて犬夜叉が到着した。の怪我を見ると犬夜叉は血相を変えてのもとへと駆け寄った。 「、怪我してるじゃねえか! まさか琥珀に――」 「平気! 琥珀はね、わたしたちのことを殺そうと思えばできたのに、それをしなかった。犬夜叉、珊瑚を追って欲しいの」 「珊瑚ちゃん……琥珀くんを殺すつもりかもしれない」 「お願い、わたしは弥勒のそばにいるから、行ってほしい」 犬夜叉は迷った末、の有無を言わさぬ強いまなざしに折れて、かごめと共に琥珀を追った。 |