その後、鋼牙と犬夜叉が例によって喧嘩を始め、その流れでかごめと犬夜叉が喧嘩をし、最終的にいつものように実家に帰る流れになった。弥勒の腕の怪我の治療も兼ねて、一行は村に戻ることにした。 それから数日間、犬夜叉もかごめを迎えに行かず、村に逗留する日々が続いた。犬夜叉の天邪鬼を鑑みて、誰も何も言わずにいよう、と言うことでそれぞれ村で休養を続ける。 は犬夜叉が少し前まで封印されていた樹の根に身体を預けて考え事をしていた。自分の力のこと、かごめのこと、弥勒の怪我のこと、今後のこと。考え事をぐるぐるしていると、うとうとと舟を漕いでいると、夢かうつつか分からない意識の中、何やら聞こえてくる。 「五十年前、私はこの場所でお前の胸を矢で射貫き、そして私も絶命した」 この声は、桔梗? 「なぜ奈落はお前と私を罠にかけて憎ませ合ったと思う?」 四魂の玉を穢すため……と答えたのは犬夜叉か。の意識の中に犬夜叉と桔梗が浮かび上がっている。桔梗曰く、ただ穢すのならば奈落が持つだけでよかったはず。奈落の中に残った鬼蜘蛛の心が二人を引き裂いたのだ、と。想い合う桔梗と犬夜叉の仲を違わせたいという、鬼蜘蛛のあさましい嫉妬が引き起こしたのだと。 「待て桔梗、それじゃ奈落はお前のことを」 「やつは認めたくないだろうがな、どうやら私への想いが遺っているらしい。その想いを打ち消そうとして、私を葬り去ろうとしたんだろう」 段々と意識が現実に戻ってくる。これは夢ではない、現実だ。この声は現実世界での会話? 「おまえひとりで奈落を滅ぼそうとしているんだろう! そんなのダメだ」 おまえひとりで奈落を――桔梗がひとりで、奈落を? そうだったのか。 目を開くと、目の前には太い樹の根が地面を這っている。辺りは夜の帳が下りていて、空気の冷たさに身震いする。こんな寒い中寝ていたなんて、風邪をひいても可笑しくない。 そして、桔梗、と口から無意識に零れて、立ち上がった。まただ、これは自分の意志なのか、の意志なのか、やっぱり判断がつかない。 「お前は俺の命はお前のものだといった。ならばお前の命は俺のものだ! 奈落なんぞにお前を渡してたまるか……桔梗、奈落の居場所を知っているんじゃないのか」 「知っていたら?」 「桔梗」 「!?」 ぐるりと樹の周りをめぐれば、ふわふわと死霊虫が漂う中、犬夜叉と桔梗が抱き合っていた。自分のタイミングの悪さを少しばかり恨む。に気づくと犬夜叉と桔梗は目を見開いて、反射的に犬夜叉はバツの悪そうな顔をして桔梗に背中にまわしていた手を離す。 「ごめんなさい、二人の邪魔をしたかったわけではないのだけど……わたしも、桔梗を奈落には渡したくない。わたしと犬夜叉に任せてほしいんです」 二人の近くに歩み寄るとも座り込み、桔梗の手を握ってじっと目を見た。犬夜叉はと桔梗のことを近くで見守り続ける。桔梗の手は冷たくて、それこそ陶器のようだった。 「、奈落を浄化しこの世から葬り去れるのは私だけだ」 「だけど襲ってこられたらどうする? 誰がお前を守る? 俺しかいねえじゃねえか」 「犬夜叉……本心からそういってくれているのか」 「俺には我慢ならねえ、奈落なんぞにこれ以上お前の姿を見られるのも声を聴かせるのも納得いかねえ。ましてやもう一度お前の命を渡すなんて……」 「犬夜叉の言う通りです」 「案ずるな。もう二度とあのような目には合わない」 犬夜叉や桔梗の言葉から察するに、桔梗は奈落からの襲撃を受けたのだろう。それはも虫唾が走った。桔梗を傷つけるなんて、許せない。 「それに奈落は私を殺しきれない。鬼蜘蛛の中の私を慕う気持ちがある限り」 やんわりと手を解かれて、桔梗は傍らに置いていた弓をもち、ゆるりと立ち上がった。その様子がなんとも不安定で、の胸がざわざわとする。 「私はもう行く」 「桔梗、わたしも一緒に行きます」 「なっ、―――」 先日、殺生丸のもとに心のまま勢いで行ってしまった時にも感じたが、どうやら自分は後先考えずに突っ走ってしまうときがあるらしい。勢いのまま走る自分と、それを冷静に見ている自分が同時にいて、冷静な自分が自分の中で、苦笑いしている。桔梗は曖昧に笑って首を振った。 「犬夜叉と共にいるといるんだ。もそれを望んでいるはずだ」 「……でも」 「、ダメだ」 勢いはすぐに収束した。桔梗を守るほどの力がないことをすぐに自覚したのだ。自分では足手まといになる。犬夜叉の言葉に、は力なく頷いた。 「……わかりました。でも、できればわたしたちに任せてください。もしも一人で行くのならば、絶対に無理はしないでくださいね。何かあったらすぐにわたしたちのところにきてください、約束です」 「ああ」 「ではわたしは先に行きます。犬夜叉、あとでね」 悔しいけれどこれが現実だ。はにこっと微笑んで、二人を残して立ち去った。犬夜叉がきっと桔梗と二人で話したいことがまだあるだろう。 去り際のの微笑みにが重なって、桔梗はひどく懐かしい気持ちになった。 桔梗と犬夜叉と 逗留している楓の屋敷に戻ってきた。こういう時、咎めてくるのは弥勒だ。絶対に起こさないようにしなければ、と思い物音を立てないように静かに入ったつもりだったが、眠っていた弥勒がすぐに目を開いて、目があった。どうやら失敗したらしい。 「、どこにいってたのですか」 珊瑚と七宝が寝ているので、ごく小声で弥勒が言う。もしかして眠っていたなかったのかもしれない。は何と言うか考えあぐねる。 「……考え事して寝ていたら、こんな時間に」 「こんな夜に女性一人でいては危険です。それは分かってますよね」 「はい……」 「犬夜叉とどこか二人でいたのかと思いましたが」 どきっと心臓が痛む。二人でいた訳ではないが、犬夜叉が桔梗と逢引していたのを見てしまった手前、なんだか気まずい。その気まずさが表情に出てしまい、弥勒が勘違いし、訝しげに眉を顰める。 「犬夜叉と一緒にいたのですか」 「あ……んーと……」 「、場を変えましょう」 弥勒に連れられて屋敷の前のなだらかな丘陵を少し下って立ち止まり、弥勒とは向かい合う。自身に疚しいことはないのだが、なんとなくドキドキと嫌に早鐘を打つ。犬夜叉と桔梗のことは言っていい事なのか、判断がつかない。 「どうなんですか、犬夜叉と二人でいたのですか」 明らかに怒気を含んでいる声に多少委縮するも、はふるふると首を横に振る。 「そう言う訳ではないよ。本当に、色々考え事してたら眠りこけてて」 「そうでしたか……疑ってすみませんでした」 弥勒が頭を下げた。 「二人がずっと帰ってこないので、心配でした。犬夜叉と一緒なのか、もしかしたら危険な目に合っているのだろうか。……もう少し待って帰ってこなければ、捜しに行こうと思ってました」 「ごめんなさい。二人って訳ではないんだけど、犬夜叉も途中から一緒にいたんだ」 犬夜叉と一緒だったという言葉に、弥勒は表情を強張らせた。 「どういうことですか?」 弥勒の追及には口を噤んでしまう。どういえば正しく伝わるのか、言いたいことを頭の中で組み立てるのだがそんな急に組み立てられるわけもなく、訝しげ弥勒の視線に耐えかねて、はぽつりぽつりと当たり障りのない言葉を紡ぐ。 「居眠りしてたら何か声が聞こえてきて起きて、その声の主が犬夜叉と桔梗でね、少しだけお話をして帰ってきたの」 「……そういえば死魂虫が空を漂うのを見ました。桔梗さまだったのですね」 「うん。だから、犬夜叉と途中からは一緒だったんだけど、それまではひとり」 が言い終えると、弥勒から強いくらいの抱擁をされる。は突然の出来事に身体を硬直させ、されるがまま抱きしめられた。 「を誰にも渡したくない」 低い声で言われて、の頭がじいんと痺れるような心地になる。 「犬夜叉と二人でどこかにいるのかと思うと心が可笑しくなりそうだった。犬夜叉に渡したくないんだ。俺はじゃないとダメなんだ」 何も言葉が浮かばないし、心臓が破裂しそうなくらい早鐘を打っていて何も考えることが出来ない。 「俺の傍にいてくれ、」 「わ、わかったから」 まるで甘えるように首元に顔を埋める弥勒。外気で冷やされた弥勒の鼻がの首を掠めて、くすぐったい。 「は、放してよ」 「放しません」 このまま雰囲気に呑まれてしまいそうだ。自分は弥勒とどうなりたいんだろう。 「接吻がしたいです」 「は!?」 「駄目ですか?」 身体を離した弥勒は両肩に手を置いて、にこりと妖艶に微笑む。空は白み始めてきて、朝の気配が漂い始めた。 「恋人でもないのに接吻なんて」 「私は恋人になりたいです。が好きなんです。だから接吻がしたい。はどうですか」 「わ、たしは……」 わたしは、弥勒のことを――――― |