自分の力について、段々とわかってきたことがある。
 まず、は変化を重ねるごとに自分に近づいていく、と言っていた。それは自身も感じていて、変化をすればするほど、妖怪になりやすくなっている。最初のころは危機を感じた際の防衛本能として妖怪になっていたが(それこそ、先日の犬夜叉と一緒だ)、段々と自分の意志で以って変化することも出来るようになっている。先日刀々斎に黎明牙を打ち直してもらって以降、今まで以上に黎明牙は身体に馴染んでいる。
 そして、妖怪の時の身体の動きに、自分以外の存在を感じる時がある。それはまぎれもなくだ。彼が自分に乗り移って太刀を振るうように思える時がたまにある。この後どう動けばいいのか、身体が分かっていて無意識に動いているのだ。それが自分であって自分でないような気がして、怖くはないが違和感を感じはする。そしてそれは妖怪の時だけでなく、桔梗が絡むと底の方からふつふつと湧き上がる何かがある。それも戦いの時と同じように、の存在を感じる時だった。
 ――黎明牙を使うということは、私に近づくということです。――そうは言っていた。あの時は言っている言葉の真意を推し量れずにいたが、今は何となくわかる。つまり、妖怪になってしまうのだろう。それが妖怪なのか、半妖なのかはわからないが、そんな気がする。変化がしやすくなっている、と言うのは妖怪になっていく過程なのだろう。
 妖怪になるのか、になるのか、それは分からないが、のまま妖怪となったとして、この時代で生きていくのか。何十年と、何百年と? 犬夜叉や七宝は妖怪の血が入っているから時の流れ方は一緒かもしれないが、かごめや珊瑚、そして弥勒は人間だ。皆の死を見届けて、そして生きていくのか。いろんなことを考え出したら怖くて、皆には申し訳ないけれど、この旅が永遠に続けばいいのにと思った。



獣郎丸と影郎丸



「どうしました、なんだか浮かない顔をしてますね」

 いつの間にか考え込んでいたようだった。隣を歩く弥勒の声に意識が急速に現実に戻ってきて、はっと弾かれたように顔をあげる。森の中の道は鬱蒼としていた。

「ごめん、考え事してた」
……まさか」

 心の中を見透かされた? 何か心当たりがありそうな弥勒の物言いに、はドキリと心臓が飛び跳ねた。自分が妖怪になって、弥勒の死にゆくことを想像して悲しんでいたなんて知ったら、弥勒はどう思うのだろか。

「大丈夫です。鋼牙が言っていることを真に受けていませんから。は私のことを好いているとわかっていますから」
「……んぁ?」

 あまりに自分の想像とかけ離れすぎていて、思いのほか間抜けな声が抜けていった。は私のことを好いている? なんだって?

「ななな何言ってるの? だれがいつそんなこと言ったの。好いてないわ!」
「おや。好いていないんですか。私は好いていますよ、

 にこにこと人の好い笑顔を浮かべる弥勒だが、中身を知っているには逆に意地の悪い笑顔に見えるものだ。あっそ、とぼそぼそ呟いて前に向き直る。

「じゃあ、わたしが妖怪になっても、好きでいてくれるの」
「好きですよ。どんな姿だろうと」
「わたしじゃないかもよ。この間の犬夜叉みたいに、身も心も妖怪になっているかもしれない」


 名前を呼ばれるが、なんとなくバツが悪いので返事をせず前を向き歩き続ける。

は妖怪になっても自分の意志のもと動いています。まあ、自分が自分であることの証明と言うのは難しいものです。お釈迦様の言葉で、諸法無我と言う言葉があります。簡単に言えば、“自分”と言う存在はないということです。あるのは因縁。だから、そんなことは気にしなくていいんですよ」
「……急に法師様っぽいこと言わないでよ。ちんぷんかんぷんだよ」
「自分か、自分じゃないかなんて考えるだけ無駄ってことです」

 弥勒は肩を竦める。

「この世に生を受けて、いろんな人と出会ったでしょう。そしてその中で私とも出会った。あなたの身体は祖先から受け継がれた大切な因縁で、あなたの魂は妖怪のとの因縁。それがあなたを構成するもの。ただそれがあるということ」
「なんか頭痛くなってきた……」
「はい、ではおしまい」

 まあ、いっか。弥勒の説法を頭の中で反芻して、やっぱり意味がよく分からなくて、は大人しく引き下がったのだった。
 それからしばらく歩き続けると、犬夜叉が奈落の匂いを感じ取って反射的に追いかけ始める。

「まって犬夜叉!」

 まだ鉄砕牙を使いこなせていない。は心配で呼び止めると、犬夜叉は咄嗟に振り返り、に背中に乗る様に促す。意を汲み取って慌てて乗ると、すぐに犬夜叉は駆け出した。
 先ほど鋼牙と奈落の件でやりとりしていたこともあり、いつもよりもせかせかしているようだった。やがて道の途中で鋼牙と鉢合い、犬夜叉の存在に気づいたにも関わらず視線だけをやり、そのまま駆け抜けていく。犬夜叉はつられるように鋼牙を追いかける。

「おい鋼牙なにやってるんだ」
「うるせえ! 俺は今忙しいんだ!」

 すぐ後ろから轟音が聞こえてきてが後ろを振り返ると、白い髪にくつわをかけた髪の長い男が木をもなぎ倒しながら鋼牙を追いかけてきた。

「犬夜叉、後ろ!」

 犬夜叉はの声に後ろを振り返る。男はこちらに向かって大きく腕を下から振り上げて殴り掛かってきた。やられる、とは身を硬くさせる。犬夜叉は飛びのいてその攻撃を避けた。
 対峙して姿を改めて捉える。彼の腕には鎖が繋がれていて、顔はくつわのせいで目しか見えないが何の感情も読み取れない。の印象としては、目についたものをすべて狩りにかかる、殺戮人形のようだった。犬夜叉はを下ろすと、鉄砕牙に手をかける。そこでかごめたちが追い付いて、合流した。いつの間にやら鋼牙は犬夜叉を囮に使って逃げていた。

「やっときたな、犬夜叉」

 森の奥から奈落が現れ、殺戮人形の傍らに立った。つまり、神楽、神無、悟心鬼に次ぐ四匹目の妖怪。

「鋼牙は敵わぬとみて逃げたか。思ったより賢いやつだな。―――獣郎丸」

 奈落は獣郎丸と呼ばれた四匹目の妖怪の封印――くつわと鎖――を解くと、獣郎丸は奈落を一瞥すると、奈落のことを引き裂いた。いつもの如く奈落は傀儡だった訳だが、まさか封印を解いてすぐ奈落に襲い掛かるとは誰も思わなかった。獣郎丸の口からどろっとした粘着質な液体が涎のように滴り落ちる。
 犬夜叉が獣郎丸に殴り掛かると、あっさり殴られた。犬夜叉は拍子抜けするも、もう一度爪で襲い掛かると、変な角度から腕のようなものが伸びてきて犬夜叉に襲い掛かった。そのような不可思議な攻撃が何度か続いて、犬夜叉は鉄砕牙で腕を斬りおとし、腕が飛んでいく。しかし犬夜叉は腕を捉えたような感触はなかった。その犬夜叉の感覚は間違っておらず、獣郎丸には腕がついていた。どういうことだ――と、顔をゆがめたその時、犬夜叉の背後の土から何かが飛んできて、腹を貫いた。
 何か――それは、蟷螂のような鎌を持った、獣郎丸と似た小さな妖怪。土から根のようにその体を生やしていた。

「俺の名は影郎丸。この獣郎丸の腹の中で眠らされていた」

 先ほど解いた封印と言うのは、影郎丸のことだったのだ。

「獣郎丸は俺にしか従わない。たとえ相手が奈落であっても……だ」

 先ほど奈落の傀儡を倒したのは影郎丸の命令だったということだ。
 弥勒が風穴を開いて吸い込もうとするも、影郎丸は素早く動き回るのでうまく捉えることが出来ない。珊瑚が飛来骨を獣郎丸放つも、弾き返されてしまった。その隙をついて、後ろから影郎丸が襲い掛かろうとしている。危ない―――と悲鳴が声になる前に、は黎明牙を抜いて影郎丸に斬りかかる。寸のところで影郎丸は飛びのいて斬撃を逃れて身を潜めた。

「そんな遅い動きでおれたちを倒せるか」

 影郎丸の声が聞こえてくる。影郎丸の動きは素早く、そして今どこにいるか分からない。弥勒、、珊瑚は背中を預け合いながら影郎丸の場所を確認する。
 すると思いもよらぬ方向から獣郎丸が飛び出して、弥勒の腕を食いちぎろうとする。それに反応したのは犬夜叉で、鉄砕牙を振り回して獣郎丸を斬りかかる。重さゆえに思いのほか刃は弥勒のすれすれのところを通っていく。弥勒は慌てて身を屈めた。

「犬夜叉、まだ動いちゃ―――」

 かごめが犬夜叉のもとへ駆け付けようとしたところを、影郎丸が背後から襲い掛かろうとする。犬夜叉よりも先に、鋼牙がいつの間にやら戻ってきて、蹴り技を喰らわせようとする。影郎丸は鋼牙の足に一度止まると、そこから飛びのく。

「大丈夫かかごめ!」
「う、うん!」

 鋼牙の俊足を以てしても影郎丸を捉えられないということは、相当早いらしい。
 こうして犬夜叉と鋼牙の共同戦線が張られた。犬夜叉は腹を貫かれただけでなく、鉄砕牙もうまく使いこなせていないため劣勢を強いられている。
 珊瑚は闘いを見ている中で、影郎丸が土の中を動き回るということに着目した。珊瑚の持っている毒を弥勒の錫杖に塗って前方に投げつけると、錫杖を起点としてじわじわと土が赤くなっていく。すると堪らず影郎丸が土から飛び出た。珊瑚の狙いは的中し、影郎丸の動きは毒により遅くなった。
 それから影郎丸の気配が消える。鋼牙は隙を見て獣郎丸のみを倒そうと立ち向かうも、獣郎丸の口から、姿を潜めていた影郎丸がどろっとした唾液とともに飛び出てきて鋼牙に襲い掛かろうとする。対応しきれなかった鋼牙は一瞬、やばいと思うも、鋼牙の後方から犬夜叉が出てきて鉄砕牙を振りかぶり、そして斬りかかった。鉄砕牙は風の傷をとらえ、獣郎丸と影郎丸はどちらも粉々に消し飛んだ。