鉄砕牙の拾い集めて刀々斎の住む山へと向かう。刀々斎の山には妖怪しか入れないらしいので、ふもとに一同は待機して、犬夜叉のみが入山することになった。 「犬夜叉様は、確かに変化したのじゃな?」 「うん。それが鉄砕牙が折れたことと関係あるの?」 の言葉に、うむ。と冥加は頷く。鉄砕牙というのは、犬夜叉の父が遺した守りの刀。というのが聞いていた話だ。それともうひとつ、犬夜叉の妖怪の血を封じ込めるための刀らしい。 鉄砕牙が折れるということはつまり、死ぬということ。生きようとする本能が、犬夜叉の中の妖怪の血を呼び覚ますのだ。 「たとえ鉄砕牙を打ち直したところで、今までのようには抑えきれぬはず。なにしろ敵を引き裂く喜びを知ってしまったのだからな」 心まで妖怪になってしまう、ということなのか。 VS灰刃坊 刀を預けて戻ってきた犬夜叉だが、ひとつ問題があった。今日は新月の日。つまり、犬夜叉が人間に、の妖力が不安定になる朔の日であった。明日には打ち終わるとのことだが、何しろタイミングが悪い。 髪がいつもの銀髪から黒髪になった犬夜叉を、物珍しそうに見るのは珊瑚だ。彼女が仲間になってから初めての朔の日のため、珊瑚はこのことを知らなかったのだ。 「なんかよ〜、段々と秘密を知ってる奴の人数が増えてくじゃねーかよ」 元来、半妖にとってこの秘密を知られることは、絶対にあってはならないこと。あはは、なんて笑うも現在は妖怪の姿だ。 「それだけ仲間が増えたってことだよね」 「あのなー。はお気楽だな」 「まあね」 夜も更けてきて、犬夜叉が輪から離れたところでひとり佇んでいた。はそろりそろりと近寄って、背後から、わっ! と驚かそうと思ったのだが、そうする前に犬夜叉が振り返った。心の中で舌打ちをする。 「よくわかったね」 「の匂いがしたからな」 「人間でも鼻が利くんだね」 「まーな」 「あんまり離れてたら、迷子になっちゃいますよ?」 「誰が迷子なんてなるか」 犬夜叉の隣に座り込む。 「……ねえ、妖怪になっていた時、わたしたちのこと、覚えていた?」 「おれはあの時、本物の妖怪になってたのか」 犬夜叉は自覚がないらしかった。は頷いた。 「そうだよ。……わたしはね、犬夜叉が遠くに行ってしまったようで怖かったんだ。わたしのことなんて、忘れてしまったみたいで」 「おれはおれだ。のこと忘れるわけねーだろ」 くしゃ、っと髪を撫でられる。 「約束だよ」 「あたりめーだ。忘れたくても忘れられないっつーの」 「ええ、どういう意味よ。そんなに強烈なの?」 「そういう意味じゃねえよ!」 「二人とも、今夜はみんなから離れないほうが良いわよ?」 かごめがやってきた。はそうだね、と頷くと、犬夜叉とかごめを残して珊瑚たちのもとへと戻った。きっとかごめも、犬夜叉に伝えたいことがあるはず。 「、今宵は私の傍から離れてはなりませんよ」 「なんか法師さまが言うと変態臭いんだよね」 「そうなのよ」 珊瑚の隣に座ると、弥勒は「全く信用がありませんな」と肩を落とす。 「でもの身体も不思議だね」 「そうなのです。わたしも何かあった時に自分の身を守れるくらいには鍛えないと、って悟心鬼との戦いで痛感したよ」 「いい心構えだけど、無理しないでよね? あたしだって、法師さまだっているんだからさ」 「おらだっているぞ!」 「いざとなったら守ってね七宝」 ぎゅっと七宝を抱きしめれば、おらがしっかりせねば! との胸の中で七宝が固く小さな拳を握りしめるのだった。けれども、自分の身一つ守れなければ、周りの人間を守ることだってできない。守られるだけではだめだ。 「弥勒……ごめんね、さっきはわたしのために」 「当然です。に何かあっては、死んでも死に切れません」 「でも、わたしを守るために風穴を開いて死んでしまったら、わたしだって死んでも死にきれないよ」 「ですね」 「珊瑚、妖怪との戦い方を教えて欲しい」 珊瑚がちらりと弥勒の顔を見る。弥勒は諦めたように首を振るのだった。 「ちょっとずつね」 「ありがとう珊瑚!! わたし、ちょっとずつ頑張る!」 今は夢の中で、いつもの赤い橋のたもとにわたしは立っていた。今日はいろいろなことがあった。今が夢の中だと自覚できるのは、ここに来る時だけだ。 『こんばんは』 「今日は会えると思っていました」 奈落に四魂のかけらを渡した桔梗。奈落から生み出された三匹目の妖怪、悟心鬼。鉄砕牙をかみ砕かれ、妖怪と化した犬夜叉。 『冥加殿から聞いたとおりです、鉄砕牙がなくなることで犬夜叉は死を意識し、生きたいという本能から妖怪の血が犬夜叉自身を呑みこみます……犬夜叉は本物の妖怪になりたがっていましたが、こういう形でなることは、望んでいないはず』 「でも犬夜叉が鉄砕牙の意味を知ったら、こんなのに頼らねえ! と、言いそうな気がします」 『仰る通り。ですので犬夜叉にそのことを伝えるのは憚られます……』 悩ましそうに眉根を寄せる。ほんと、悩ましい……。犬夜叉の思考回路って、わたしだって容易く想像できるから、わたしよりももっと長い時間一緒にいたなんて、手に取るようにわかるだろう。 「やっぱり犬夜叉にはこのことを伝えないほうがよいですよね」 『私もそう思います。うまいことおだてて、肌身離さず持たせましょう』 「ですね」 くすくすと笑いあう。 「……わたしは自分の力のなさを痛感しました。よい武器を持っていても、優れた力を持っていても、使い手がからっきしでは意味がありませんね。わたしはもっと強くなりたいです」 いくら力が強くても、それを扱うわたしが扱いきれなければ宝の持ち腐れだ。わたしは甘く考えていた。悔しいけど、どれだけがすごい妖怪でも、悟心鬼の言うとおり腕はからっきしだ。悔しかったし、死ぬのが怖かった。自分の身一つ守れず、そんなわたしを守って誰かが傷つく。そんなのは嫌だった。 『しかし……貴女は本当にそれでいいんですか』 わたしは押し黙る。 『怖いでしょう、妖怪であろうと傷つけたくはないでしょう。あなたの葛藤はもちろん、あなたの中にいる私にだってわかっています』 「ではわたしの決意だってお見通しですよね」 『そうですね。護られるだけは、いやなのですね』 寂しそうに笑う。 『私にできることは限られていますが、出来るかぎり力になりましょう。かごめ様に桔梗の持っていた巫女の力があるように、は幸か不幸か妖怪の力を持っています。強くなりたいという気持ちがあるならば、必ず応えてくれるでしょう』 「ありがとうございます。頑張ります……犬夜叉や桔梗、殺生丸に恥じないためにも」 期待外れだと言われるのが怖い。そのために、出来る限り努力をしたいと思う。 『はです。そんなことは気にしなくて良いのですよ。……おや、時間のようです。それではまた』 もっと話したいことがあったのだが、もう終わりの時間らしい。いつもよりも早いなあ、なんて思った次の瞬間には現実に引き戻されていた。 「! やっと起きたわ! 大変、刀鍛冶が……!」 刀鍛冶? ぼやぼやした頭は、周囲の張りつめた空気によって一気に覚醒へと向かった。何やら不穏な様子の刀鍛冶が、刀を構えているではないか。どうやらその刀は、先般鉄砕牙を噛み砕いた悟心鬼の牙を使って作った刀らしい。その禍々しい邪気は可視できるくらい放っていた。 「この刀、闘鬼神が犬夜叉の血を吸いたいと哭いておる。てめえが犬夜叉か、妖怪かと思ったら人間じゃねえか」 「かかってきやがれ! このおれが―――」 売り言葉に買い言葉。犬夜叉が体一つで立ち向かおうとしたところを、珊瑚と弥勒が前に出て犬夜叉の代わりに戦いを請け負う。 しかし珊瑚の放った飛来骨は、闘鬼神により一刀両断された。鉄砕牙すら砕いた悟心鬼の牙だ。飛来骨を粉砕するのも容易いということか。ならばと弥勒が使い手の方に法力を込めた札を貼り付け、錫杖で叩きつける。溶けるように頭が半分に割れたのだが、まだ生きていて、弥勒に斬りかかってきた。敵は使い手ではなく、刀の方らしい。まるで刀に人が操られているようだった。 「さあかかってきな犬夜叉。それとも、腰が抜けて動けないのか。女子どもとこそこそ隠れおって」 「犬夜叉、挑発に乗ってはいかんぞ!」 「けっ、おれはそんなに単純じゃねえ! だが、やつはもともとおれを追ってきたんだ!」 と言い、たっと駆けて行く。 「結局挑発に乗ってるし……!」 「なんと単純なやつなんじゃ!」 と七宝は、あちゃーと頭を抱える。と、そのとき、丁度良いタイミングで刀々斎が犬夜叉の前にすとんと現れた。 「やれやれなんの騒ぎかと思ったら」」 「おせーんだよ刀々斎!」 刀々斎から鉄砕牙を奪い取るが、まだ彼は人間の姿のままだ。鉄砕牙は変化しない、ぼろぼろの刀のままだ。 「久しぶりじゃねえか灰刃坊」 「まだ生きてやがったか刀々斎」 「またひどい剣を鍛えたもんじゃな。なんだその邪気は」 「ぐぐぐ……貴様とおれと、どっちが優れた刀鍛冶か思い知らせてやるぜ」 どうやらこの灰刃坊は、刀々斎の元弟子らしい。一本の刀を作るために、十人の子供を殺して血と油を刀に練りこんで恨み妖力を与えるという、なんとも恐ろしい刀鍛冶。当然破門になり、道を違えたのだ。 「刀々斎! 鍛えた分、強くなっとるんじゃろうな!」 「ちっとな」 「ちっとじゃダメなの! あの刀は、鉄砕牙を砕いた悟心鬼ってやつの牙でできてるのよ!」 かごめが心配そうに犬夜叉を見つめる。犬夜叉は人間の姿のまま鉄砕牙を振りかざし灰刃坊に斬りかかる。すると、組み合っただけで犬夜叉に剣圧がかかり、犬夜叉は血を吹き出しながら吹き飛んだ。すかさず灰刃坊が斬りこむが、犬夜叉は鉄砕牙をかざして抵抗する。 「安心したぜ刀々斎。少しは頑丈になったみてえだな」 犬夜叉の言う通り、鉄砕牙は折れない。しかしこのまま人間のまま応戦していては、いずれ体がもたなくなる。 「残念だったな灰刃坊。確かにいやな切れ味の剣だが、てめえの腕がついてきてねえ。一太刀でおれを切り捨てるべきだったんだ。こうなる前にな」 犬夜叉の黒髪が、夜明けの光と共に銀色に染まっていく。鉄砕牙も彼と共に変化していく。 「刀々斎てめえ……鉄砕牙になにしやがった! 物凄く重いぞ!!」 「あー、そりゃつなぎにおめえの牙を使ったからだろう」 確かに、鉄砕牙を振りかざす犬夜叉の姿はとても重そうに見える。変化した鉄砕牙と闘鬼神が組み合い、互角かと思えたが、やがて灰刃坊が剣圧に耐えきれなくなりばらばらに吹き飛び、闘鬼神だけが残った。何はともあれ、勝った。 「てめえ刀々斎! こんな重い刀どうやって扱えばいいんだ! 一振りがやっとじゃねーか!」 「知りたいか?」 「方法あんのか?」 「簡単じゃ」 「まさか、鍛えろとか言うんじゃねーだろうな」 「ぎくり」 漫画以外でぎくりと言う人を初めて見た、なんては思いつつ、残った闘鬼神をどうしたもんかと考えあぐねる。と、そのとき、突然雷鳴が鳴り響き、闘鬼神に落ちた。 |