「……好きじゃないよ」 「本当だな……?」 「うん」 「……よし」 本当に安心したように胸をなでおろし、ふう、と息をついた。何がそんなに犬夜叉を不安にさせるのだろう。よくわからないけれど、とにかく不安は取り除けたようだ。 「どうでもいいが犬夜叉、好きなおなごはひとりに絞らねばならぬぞ」 「ああん? てめえ、ガキはすっこんでろ」 「わー七宝、犬夜叉怖いね? 帰ろっか、きゃー!」 「あ、おい、! どこいくんだよ!」 「かごめのこと迎え行ってねー!」 ぴゅー、と七宝を抱えながらこの場を立ち去る。あんな顔は反則だ。ドキドキして、心臓の音が七宝に聞こえているかもしれない。心配してくれている? どうして心配するの? 犬夜叉はどんな気持ちを抱いているの? 「どうしたのじゃ。急に駆け出して」 七宝の言葉に、走るスピードを緩めて、ついには立ち止まった。 「きっと、犬夜叉、お迎えに行くんじゃない? わたしがいたら行きにくいかと思ってさ。ちゃんの気遣いってわけよ」 「ほう。なるほどな」 「そういえばさっきの、好きなおなごのくだり、どうして急に持ち出したの?」 「犬夜叉が煮え切らんから、やかごめが傷つくのじゃ。じゃから、おらが言ってやったのじゃ」 「なぜわたしが」 かごめが傷つくのはわかるが、なぜわたしまで。とが疑問を口にする。 「はわからぬのか、犬夜叉の気持ちが。昔愛した女である桔梗。居場所を与えてくれたかごめ。そして、傍にいて守りたい。あやつは三人の女の間で揺れているのじゃ。それがおなごたちを傷つけているとも知らずに……」 「何を言っているの。昼ドラの見すぎだよ」 「ひるどら……? なんじゃそれは」 よくそんなに考えたものだ。不思議そうな顔をした七宝の頭を撫でつけて、は微笑みかけた。 「なんでもない。とにかくわたしは傷ついてないから安心して」 「ではは弥勒が好きなのか?」 突然出てきた彼の名前に、ドキリと心臓が跳ね上がる。 「好きじゃないよ。何言ってるの七宝、わたしが好きなのは、七宝なんだから……」 「おらか? そ、そうか……、おらが守ってやるぞ!」 「わー嬉しい! 守って!!」 腕の中で小さなてのひらをぐっと握りしめて七宝が言った。 束の間の休息 「これはいい手相ですな。長命で子宝にも恵まれる」 「本当!? 法師様」 「ええ。どうです、ここで一つ、私の子を産んではくれぬか?」 「きゃー! やだあ法師さまったら」 「なーにしてるんですかー」 「おお、七宝。どこへいっていたのです」 随分な人だかりができていて、近寄ってみれば弥勒が柵に背を預けて村の娘たち相手に手相を見ていて、実に楽しそうにしていた。背後から近寄り、声をかければいい顔でくるりと振り返った弥勒。 「秘密じゃ。なー」 柵に飛び移りのほうを振り返り、悪戯な笑みを浮かべた。 「なー」 同じ調子でも頷けば、弥勒は眉を寄せる。 「なんだか仲がよさげですな」 「まあね。あ、珊瑚もきた! おーい珊瑚ー!」 「ああ、皆いた」 村の娘たちも夕飯のころ合いと言うこともあり、いつの間にやら皆はけて、結局いつもの仲間たちだけになってしまった。 「犬夜叉、早いとこ仲直りしてくれないかね」 柵で頬杖をついて珊瑚が物憂げに言う。 「まあ珊瑚、焦っても仕方ない。二人に任せましょう」 「あでもさっき、井戸で犬夜叉と会ったよ。きっと今頃あっちにいってるんじゃないかな」 「うまいこといけばいいがのう」 「どうせかごめが戻ってこないと旅はできないんだから、この機会にのーんびりしようじゃない」 「は悠長なんだから」 「しかしの言う通りです。休息も立派な仕事です。次いつ休めるかわからないのですから、休めるときに休んでおきましょう」 弥勒の言葉に珊瑚は、まあ、確かに。と頷き、ぐっと伸びをした。 「そうと来たら珊瑚、今夜この近くの温泉行かない?」 「いいね。行こうか」 「大賛成です」 なぜだか弥勒がにこやかに手を上げる。 「弥勒は誘ってません」 「いけませんか?」 「いけませんよ」 一同は楓の家に戻り、薬草畑に座り込んで楓に薬草の種類を教えてもらうことにした。すると犬夜叉がどこからともなくやってきて、は手を止める。 「犬夜叉、おかえり。どうだった?」 「どうだったもなにも、俺は迎えなんていかねーぜ」 けっ、と犬夜叉特有の悪態をつき、どかっとの隣に座り込んだ。 「なんだまた喧嘩したのか」 「ふふ、そうなの楓ばあちゃん。鋼牙っていう、狼の妖怪がいたのね。そしたらその鋼牙がかごめに惚れたらしくて、やきもちを……」 「なんじゃ犬夜叉、小さい男だな」 「ばっ、! ぜんっっっぜんちげーだろうが!! なんで俺がかごめなんぞにやきもちをやくんだっつーの!」 と珊瑚、楓で目配せして、クスクスと笑いあった。 「つべこべ言わず迎えにいけばいいものを」 弥勒が薬草を片手に淡々という。 「んだと弥勒……」 「井戸を通り向こうに行けるのはお前だけなのですから、他意はありませんよ」 「そうよね、かごめいないとなんにもできないもんね」 ちらっとが隣の犬夜叉を見れば、ばつの悪そうな顔で黙り込んだ。 「ま、まあでもかごめだっていつまでも怒ってる訳じゃあないと思うし、ね。ほらかごめってすぐかっとなるけど、すぐ戻るし。ねえ犬夜叉、この薬草は火傷に効くらしいよ。少しもらってこうか」 「そうだな」 彼の横顔を見れば、先ほどのことを急に思い出し、胸が締め付けられるような思いがした。熱を孕んだ、切なそうな表情。に生まれた不思議な気持ちをどうにもできず、犬夜叉をかばうように言葉を重ねれば、犬夜叉は表情を少し崩して頷いた。 その夜、約束通り珊瑚と近くにある温泉へやってきた。久々に浸かる温泉はやはり格別で、は思い切り伸びをした。 「法師さま……きてないよねまさか」 「まっさかー。この間ので懲りてるんじゃない?」 この間、と言うのは前にかごめ、珊瑚、七宝とで温泉に浸かっているときに猿が出没し、その騒動を聞きつけてやってきた弥勒と犬夜叉が珊瑚とかごめの裸を見た、と言う事件だ。は湯に入ったままだったのでセーフであったが、その後かごめと珊瑚に、男性陣が大層やられていたのを記憶している。 「そうだよね、ならいいんだけど」 「でも珊瑚と二人で温泉なんて嬉しいなー、なかなか二人ってないもんね?」 「だね。なんか変な感じだ」 「滅多にない機会なんだから、仲良くなれたらいいな……珊瑚」 「ちょ、、近い近い!」 ずい、と乳白色の温泉をかき分けて珊瑚に近づけば、珊瑚は苦笑いする。 やかごめよりも年上の珊瑚。年だけでなく、重ねてきた経験だとか、背負ってるものの重みだとか、すべてがよりも上だ。けれども決して弱さを見せない珊瑚が、とてもかっこよくて、とても好きだった。だから仲良くなりたいのは本当のことだった。 「だって珊瑚って、かっこいいんだもん。わたし、珊瑚のこともっとよく知りたいし、珊瑚にわたしのこともっと知ってほしい。つまり、珊瑚のこと好きなんだよね」 「、急にどうしたの? すっごく恥ずかしいんだけど。それに―――」 温泉の熱か、珊瑚が上気した顔でを見、そして微笑んだ。 「あたしだってのこと好きだよ」 「っっっっ! さん、ご、それ反則……!」 はにかんだような、そんな顔で微笑む珊瑚は可愛いが過ぎる。はのぼせてしまいそうなほど顔が熱くなるのを感じつつ、また少し珊瑚との距離を縮めた。 「へへ。すっごく嬉しい」 「あたしさ、ほら、こんな感じだろ? すごく不器用だし、女っぽくもないし、生まれ育ったところが特殊だから、友達、って言えるものがいないんだ。だからどうすればいいのかわからないことばかりなんだ。こんなあたしだけど、愛想尽かさないでよ?」 悪戯っぽく珊瑚が笑えば、は何度も大きくかぶりを振った。 「あったりまえじゃん! わたしこと、もしかしたらずかずかと立ち入ってほしくないところに、土足で入ってしまうようなことがあるかもしれないから、そういう時は、言ってね?」 「うん、わかった」 二人は目線を合わせて、笑いあった。 それから数日の間、かごめが帰ってくるまでが珊瑚の傍から離れずべたべたしてたとか。 |