雲母に乗り一行と合流すべく空を行く。暫く行けば、川沿いに数人の集団を発見する。間違いない、犬夜叉たちだ。犬夜叉は川の水で顔を洗っていて、そのすぐそばでかごめがタオルをもって待機している。刀々斎は鉄砕牙を研いでいて、その周りで弥勒と珊瑚と七宝が顔を合わせて何か話していた。
 怒られるかもしれないと考えるととっても気が重いが、仕方がない。雲母とともに下降を始めた。
 と雲母が降り立つと、弥勒と珊瑚、七宝、が駆け寄ってくる。そして怒られるよりも先に心配された。珊瑚や七宝にけがはないか、大丈夫か、と聞かれる。はうん、と頷く。

「殺生丸のもとに行っていたのですか?」

 弥勒の顔は少し感傷的であった。

「うん……ごめんなさい。心配で見に行っちゃった。殺生丸、生きてた」
「心配したのですよ」
「ごめんなさい……」
「爆風の中に飛び込んでいこうともしていましたよね」
「うん」
、なぜそんなに危険に身をさらすのですか」
「ごめん……」

 弥勒が珍しく怒っていた。顔も険しいし、口調も端々から怒っていることを感じる冷たさを感じた。微妙な雰囲気が流れる。

、お前さんの黎明牙もそこ置いとけ。研いでやる」

 その雰囲気を打ち消すように刀々斎が言う。

「あ、は、はい。とにかく反省してますごめんね」

 弥勒に頭を下げると、は刀々斎のもとへ駆け寄り、言われた通り腰に携えた黎明牙を刀々斎の傍に置いた。

「刀々斎さんお願いします」


 名前を呼ばれる。仰ぎ見れば、顔をタオルで拭きながら犬夜叉がやってきた。

「殺生丸は生きてんのか」
「うん、重症だったけど生きてた。この間地念児さんからもらった薬草貼り付けてきた」
「そうか。……は怪我ねえのか?」
「ないよ。大丈夫」
「ならいいんだ。……なんつーか、の話ばっかりでわりぃんだけど、きっと、も、あの時いたら、と同じことしてたと思うんだ。だからなんつーの、わかるっちゃわかるんだ、が心配で行ったっていうの。でも、やっぱりおれはのことが心配だ。あんま心配かけんじゃねーぞ」

 ぽん、と手を置かれて、二、三度ほどやさしく叩かれる。不器用な犬夜叉がフォローしつつ窘めている。は大人しく、うん。と頷いて、再びごめんなさい。と、謝る。犬夜叉には悪いことをしてしまった。味方の犬夜叉よりも敵の殺生丸の安否を確認に行ってしまったのだから。なんだか涙が出そうだった。

「ねえ、おじいさん。殺生丸の刀って人を救う癒しの刀だって言ってたわよね、天生牙だってやさしい心がなくちゃ持てないはずじゃない?」

 かごめが泣いてしまいそうなの空気を感じ取り、かき消すように話題を刀々斎に振る。

「じゃよなー。そのへんがわしにもさっぱり」

 わかんないの。とかごめが苦笑いする。

「しかし天生牙は結界で拒むどころか、鉄砕牙の剣圧から殺生丸を守りおった」

 あの時殺生丸を包んだ光は、天生牙の光であったようだ。つまりそれは天生牙が殺生丸を使い手として選んだということ。かの剣を活かすも殺すも殺生丸しだい、ということだ。



妖狼族の鋼牙



 刀々斎は刀を研ぎ終わると、今度こそ別れることになった。鉄砕牙も黎明牙もパッと見、研がれた割には特に変わり映えないが、受け取った時本能的に何かが変わったのを感じ取る。何が変わったかはわからないが、少なくとも研がれる前にはなかったものが確かにある。何となく、馴染む感じが強くなった。なんとなく、だがの中で一つの仮定が生まれた。



 四魂のかけらを探しに、またあてのない旅を始めた時、弥勒に声をかけられる。なんとなく気まずい。が、無視をするわけにもいかずは弥勒と歩き出す。

「なあに?」
「先ほどは悪かった」
「あ、いや、わたしも悪いし……無鉄砲だったと思う」
「それだけじゃないんだ、私が怒っていたのは。危険だ、と言うことともう一つ、殺生丸を心配していた、と言うのが嫌だったのです」
「……え?」

 いまいち理解が出来なかった。

「簡単に言えば、つまらん嫉妬したのです」

 嫉妬? は思わず弥勒を仰ぎ見る。

「みっともないとお思いでしょう、けれども殺生丸のもとへ駆け寄っていこうとした、ということが私の中でどうにもわだかまりとなってしまったのです。今回の件は犬夜叉のほうがずっと大人でした。受け入れられなかった私とは対照的にあやつは理解を示した。負けたと思いました」
「……そっか」
「許してくださいますか」
「も、勿論」

 許すも何も、事の発端は自分だ。深くうなづけば、弥勒は安心したように顔を緩めた。

「よかった。では、仲直りのしるしに熱い抱擁を――」
「しません」
「手厳しい」
「当たり前でしょう」

 よし、いつも通りだ。はなんだかそれが嬉しくて、自然と顔を綻ばせた。



は……俺よりも殺生丸を優先した)

 犬夜叉が思案する。責めるつもりなんて毛頭ない、けれどもやはりその事実は頭で受け入れても、心で納得できるかと言われればまだ消化できずにいた。

ならそうしたんだ……仕方ねぇ、だがは殺生丸とあんま面識がねぇのに……ああくそ)

「ねえ犬夜叉!!」
「うお!!」

 突然後ろから声をかけられてビックリする。たった今まで思考を巡らせていた人物であった。次の瞬間には犬夜叉の横に並び、声の主のが「ねえねえ」と口火を切る。

「犬夜叉、身体はもう平気なの?」
「ったりめーだ、この通りピンピンしてらぁ」
「ならよかった。じゃあ殺生丸もきっと、今頃回復してきてるね」

 心臓が痛いくらい深く脈打った。は、なんと綺麗な顔で微笑むのだろう。

「二人とも生きててほんとによかった。犬夜叉、わたし決めたよ。絶対に犬夜叉のこと守る! 殺生丸のことも」
「……今回みたいに俺たちがやりあったらどうするんでい」
「兄弟喧嘩は仕方ないとしても、本当に危なくなったら止めに入る!」
「あ、あぶねえだろ!」
「危なくても止める、だってどっちかが死んじゃうなんて絶対に嫌だもん。それに、黎明牙もあるし。鉄砕牙にも天生牙にも負けないように頑張るね」

 決意を表すように黎明牙を抜いて天にかざす。

「研いだところちゃーんと見たのに、なんか研いだようには思えないんだよね」
「鉄砕牙もだ」

 犬夜叉も鉄砕牙を抜いて同じようにかざす。並んだ二つの刀は、研ぐ前と比べたら多少綺麗になった気がしないでもないが、殆ど変らない。

「……いいか、無茶はすんなよ」
「もっちろん」
「次は殺生丸優先するんじゃねーぞ」
「犬夜叉……やきもち?」
「ばっ、おめー!」
「ちょっと……嬉しい」
「嬉しい……?!」
「ねえ、かすかだけど四魂のかけらの気配がするの」

 かごめがやってきて、会話は中断され、そのまま気配のするほうへと向かうことになった。気配を辿っていけばだんだんと血の匂いがしてきた。やがて村にやってくると、至る所で村人が無残な様子で亡くなっていた。しかし妙なことに、鶏や牛など、家畜は生きていた。村に残っていた足跡と、犬夜叉の匂いでオオカミの仕業、と言う結論に至ったのだが、格好の餌である家畜たちが生きたままと言うことが一つ引っかかった。
 さらに妙なことに、四魂のかけらの気配も遠ざかってしまったらしい。色々と引っかかることはあるが、ひとまずは村人たちを弔うことにした。
 穴を掘り、亡くなってしまった村人たち埋めて弥勒が村人たちを弔う。すべて終えると四魂のかけらの向かっていった方角に向かって旅路を再開した。
 暫く行けばまた小さな村が見えてくる。そして血の匂い。またか、と嫌な予感がよぎる。そしてその予感通り、村人たちは殺されていた。しかし予想と大きく違うところは、オオカミが実際に村人を食べているところだった、ということ。

「人食い狼じゃ!」

 七宝がに抱き付く。が抱き上げれば七宝は小さな体を震わせている。犬夜叉たちの気配に気づいた人食い狼が周りを囲い、今にも襲い掛かろうと足踏みをしている。犬夜叉が散魂鉄爪で、珊瑚が飛来骨で人食い狼を攻撃すると、勝てないことを察した狼たちは逃げ去り、少し離れた場所で遠吠えをする。仲間を呼んでいるのだろう。

「四魂のかけらが近づいてくるわ! 物凄い速さで」

 かごめの言葉を聞いているうちにもつむじ風が遠くに見え、だんだんとこちらに近づいている。つむじ風の正体はものすごい速さで駆けてきた男であった。動物の皮のようなものを身にまとい、長い髪を高い場所で一つに結っている。一見人間のようにも見えるが、尖った耳が人間ではないことを示唆していた。

「てめえら……なんで俺の部下を殺した?」

 男は怒りに打ち震えながら静かに問うた。

「てめえが人食い狼の親玉か」
「それがどうした! おれのかわいい狼たちを殺しやがって、許さねえぞてめえら!」
「やかましい! 人の血の匂いをぷんぷんさせやがって、一体何人殺しやがった!」
「飯食わせただけだ! わりぃか犬っころ!」
「なっ……」

 犬っころと言われて犬夜叉が面食らう。

「おれは犬の匂いが大嫌いなんだ、胸糞悪い」
「おもしれえ! だったらその胸真っ二つにして風通し良くしてやろうか!」

 犬夜叉が鉄砕牙を構え、思い切り男に斬りかかるが、男は天高くジャンプして避ける。

「覚えときな! おれは妖狼族の若頭、鋼牙!」

 妖狼族、狼を操る妖怪で、人の姿をしているが本性は狼と一緒で、荒っぽいんだ。と珊瑚が教えてくれる。鋼牙と名乗る男は降下しながら拳をかざし、犬夜叉に殴り掛かる。犬夜叉は身をかわし避けるが次の瞬間に鋼牙は足蹴りをする。まさか足技が繰り出されると思わず、犬夜叉はモロに喰らい吹っ飛ぶ。

「い、犬夜叉気を付けて! その鋼牙ってやつ、四魂のかけらを使ってる! 右足と両腕に……」
「ばか! なんでそれを早くいわねえ!」
「だ、だってえ……」

 犬夜叉が立ち上がりながら叫び、かごめがたじろぐ。

「四魂のかけらの力を使ってこの程度か! たいしたことねえなあこのくず野郎!」
「ひっくり返りながらキャンキャン吠えてんじゃねえよこの犬っころ!」
「うーむ、両名ともガラが悪いですなあ」
「弥勒だって人のこと言えないじゃん」

 犬夜叉と鋼牙の応酬を聞きながら、神妙な顔をして言う弥勒に対し、がチラリと一瞥しぼそりと呟いた。
 その後も口が悪い二人が戦いあう。迫りくる鋼牙に、犬夜叉が風の傷を使おうとしたその時、鋼牙が鼻をひきつかせ、

「あぶねえ!」

 と言い思い切り後ろ飛びをし、狼たちに「引け! なんかあぶねえ!」と声をかけると、来た時と同じようにつむじ風を巻き起こしながら立ち去って行った。突然の出来事に一同はポカンとするが、犬夜叉は逃げだしたことに対し、口ほどにもねえ。と呟くが、弥勒はその逆で、鉄砕牙の風の傷の威力を知らないのに、直感で危ないと察して逃げたのならばただ強いやつよりもたちが悪いと言った。いずれにしても人食い狼を操る妖怪に四魂のかけらを持たせるわけにはいかない、と言うことで、鋼牙たちを追うことになった。