やはり殺生丸のほうが実力は幾分も上だ。殺生丸は素手で攻め立て、その攻撃を犬夜叉は鉄砕牙で受け止める。なんとか斬りこもうとしても殺生丸がふわりと舞って避けてしまって掠りもしなかった。

「うそ……全然ダメじゃん」

 ポツリ、刀々斎が呟いた。

「くぉら冥加! 本当に鉄砕牙を使いこなしたのかっ!?」
「だから一度だけ……」
「嘘じゃないわよ! それに最後はいつだって、殺生丸のこと倒すんだから!」

 そのかごめの言葉を受けてか、じろりと殺生丸がかごめのほうを見た。かごめは刀々斎の陰に隠れて「きゃーこっちをみた!」と半泣きになりながら言う。

「刀々斎よ、鉄砕牙が哀れだと思わぬか……? この犬夜叉は力任せに刀を振り回すだけ。それでは名刀も丸太と一緒ではないか?」
「うーむ、もっともな意見……」
「けっ、なーに弱気になってんだじじい! 戦いはまだ始まったばかりだぜ!」

 そんな犬夜叉の言葉を聞き流しつつ、殺生丸は鉄砕牙を持つ犬夜叉の手をとり、無理くり握る。彼の妖怪の方の腕は毒を放つことができるのだ。彼は毒で犬夜叉の腕を溶かそうとしている。

「何度やっても同じこと。どうだ刀々斎、まだこの殺生丸に刀を打つ気はないか」
「ええと……」

 刀々斎は言いよどむ。そして、

「やなこった」

 と言って、頬をビックリするくらい大きく膨らませる。何が起こるのかと周りにいたかごめ、珊瑚、弥勒、七宝、は刀々斎と距離をとる。そして刀々斎は口から炎を吐きだし、犬夜叉と殺生丸の戦いを終わらせる。殺生丸は犬夜叉から手を離し、炎から逃れたが犬夜叉は炎を直接くらった。何ならもう一発くらい食らわせようと頬を膨らませる刀々斎に対し、犬夜叉は「なにしやがる!!」と吠えて、刀々斎の頭にごちんと拳骨を食らわせた。

「あくまでこの殺生丸を拒むか」
「やかましいわ! 大体きさまには、立派な刀を一口与えてあるではないかっ!!」

 立派な刀……殺生丸と犬夜叉が交戦しているときに、彼がそのような刀を使ったところは見たこともない。犬夜叉も知らなかったのか、驚きの表情を浮かべた。

「その腰にある天生牙! それもまたきさまらの親父殿の牙からこの刀々斎が鍛えし刀! 鉄砕牙に勝るとも劣らぬ名刀であるぞ! 兄には天生牙を、弟には鉄砕牙を与えよと、これは親父殿の遺言でもある! なあ!?」
「へっ!? し、知りませんよ!」

 自棄を起こしたようにに話を振った刀々斎。そうなのか? と言わんばかり殺生丸がこちらを見る。心臓がひやりとする。は顔の前で思い切り手を横に振る。

「ほざけ刀々斎……このなまくら刀が殺生丸にふさわしいと申すか」

 彼は怒っているようだった。彼の周りの空気が変わる。

「怒っとる。逃げるぞ」

 刀々斎は例によって飄々といい、金槌を振りかざすと、思い切り地面に打ち込む。すると地面は二つに割れ、その割れ目から溶岩がふきあげる。傍に控えていた邪見が慌てて溶岩から逃れる。
 そのまま雲母に弥勒、珊瑚、七宝。刀々斎の乗っていた牛――猛々に刀々斎、犬夜叉、かごめ、とに分かれて空に舞い上がり、無事に逃亡に成功した。

「おじいさん、強いんじゃない。犬夜叉に守ってもらわなくてもいいんじゃない?」

 かごめの問いに刀々斎は深いため息をついた。

「見込み違いじゃった……まさか犬夜叉がこんなに弱いとは。殺生丸はわが名刀をなまくら呼ばわり、よ、殺生丸にきつく言ってやっておくれ。あやつは昔からお前の言うことしかきかん」
「はぁ……」
「俺は弱くねえ!」

 ごちん、と再び犬夜叉が拳骨をお見舞いした。それにしても、刀々斎の中でもうは、と同等の扱いであった。殺生丸のことなんて知らないよ、と思いつつ、改めてとはどんな妖怪だったのだろう、と思いをはせた。
 暫く空を行き、ここまで来たらもう殺生丸はこないだろう、と言うくらい離れてから一行は地上に降り立った。さらに小腹が減った、と言うことで刀々斎は山でイノシシを狩り、それを焼きながら殺生丸の持つ天生牙の話を始めた。
 ――そもそも天生牙とは斬れない刀であった。かの刀は敵と戦うための刀ではなく、癒しの刀であった。強いものを打ち倒す刀が鉄砕牙であれば、天生牙は弱きものの命をつなぐ刀。

「ってことは、生き返らせるってこと……?」

 勘のいい珊瑚が問う。

「使いこなせればな。真に人を思い、慈しむ心があらば天生牙の一振りで百の命を救うことも可能」
「慈しむ心……」

 かごめがポツリ呟く。慈しむ心、なんてものは言ってしまえば殺生丸とは真逆の言葉であった。

「なるほどだ。殺生丸の野郎が新しい刀をほしがるわけだ。そんなお助け刀、殺生丸にゃ逆立ちしたって使えるわけねえ」
「やっぱ駄目かなあ」
「あの兄上の性格ではな、使えてもうれしくないでしょう」

 刀々斎がううむ、と頭をかきながら言い、弥勒が追い打ちをかけるように言った。
 一振りで百の妖怪をなぎ倒す刀が鉄砕牙。一振りで百の命を生き返らせるのが天生牙。一振りで百の命を守る結界を作れるのが黎明牙。犬夜叉のお父さんの力の強さの底深さに驚く。



対決の行方



 結局刀々斎は、途中で別の道を行くことになった。犬夜叉じゃあてにならん、と言っていたが、刀々斎ならひとりでもなんとかなりそうな気もする。去り際に犬夜叉の鉄砕牙を叩き折ろうとしたが、犬夜叉に拳骨をお見舞いされ、結局逃げるように刀々斎は去って行った。
 のだが、すぐに刀々斎は戻ってきた。すぐ後ろには相変わらず無表情の殺生丸が居て、物凄い音を立てて刀々斎を殴る。砂煙が舞い、刀々斎は地面にのめりこんだ。物凄い腕っぷしだ。
 刀々斎はすぐに立ち上がり、すぐに犬夜叉の後ろに隠れた。

「逃げられると思ったか刀々斎。そこになおれ。犬夜叉ともども八つ裂きにしてくれる」
「あんなこと言ってる、どうする?」
「けっ、じじい、どうせ殺生丸に新しい刀を打つ気はねーんだろ」
「ない」
「だとよ、おれも鉄砕牙のことでつきまとわれんのにゃいい加減ウンザリしてんだ! ここらで決着つけさせてもらうぜ!」

 犬夜叉が鉄砕牙を抜く。するするする、とその隙に安全地帯に避難する刀々斎。

「安心しろ、それも今日で終わりだ」

 殺生丸がその毒の爪で襲い掛かる。そこに犬夜叉が鉄砕牙で斬りかかろうとするが、彼の左手で鉄砕牙を受け止める。新しく彼の腕になったのは、人間ではない。鱗で纏われている竜のような腕であった。鉄砕牙が妖怪を拒むように結界を作り出す。鉄砕牙は妖怪の手を拒むが、鉄砕牙を掴んでいる間に妖怪のほうの手、つまり毒の爪で犬夜叉の顔に襲い掛かった。

「この仮の腕……結界を受ける盾ぐらいにはなる」
「あれは竜の腕だ。そこらへんの妖怪よりは丈夫だけど……やっぱり随分痛んでる」

 妖怪退治を生業にしていた珊瑚が言う。彼女の言う通り竜の腕は鉄砕牙の結界を受けて傷んでいる。

「これで十分だ、何しろ貴様は“風の傷”すら知らんのだからな」
「え!?」

 刀々斎が素っ頓狂の声を上げる。風の傷、聞いたこともない単語だった。

「才覚のないきさまが持つ鉄砕牙なぞ、恐るるに足らん!」

 竜の腕のほうで鉄砕牙を振り払うように何度も犬夜叉に襲い掛かる。それを鉄砕牙で受け止めることしかできない犬夜叉の隙をつき、とうとう殺生丸の妖怪の腕が犬夜叉の胸をついた。思い切り犬夜叉が吹き飛ばされる。

「殺生丸お前、風の傷が読めるのか!?」
「当たり前だ、読み取ることなど造作もない」
「あのう、刀々斎さん、風の傷ってなんなんですか?」

 たまらずが尋ねる。

「刀の真の威力を引き出す正しい軌道。いわば鉄砕牙の極意」
「それが鉄砕牙の極意なら、犬夜叉に教えてあげて!」

 かごめが乞うが、刀々斎は首を横に振る。

「教えることなど不可能。自ら悟らなければ」

 そういえば昔、殺生丸が鉄砕牙を使ったとき、森の妖怪たちを一太刀で撃退したことがあった。あれがそうだったのだろうか。再び竜の腕で犬夜叉に攻め込みだした殺生丸と、あの時の殺生丸を重ねる。

「全くわからん、何をもって鉄砕牙が貴様ごときを使い手に選んだのか!」

 殺生丸の攻めに、犬夜叉が体勢を崩し倒れこんだ。先ほど殺生丸が突いたときに、彼の爪の毒が身体を周り始めたらしかった。見かねた珊瑚が飛来骨で犬夜叉に加勢しようとするが、犬夜叉は鉄砕牙で飛来骨を振り払う。

「手ぇ出すんじゃねえ! 殺生丸はこのおれが、鉄砕牙でたたっきる!!」
「だって……」
「黙ってみてなさい珊瑚、犬夜叉とて一度は鉄砕牙を使いこなしたことがある」

 弥勒の言葉に、偶然だろ? と珊瑚が不満そうに食い下がる。

「たとえ偶然でも、才覚がなければできるものではない」
「でも……でも、このままじゃ」
、信じるほかない」

 首を振る弥勒。はやるせない気持ちを抱きながら、犬夜叉たちを見守る。

「助けを拒んだことを後悔するぞ」
「ぬかせ!! 見つけてやる、風の傷ってやつを!!」

 大きく振りかぶると、殺生丸は竜の腕で鉄砕牙を押しやる。すかさず犬夜叉は左腕で殺生丸の竜の腕を固定すると、鉄砕牙を持つ殺生丸の腕を押しのけ、そのままの勢いで鉄砕牙で殺生丸の竜の腕を斬りおとした。
 犬夜叉が優勢か、と思ったのも束の間、殺生丸の妖怪の腕が犬夜叉の顔に襲い掛かる。そしてそのまま、犬夜叉を思い切り殴りかかり、大きく吹き飛んだ。
 犬夜叉は立ち上がろうとするのだが、殺生丸の爪の毒で目が見えなくなってしまい、手探り状態で起き上がる。

「貴様の私ではもともとの出来が違うのだ。この薄汚い半妖が!!」

 殺生丸の姿が妖犬の姿に変わりながら、犬夜叉のほうへ飛びかかる。このままではやられてしまう、そう思ったその時、犬夜叉がはおもむろに立ち上がり鉄砕牙を大きく振った。すると、何かが弾けたように物凄い風が吹き荒れ、地面に亀裂が生まれ始まる。どうやら犬夜叉は見つけたらしい、風の傷を。

「やべえみんな隠れろ!」

 既に来る衝撃に備えて三つ目の牛、猛々に隠れている刀々斎に倣い、一行は猛々の陰に隠れる。犬夜叉は勝ったのだ。そして殺生丸は負けたのだ。

(殺生丸……死んじゃう……?)

 吸い寄せられるように一瞬踏み出しかけたのだが、手を引かれて、猛々の陰に引き寄せられた。手を引いたのは弥勒だった。そうこうしている間に鉄砕牙の爆風が殺生丸に襲い掛かる。すると、殺生丸は淡い光で包まれる。そのまま遥か彼方へと飛ばされていった。
 やがて風が止み、猛々の陰から立ち上がると、残ったのは傷だらけだが、確かに勝利を掴んだ犬夜叉だった。一同は駆け寄り、かごめが「大丈夫?」と心配そうに声をかける。そんな様子をは遠巻きで見るが、心はもうここにはなかった。

「……みんな、ごめんなさい!」

 思い切り頭を下げるとは殺生丸を追って駆けだした。色々な声を背中で受け止めながら、心のまま全力で駆けていく。やっぱり放っておけなかった。犬夜叉のことはかごめたちがどうにかしてくれるはずだが、殺生丸は誰もいない。いつも邪見がいるのだが、今回一緒にいない辺り、刀々斎を追いかける際についていけず、置いて行かれたのだろう。つまり今、殺生丸を助けられるのは自分だけだと思った。そう思うともう、居ても立っても居られなかった。
 のせいだ。殺生丸のことをよろしく、なんていうから気になってしまうんじゃないか。
 殺生丸が飛ばされた方向にひたすら走り続ける。すると、後方から風を切る音と聞いたことのある鳴き声が聞こえてきた。

「わ! 雲母! ……いつもごめん、珊瑚」

 珊瑚が雲母をよこしてくれたらしい。前回、洞窟に入って行った時もそうだった。申し訳ないな、なんて思いつつ、立ち止まり、雲母を撫でると跨った。

「はー、怒られちゃうかなあ……ありがとうね雲母。殺生丸を探しているの」
「みー」

 雲母が空を大きく駆ける。空から大地を見下ろすとしばらく先に森のようなものがあった。川も流れていて、その川沿いに村のようなものもあった。雲母が大きく空気を吸い込むと、森のほうへ降下していく。には判らないが何か匂いがしたのだろうか。
 地表に舞い降りると、小さくなった雲母が鳴いた。どうやらこの近くで殺生丸の匂いがするらしい。心臓が早鐘を打ち始める。
 雲母に導かれて森を行くと、木の凭れて倒れこんでいる傷だらけの殺生丸がいた。ドキッ、と大きく心臓が飛び跳ねた。彼は妖犬への変化の途中の段階で倒れていた。人間と妖怪との間のようなその姿が少し怖かった。

「だ、ダイジョウブですかー……」

 距離を保ちつつ、小声で声をかけるが返事はない。それどころか身動き一つとらない。死んでしまったのだろうか……? 悪い予感が過るが、慎重に殺生丸の様子を観察すると、微かではあるが胸が上下に動いているし、息を吸い込む音も聞こえてくる。大丈夫だ、まだ生きている。

「……っあ!」

 思わず大きな声を出してしまい、慌てて自分の口を自分の手で覆う。しまった、駆け付けたはいいが、薬草だとか、包帯だとか、そんなものは一切持っていなかった。救急セットはすべてかごめが持っている。このままでは確認しに来ただけになってしまう……どうしよう。なんて焦っているうちに冷や汗がだらりと流れる。
 いや、まって。と、弾けるように思い出す。地念児の畑を手伝ってた時、帰り際、余分に薬草を頂いた気がする。リュックの中身を漁ると、確かな手触り。この手触りをもってして完全に思い出す。そうだ、あの時確かに余分に薬草をもらったんだった。
 取り出せばやはり、傷口に効くと言っていた薬草が入っていた。その薬草を握りしめ、おそるおそる殺生丸に近づく。
 近くで見れば見るほど殺生丸の様相は怖かった。いま急に起き上がったら心臓が止まる自信があるので、絶対に今は起き上がらないでください。と祈る。近づくにつれ、血の匂いがむっと立ち込めてきて思わず顔をしかめる。
 の祈りが届いたのか、すぐそばまできても殺生丸は気絶したままであった。どうかそのままでいてください。と心の中でつぶやく。全体的に傷だらけで、彼の身体の左側は特に酷い傷であった。その一番ひどい部分の傷に薬草をペタッと貼り付ける。傷すべてを覆えるほどの面積はないので、本当に傷に効くのか少し心配になるが、地念児の薬草は効くと有名だ。その効能を信じるしかない。
 すると、彼の筋の通った鼻が微かに動く。何か匂いを嗅ぎつけているようだ。反射的に後ずさりをする。2Mほど距離をとった時、殺生丸はかっと目を覚まし、その瞳がを捉えた。雲母も身体を大きくし毛を逆立てて警戒する。

……ッ!」

 殺生丸は動かない左手を必死にこちらへと伸ばす。は息をのんでその様子を眺めていると、彼の左手からふっと力が抜け、瞳もゆっくりと閉ざされた。再び意識を飛ばしたらしい。

「びっくりした……」

 へたっと座り込む。雲母が小さくなり、の手を舐める。

「うん……そうだね、行こう」

 雲母の頭を撫でつけ、はおそるおそる立ち上がる。さて、と歩き出そうとすると、少し先で物音がした。何の音だ? と音のした方を見ると、小さな女の子がいた。

「あっ、ここは危ないよ」

 大声を出して殺生丸がまた気を取り戻しても恐ろしいので、声を潜めつつ言うが、女の子はきょとんと首をかしげる。聞こえていないのかもしれない。仕方がないので女の子のほうまで歩み寄る。女の子は顔から着物から土汚れが目立ったが、純朴そうな可愛らしい女の子であった。先ほど空から見た時に、この近くに村があったはずだが、そこの住んでいる子だろうか。

「ここ、危ない人がいるから、おうちに帰ったほうがいいよ」

 しゃがみ込んで目線を合わせて言うが、女の子はニコニコと微笑むだけで何も言わなかった。

「おうちはどこ?」

 女の子は何か伝えようとして口を開くが、そこから音は出ない。女の子は笑顔を引っ込めて、辛そうな顔をする。もしかしたら言葉がしゃべれないのかもしれない。

「ごめんね。でもあっちに、こわーい人がいるから、ここから立ち去るんだよ?」

 女の子は再び首をかしげる。は殺生丸のいるほうを指し、「あっちにね、」と言うと、両手の爪を立てて、怖い顔をし、

「うおー!」

 と、仮想のモンスターの真似をする。もちろん声は抑え気味だ。

「こういう怖い人、いるの。だから近寄っちゃダメなの、お姉ちゃんはもういくけど、ちゃんと帰るんだよ」

 立ち上がり、女の子の頭をなでる。女の子はまたニコニコと微笑んだ。この微笑みは、の言うことをわかってくれた、と判断し、は森を後にした。けれどもの判断は間違っていて、そのまま女の子は殺生丸と出会う。女の子の運命は大きく動き出すのであった。