奈落が邪気と共に消えたことで弥勒と珊瑚はすっかり体調が回復した。

「なんかあの二人変じゃない?」
「ね」

 珊瑚の言葉にが苦笑いをする。あの二人、と言うのは犬夜叉とかごめ。どうにもあの二人は桔梗が関わるとギクシャクしてしまう。そんなことをされては一緒にいるほうも気を使ってしまう。
 全くもう、とはため息をつくと、少し離れたところで喋っている二人のもとへ歩み寄った。座り込んでいる犬夜叉に、その三歩ほど後ろで立って彼の後姿を見つめているかごめ。その二人の間に立ち、

「さあ、桔梗を助けに行こう」

 ぱん、と一つ手を打つと、は言った。
 
「みんな残れ、俺一人で……」
「そうもいかないよ。奈落が居たんだよ、一緒に行こう」

 犬夜叉が首だけ振り返り言った言葉をはさえぎる。

の言う通りだ。桔梗をさらったのは奈落なんだ、犬夜叉一人の問題じゃない」

 同じくやってきた弥勒が言う。

「一緒に、助けに行こう」

 犬夜叉の隣に座り込み、にこっと微笑む。桔梗を助けたい、そう思ったのはも同じだから。恋にも似たこの焦がれる感情はどうして湧き上がるのだろう。
 と、そのとき、羽音を鳴らしながら最猛勝がどこからともなくやってくて、通り過ぎていく。一同は顔を見合わせ、最猛勝を追いかけて走り出した。いつもならば犬夜叉の背にはかごめが乗り、は珊瑚と共に雲母に乗るのだが、かごめが珍しく雲母に乗りたいと申し出てきたので、は犬夜叉の背に乗った。

「な、なんか変な感じだな」
「そうだね。なんか新鮮〜よろしくね」

 そういって犬夜叉にライドオンする。ふわっと飛んでは再び地に舞い降り、再びふわりと飛び立つ。その度に犬夜叉から伝わってくる振動がなんだか心地よい。

、私の背でもよかったのですよ」

 走りゆく弥勒が至極残念そうに言う。

「さすがに重くて速く走れないでしょうに」
「そんなことは問題ではないのです」
「問題だよ、ね。犬夜叉」
「ん、おう」

 なんとなく、だが、今犬夜叉は桔梗のことを考えていて、かごめはそれが気に食わないのだろう、と察する。今だって心が遠く離れた場所にあるような気がする。ですらなんとなく寂しい気持ちになるのだから、犬夜叉のことが好きなかごめからしたら、きっと相当寂しいのだろう。
 最猛勝をそのまま追いかけていくと、桔梗の纏っている死魂虫がふわふわと同じ方向に向かって飛んでいく。

「近くに桔梗がいるんだ」

 がポツリ呟いた。死魂虫はそのまま犬夜叉たちを追い越すと、濃い霧の中にのみこまれていった。

「恐らくこの先は奈落の罠だ。気を張って行こう」
「わあってる!」

 そのまま霧の中に呑まれていくと、は急に放り込まれたように地面に転がり込んだ。今まで犬夜叉の背に乗っていたはずなのに、居なくなってしまった。全身打ち付けて身体が痛くて最悪な気分になる。

「いたた……」

 ゆっくり立ち上がると、目の前に広がった光景には言葉を失った。犬夜叉が、かごめが、弥勒が、珊瑚が、七宝が、雲母が、血を流し静かに横たわっていたのだ。心がざわつき、心臓が嫌なほど動く。

「どうして、ねえ、あっ」

 自分の手を見ると、真っ赤な血が手にべっとりついて、爪が尖っていた。

―――わたしが、やったの?


 恐れていたことが起こってしまったのだろうか、自分の中の妖怪が暴走し、大切な仲間を、殺してしまったのだろうか。記憶がない、何も思い出せない。どうしてこうなってしまったのだろう。わなわなと震え、その血濡れた手でぎゅっと自分を抱きしめる。

「あああああああああああああああああああ!!!!!」
!!!!」

 ハッと気づいた時には、目の前に犬夜叉が居た。生きている、安心からぽたぽたと大粒の涙がとめどなく流れた。

「いぬ……やしゃ……いきてる、よかった……」
、大丈夫だ。何も怖くない」

 震える身体を犬夜叉が抱きしめてくれた。涙を零し、嗚咽を漏らしながら犬夜叉の背に手を回し、落ち着きを取り戻していく。何も状況が判らないが、どうやら夢や幻を見ていたようだった。

「俺がいる。ちゃんとここにいる」

 ぽん、ぽん、と背を叩かれてだんだんと落ち着きを取り戻す。

「犬夜叉……」
「落ち着いたか?」

 やさしい犬夜叉の声に小さくうなづいた。

「弥勒や珊瑚は無事だ。だがかごめがいねえ、探そう」
「うん……!」

 涙をぬぐいながら犬夜叉の背に乗った。

「ちゃんと生きてる?」
「生きてる、ほら」

 犬夜叉は自身にまわされているの手に、そっと自分の手を重ねて安心させるようにぎゅっと握った。

「生きてる……」
「大丈夫だ」
「うん」

 蔦だらけの大地を犬夜叉が走り、かごめを探す。少し走ると、濃い霧の奥に二人の人影が見えてくる。そのころには幾分心に落ち着きを取り戻したがじっと目を凝らす。近づくにつれて状況を把握する。桔梗が、谷間に落ちそうになっているかごめをじっと見つめていた。目にした情報から状況を察すれば、さながら桔梗がかごめを見殺しにしているようであった。

「かごめ!」

 谷を飛び越え、落ちそうになっているかごめを引き上げた。

「大丈夫か!?」

 は犬夜叉から降りて、じっと桔梗を見据える。

「き……桔梗が……あたしを……」
「四魂の玉をもらっただけだ」

 桔梗の手にはかごめが持っていた四魂のかけらが握られていた。

「こんなものを持っているからかごめは命を狙われる……おそらく奈落はかごめの身体をとかし、残った四魂のかけらを取るつもりだったのだろう」

 谷の下は瘴気で満ちていた。こんなところに落ちてしまっては、かごめは一たまりもなかっただろう。けれど本当に、奈落がこの状況を作り上げたのだろうか。

、こんな形でお前に会うなんて……皮肉なものだ」

 苦しげな表情で口角を上げた桔梗。何とも言えない懐かしい感覚がに押し寄せる。彼女を見ていると切ない気持ちになる。この不思議な気持ちは一体何なのだろう。

「わたしがだと、わかるんですね」
「判るさ。お前が私を判ったように、私だってお前のことが判る」

 あの時の感覚、一目見ただけで桔梗だと脳が判断した。その時のと同じように、桔梗の中でもだと判断されたのだろう。

「嬉しい……です」

 彼女を見ていると、矢張り庇護欲が強くなる。彼女を守りたいと心の底から思うのだ。そして出会えた喜び。自分でもよくわからない気持ちだった。

「桔梗……どこへ行くの」

 桔梗は微笑むだけで、何も答えてくれなかった。そのまま彼女は死魂虫とともにふわふわと空へ浮かび、彼方へと消えていった。

「かごめ、桔梗と何があった?」

 桔梗が消えた後、犬夜叉はかごめに問うた。しかしかごめは複雑な顔をしたまま、答えにくそうに俯いた。犬夜叉だって感づいている、先ほどの状況がどのように作り上げられたものか。

「だから……四魂のかけらを取られて……」
「犬夜叉! まあまあ!! かごめ! 怪我はない!?」

 ははは! と乾いた笑い声をあげて、はこの場の雰囲気を無理くり違うものに作り変えようとするが、下手くそすぎてまた違った意味で変な空気になってしまった。

「ともかく……無事でよかった。本当に怖かった。うん。そういえば弥勒たちはどこにいるんだろ。喧嘩は探して出してからにしよ、ね? ともかく無事だったわけだしね? あ」

 その空気を何とかしようとは更に饒舌気味に一人まくしたてていたところ、ボロボロになった弥勒が、同じくボロボロになっている珊瑚を背負ってこちらに向かってきている様子が谷の向こうに見えた。

「ほら弥勒たち! おーい弥勒!! 珊瑚! けがはない!? さっ! いこいこ!」

 そういっては谷をジャンプで越えようと一瞬試みたのだが、自分の力で渡れるか渡れないか瀬戸際の距離だったので、すぐにやめた。

「犬夜叉、お願いします」
「……しゃーねーな」

 犬夜叉がちょっぴり嬉しそうに口元を緩めた。