「妖怪の残骸が降ってきたと……」

 立ち寄った村の人々が言うに、ここひと月ほどで急に作物が枯れ始めたという。それに続いて、雨が降ってきたと思ったら赤く、妖怪の残骸が降ってきたという。

「はーもう、気味が悪いのなんのって」

 はたいそう気味悪そうに顔をゆがめた。

「時に皆さま、お身体の調子は?」

 弥勒が問うと、どうやら年寄やら子供まで、弱いものがぱたぱたと倒れているらしい。弥勒はこのあたりに邪悪のもとがあると予測し、一行は休む間もなく邪悪のもとを倒しに出立した。

「まーた人助けかよ。俺たちそんなことやってる暇―――」
「犬夜叉、なんか忙しいの?」
「奈落を探すんだろうが!」

 かごめがきょとんと問うと、例によって犬夜叉が吠えた。

「奈落はしばらくは動けないでしょう。なにしろかごめさまの一撃で、相当の深手を負ったでしょうから。それに……」

 弥勒の懐からじゃらり、と嫌な音がした。

「お礼の銭までいただいてしまったのですからお助けしなくては」
「いつの間に……まったく弥勒は」

 が呆れたように言った。まったく弥勒のちゃっかりは、相変わらずだ。

「……珊瑚ちゃん、どうしたの?」

 先ほどから一言も発さない珊瑚を不思議に思ったかごめが声をかける。

「奈落以外にも、そんなに強い邪気を出す妖怪がいるのかな、と思ってさ」

 確かにそうかもしれない。村の人々が邪気で作物はやられさ、さらには村人までぱたぱたと倒れるような物凄い邪気。奈落ほどの強大な邪悪であることは間違いない。あるいは、奈落自身か―――。




深淵のその先へ




 山道を上り詰めていくうちに、奇妙なことが起こっていることに気づいた。草花がなくなっているのだ。びっしり生い茂っていたはずなのに、上っていくうちに土だけになっているのだ。この発見を弥勒に言うと、恐らく瘴気の影響ではないか。とのこと。山のふもとの村の作物がだめになるくらいだ。近づけば近づくほどに影響は大きいだろう。つまり瘴気のもとに近づいている証。
 そして、洞穴にたどり着いた。洞穴は明らかに様子がおかしく、奥を覗き込めば、闇が巣食っていて、一歩踏み込めばその闇に吸い込まれてしまいそうなほど恐ろしい深淵であった。

、かごめ、珊瑚、七宝、お前らは待ってろ。たかが妖怪退治ごとき、みんなでぞろぞろ入っていくことはねえだろ。」
「では私はの護衛を。」
「てめえは俺とくるんだよ。」

 犬夜叉はもしものことを考えているのだろうか、とは考えた。奈落にしても、奈落じゃないにしても、強大な邪悪であることは間違いない。それにくわえ、狭くて視界の悪い場所だ。あまり人数がいても邪魔だし、守れなくなる。

「気を付けて」

 が微笑みかけると、弥勒は不服そうに「何かあったら珊瑚の影に隠れるのですよ」と言って、頭にぽん、と手を置いて、そして犬夜叉に引っぺがされた。
 しばらく洞穴のそばで待っていると、珊瑚の体調が悪くなってきた。毒を放った際に装着する防護マスクを当てて、苦しそうに座り込んでいる。

「三人とも、よく平気だね」

 珊瑚以外の三人はけろっとしている。

「中の瘴気はもっとすごいんだろうなあ……」

 は洞穴の奥をじっと見据えて、中に入っていった二人に思いを馳せた。特に弥勒、修行を積んだ人間でも、物凄い影響があることには間違いない。大丈夫だろうか。妖怪でもある自分が行った方が良かったのかもしれない、とぼんやり考えた。

(まあでも、すぐに帰ってくるよね)

 しかし、二人は帰ってこなかった。とうとう夜になり、洞穴だけでなく世界が闇色の染まる。

「遅すぎる……ちょっと様子を見てくる」
「だめよ珊瑚ちゃんは、中に入ったら倒れちゃう」
「―――わたしがいってくる。瘴気も大丈夫、戦うこともできる。いてもたってもいられないもん」
、危ないわ。一人じゃ危険よ」
「黎明牙が守ってくれるよ、大丈夫。かごめ、懐中電灯かして?」

 かごめは最後まで渋ったが、結局根負けして、懐中電灯を手渡した。はありがとう。と礼を述べ、闇へと入り込んだ。暗いところは怖い、何がいるかわからない闇なんてもっと怖い。けれど。

(走ってれば怖くなーい!!)

 懐中電灯で照らしながら走り続ける。すると後ろから小動物が駆ける音がした。味方か、敵か?判別する暇もなく、すぐに正体が判明した。雲母だ。雲母が追いかけてきたのだ。きっと珊瑚が追いかけさせたのだろう。

「よっしゃ! いこう雲母!!」
「みー!!」

 洞窟を二人で駆け抜ける。すると奥の方に光が見える。光へ光へ、とはしると、弥勒が座り込んでいた。その奥は空洞になっていて、一番上は地上へとつながっていた。

「弥勒! 大丈夫!?」
!! なぜきた!?」

 弥勒はだいぶぐったりした状態で、ずきんと胸が痛む。

「だって、遅いんだもん! 犬夜叉は……?」

 犬夜叉は空洞の一番したで妖怪と戦っていた。下にはいくつもの妖怪の残骸があった。

「あの妖怪は何百もの妖怪と戦って倒し、負けた妖怪を取り込んでいるんだ! 犬夜叉、戦うのをやめろ!」
「ふざけんな! 戦わなきゃ……って、、お前、なんできた!?」
「うるさい! いいから戦うのをやめて!!」
「聞け! これはまるで、蠱毒の作り方と同じなんだ! ひとつの器の中に毒虫や、トカゲ、カエルや動物を入れて殺し合わせ、最後の生き残った者が蟲毒と言う生き物になる呪術だ! つまり、この洞穴は蟲毒を作るための巨大な器と言うことだ! だからお前がその妖怪を殺せば、否応なしにお前の体に入ってくる!」
「ごたくならべたってやるしかねえだろ! 逃げ場はねえんだ!!」

 やらねばやられる……確かに、逃げ場はなかった。と、その時、後ろから何やら気配を感じる。振り返るとそこには、巫女姿の女性がいた。びびっと電流のようなものが走る。それは向こうも同じらしく、女性は目を見開いてを見た。

……!?」
「桔梗……!」

 本能でわかるのだ。彼女は、桔梗。犬夜叉のかつての恋人で、かごめの前世―――。

「桔梗……?」

 そして、その声を聞いた犬夜叉が桔梗の存在に気づき、自然と振り返り、その名を呼ぶ。そしてその瞬間、桔梗の体から無数の光のようなものが出てきて、それらがすべて妖怪に吸い込まれていった。恐らく生気のようなものなのだろう。桔梗は立っていられなくなり、身体から力が抜けてぐらりと傾き、足場を踏み外し、犬夜叉と妖怪が戦う空洞へ吸い込まれるように落ちていった。犬夜叉は反射的に桔梗をキャッチしようとジャンプするが、背後を妖怪に見せる形になり、隙だらけになる。そこを付け入らないわけもなく、背中を思い切り殴りつけられ、犬夜叉自身も吹き飛び、桔梗をキャッチできず、桔梗は妖怪の亡骸の上に落ちた。