「と、いうわけで、わたし、地念児さんの疑いが晴れるまでこの畑のお手伝いします!」
「……勝手にしろ。」

は地念児のもとに行き、何をすればいいか尋ねると、雑草を抜けばいいとのこと。
地念児の隣で雑草を抜き始める。雑草抜きなんて何年振りだろうか。
ちらり、隣の地念児を見ると、その大きな体に古傷がたくさん刻まれていた。村人たちにやられたあとなのだろうか。
ずきんと心が痛んだ。

「ここを出ていこうって、思ったことはないの?」
「ここが、いいのです。おとうが残した畑だから。」
「……なるほど。」

心優しい人なんだなあ。と、は感心した。こんなに村人に疎まれていて、いじめられているのに、父の残した
畑があるから逃げることをせずにここで薬草を栽培し、そしてそれをいじめてくる村人たちにわけているとは。

「素敵な人なんだね。」

にっとほほ笑む。

「そんな……。」
「あのね、ここだけの話だけど、実はわたしも半分妖怪なんだよ。」
「え!?」
「へへ、吃驚したでしょ。だから、一緒だねひぎゃああああ!!!」
「どうしただか!?」
「みみずがいた!きもい!!」

それから畑仕事のほかにも鳥に餌をやったりして、気づいたらもう夕刻であった。
日が暮れてからは小屋で夕飯をごちそうになったりと、なかなか楽しい時間を過ごせた。
犬夜叉はまだまだ帰ってこなさそうなのでその日は小屋に泊まらせてもらうことになった。
そしてその夜、事件が起こった―――




半妖として生きるということ




こつん、と何かが当たる音がしては目を覚ました。続いて聞こえてきたけたたましい声。

「出てきやがれ地念児!てめえが人殺しだってのはわかってんだ!この薄汚い半妖が!!」

昼間のあの村人たちの様子が思い返された。殺気立った様子で、叫んで、武器を集めていた。

「まさか……。」

は黎明牙をとって地念児の母を見た。

「村のやつら……。大丈夫だ地念児。そこにいろ。」

ぶるぶると震えている地念児に声をかけて、母は鍬を持って小屋を出た。そのあとをもその後を追う。
すだれをあけた瞬間飛んでくる大粒の石。その何粒もが母に命中した。
小屋の周りには村人たちが武器や松明を持って集まっていた。

「恩知らずどもが!今まで村に住まわせてきたのに!」
「やめてよ!!」

村人たちの前に躍り出て、両手を大きく広げた。

「なんだ小娘。なんでそんなやつらの肩を持つ?」
「地念児さんは人なんて殺さない!そんなこと、一緒にいればわかる!なんでそんなことがわからないの!?」
「かまわねえ、この小娘もやっちまえ!もともと妖怪の小僧とつるんでんだ!妖怪の仲間だ!」

村人たちは持っていた松明を小屋に向かって投げ始めた。みるみるうちに小屋に火が広がる。
辛抱ならなくなったが覚醒しかけたそのとき、物凄い音とともに、たちの前に人間の上半身が転がり込んできた。
ふと前を見れば、村人の後ろに巨大な妖怪がいた。長い、芋虫のような妖怪。
その人間の下半身は、その妖怪の子供のようなものが数匹現れて、食べていた。

「み、みろ……はらわたくってたのは―――」

巨大な妖怪は口からしゅっと何か長いものを出して、人間の腹に突き刺した。
すかさず子供たちがその人間に食らいつく。
あまりに恐ろしい様子に、は硬直する。―――これが人間のはらわたを食べていた犯人。

(なんとかしなきゃ……なんとか―――)

「地念児さん!お母さんのそばにいてあげて!!」

は黎明牙を抜いて、駆けだした。恐怖を誤魔化して巨大な妖怪の近くまで寄って、黎明牙を突き刺す。
妖怪は苦しそうに身悶えて、妖怪の半身が暴れだし、黎明牙を抜く間もなくの体を襲った。
鈍い痛みが身体に奔って、地面に打ち付けられた。

「……いったあ。」
「くくく……小娘が。」

妖怪が動けないでいるにとどめを刺そうとしたそのとき、

「やめてけろー!」

地念児がやってきて、に食らいつこうとした妖怪の口に、思い切り腕を突っ込んだ。
腕は見事妖怪を貫通した。

「地念児さん……!」
「逃げてけろ……早くっ!」
「で、でも!」
「あんただけだ、人並みに扱ってくれたのは。あんたをここで死なせたら、おらもうこの先生きていかれねえ。」
「……地念児さん。」
!無事か!!!」
「犬夜叉!?」

犬夜叉の声が聞こえてきた。彼が帰ってきたのだ。

「犬夜叉、地念児さんを助けて!」
「助けるこたあねえ!!手出ししねえでくれ、これは地念児ひとりで戦わなければいけねえ。、こっちにこい。」
「どうして……?」
「――おい、お前ら、最後までよーくみとけよ。」

犬夜叉まで母に同調するように村人たちにそう叫んだ。どういうことなのだろう。
立ち上がり犬夜叉のもとまで駆け寄り、「犬夜叉!」と涙ながら叫ぶと、「大丈夫だ。」とよくわからないことを言った。

「大丈夫、地念児は負けねえよ。」
「地念児、お前は心優しいから、今までどんなにバカにされても我慢してきたんだろ。でも、村のやつらに見せてやれ!
 おめえの力を!!」

母の叫びを受けて、地念児は妖怪の体を掴んで自分のほうへ引っ張ると、食われていた腕を思い切り突き出した。
妖怪の体を引きちぎったのだ。そして妖怪は息絶えた。

「す、ごい……。」
「これで村のやつらも、ちったぁおとなしく―――」

地念児が村人たちのもとに歩き出した瞬間、悲鳴が上がる。

「殺さないでくれ!!」

命乞いをする村人たち。

「おびえちゃってる……。」
「それでいいんだ。どうせ仲良くなんてできねえんだ。だったらどっちが強いかはっきりさせねえと。」
「そんな……。」

そんな風になりたかったはずじゃないはずだ。地念児は。
それだったら力を見せつけることなんていつだってできたはず。

「あの……これ、傷口に貼るといいです。」

そういって地念児は、自分の畑で栽培している薬草を村人たちに渡した。
心優しい地念児は、心優しいままだった。

「地念児さん!」
「バカかお前は!そんなんだから……」






「本当に手伝わなくて大丈夫?」
「ああ。薬草もってかなきゃならんのだろ。とっとと帰れ。」

残って燃えてしまった小屋の修繕だとか、荒れてしまった畑を元通りに戻す手伝いなんかをしたいのは
やまやまなのだが、確かに一刻も早く雲母に薬草を煎じて飲ませなければならない。
ここは申し訳ないがお言葉に甘えることにした。

「ありがとうございます。」

頭を深々と下げて礼を言った。

「じゃあ地念児さん、もう行くね。色々と、ありがとう。」
「はい……。」

こうしてこの村を去った。



「さ、元気出せ地念児!荒れた畑をなおさねば。」

ぱんっと、切り替えるように地念児の母が手を打った。

「あの―――」

母が声のした方を向くと、昨夜は武器を持っていたその手に、今度は鍬を持った村人たちが大勢いた。

「手伝う……。」
「―――勝手にしろ。」

母の目には、涙が浮かんでいた。
確かに村人たちと地念児の関係は変わったのだ。




「あのさ、犬夜叉もさ、ああいうこと、あったの?」
「ん?」
「なんか、いじめられたりとか……さ。」
「俺がやられっぱなしで黙ってたわけねえだろ。」
「は、はは……犬夜叉らしいね。」

てことは、そういう経験もした、ということなのだろう。
それで会話は途切れ、なんだかは気まずい気持ちになった。

「どっちでも……ねえからな。」

ぽつり、犬夜叉が言葉を紡ぐ。

「妖怪でもない、人間でもない。どっちにも行けない。だから自分の居場所は自分でぶんどるしかなかった。
 そうして生きてきて、気づいた独りぼっちだった。俺は、そういうやり方しか知らなかった。」
は、一緒じゃなかったの?」
にはの世界があったからな、いつも一緒にいるわけにもいかなかったんだ。」
「そ、なんだ。」

犬夜叉の孤独に初めて触れた。
の心が、なんだか暖かさでいっぱいになった。

「犬夜叉、わたし、嬉しい。」
「へ?」
「犬夜叉がこんな風に、自分のこと話してくれて、うれしいの。わたしは犬夜叉のこと、もっと知りたいんだ。」
「そんなことが……嬉しいのか?」
「うれしいよ。もっともっと犬夜叉のこと知りたい。犬夜叉がわたしの悩み半分もらってくれたんだから、わたしだって
 半分もらいたいよ。」
「……悩みとも違うと思うけどな。」
「へへ、まあね。ありがとうね、そういうこと話してくれて。でも今は犬夜叉、ひとりじゃないね。わたしがいるよ。みんながいるよ。」
「………おう。」

かつて自分を支えてくれたものが、時を越え、形を変え、再び自分のそばにいて支えになっている。
なんだか不思議で、犬夜叉はふわっとほほ笑んだ。