その日の夜、その村で眠りにつくことになった。
疲れもあってすぐに寝付いたのだが、物凄い妖気を感じては起きた。
気分としては目をつぶってからすぐ起きたような、一瞬の眠りに感じた。なので寝起きにしてはやけにすっきりしていた。
「、起きたか、囲まれているようです。」
弥勒の言葉に、は思わず黎明牙をぎゅっと握りしめた。
外に出ると結構な数の妖怪がいて、その最前線には例の小柄な男の子、琥珀がいた。
妖怪はこちらに気づくと、すぐに襲い掛かってきた。犬夜叉が鉄砕牙で一薙ぎすると、鎖鎌が鉄砕牙にまとわりついた。
琥珀が放ったのだ。すぐに琥珀が飛び掛かってきたが、鉄砕牙を使いそれを防いだ。
逆に、犬夜叉の自慢の腕力で、鉄砕牙にまとわりついた鎖を掴んで琥珀を投げる。
「その程度の力で俺と渡り合う気かよ!!」
「だめ!犬夜叉、殺さないで!!」
「わあってるよ!」
かごめの叫びに犬夜叉も叫んで答える。
投げられた琥珀は地面にたたきつけられたが、すぐに体制を戻す。
「とっつかまえて目ぇ覚まさせてやる!」
犬夜叉が捕えようとしたそのとき、琥珀は自らの背中に鎖を突き刺した。
「えっ!?なにしてるの……!?」
その突き刺したところに自らの指を入れ込んでいる。
見ていられない、は片目をつぶって苦々しく顔を顰めた。
「あの子、身体の中の四魂のかけらを取り出そうとしている!」
かごめの言葉に、珊瑚はすかさず鉄砕牙に飛来骨を投げつけた。犬夜叉の手から離れた鉄砕牙は変化が解けて、
元の錆びた刀に戻った。は慌ててその鉄砕牙を拾い上げた。
琥珀は驚いたような顔をして珊瑚のことを見ると、妖怪の残党に載って逃げて行った。
「珊瑚……。」
犬夜叉が珊瑚のことをじっと見つめた。今珊瑚のしたことはつまり、裏切り行為に等しいこと。
しんと静まり返ったこの嫌な空気が、はたまらなく嫌だった。
驚きを隠せない犬夜叉と、自分のしてしまったことに自ら戸惑っている珊瑚。そしてそれを見守る周り。
ふと、は珊瑚と目があった。
「……。」
珊瑚がさっと駆け寄ってきたと思ったら、懐に一発お見舞いされて、痛みを一瞬感じたが、すぐに意識が飛んだ。
「雲母!」
珊瑚の声に雲母が巨大化した。珊瑚はを抱え、さらにの手からこぼれた鉄砕牙を拾い上げ、
雲母に跨り空を駆けて行った。
「てめえ!なにを!!!!!!」
犬夜叉が反射的に追いかける。それを慌ててほかのものも追いかける。
とんでもないことが起きた。残されたものは、頭が追いつかないまま走っていった。
狂気の宴
が次に気づいたときには、空の上であった。それに誰かに後ろから抱えられているようだった。
恐らく雲母にのっているのだろう。しかし直前までの記憶が思い出せない。
とりあえず振り返って、誰に抱えられているか確認すれば、深刻な顔をした珊瑚がいた。
そこですべて思い出した。
「珊瑚……。」
「っ!。」
それ以上何も言えないようだった。も何も言えなかった。ただただ、殴られた懐が痛みを訴えた。
「……珊瑚には考えがあるんだよね?」
視線を前方に戻し、ぽつりつぶやいた。
やがて霧に包まれた大きな城にやってきた。雲母が地表に降り立ち、と珊瑚も雲母から降りた。
「ついてきて。」
珊瑚に短く言われて、も頷いてその通りにした。あいにく逆らえるほどの力は持ち合わせていないし、
逆らう理由もそこまでなかった。歩いていくと、狒々をかぶった男が縁側に座っているのが見えた。あいつは奈落。
やはり珊瑚は何らかの理由で奈落の言いなりになっていたのだ。
「とまれ。」
奈落から2Mほどのところで、奈落が言い放ち、珊瑚が止まった。
「約束通り鉄砕牙と、を連れてきた。」
「飛来骨はそこにおいてもらう。」
珊瑚が黙ったまま飛来骨を置いた。
「用心深いんだな。―――琥珀を見せろ、ここに逃げてきたんだろ?」
「安心しろ、そこにひかえている。」
奈落の後ろのすだれから、すっと琥珀の影が覗いた。
「まずは鉄砕牙だ。」
珊瑚が鉄砕牙を持って、奈落に渡そうとした。その時―――
「奈落、覚悟!!」
珊瑚の腕から小太刀が飛び出した。隠し武器というやつだ。それで切りかかり、狒々の皮が破けた。
奈落はふわりと飛び立って、珊瑚の後ろに降り立った。現れた奈落は、長くゆるいウェーブのかかった黒い髪の男だった。
「隠し武器か、油断ならない女だ。」
珊瑚は何かを思い出したような顔をした。
「お前が……奈落!」
と、突然珊瑚はまるで何かが下から引っ張るようにして、崩れ落ちた。彼女の腕には奈落の髪がまとわりついていた。
「お前はもう動けない。一人でこの奈落を討ち果たすつもりだったのか?」
「……畜生!!」
そこに、奈落の後ろで頃合いをうかがっていた雲母が、ついに奈落に噛みついた。
しかしすぐに雲母は顔を話して、苦しそうにもがいて小さくなった。は反射的に駆け寄って、雲母を抱き上げた。
ぷるぷると震えて縮こまっている。の中の怒りの炎が燃え広がった。
「くくく、無理もない、この奈落の体は毒と瘴気でできているからな。」
「おい奈落、珊瑚が一人で討ちに来たと思ったの?今度はこのわたしが相手だ。」
じっと睨みつける。恐怖で本当は今すぐにだって逃げ出したい。
けれど、もう、自分がやらなければ珊瑚がやられる。あるいは自分がやられる。やらなければ、やられる。
やるしかないんだ。
「思った通り。貴様、あの忌々しき妖怪、の生まれ変わりだな。」
「ご名答。」
雲母をそっと地面に寝かせて、黎明牙を抜き取る。髪の毛を切ったら巻きつかれて珊瑚の二の舞だ。
どうすればいい、どうすれば倒せる?
「珊瑚がどうなってもいいのか?」
思考のさなか、先ほどまで腕にまとわりついていた奈落の髪の毛が今度は珊瑚の首にまとわりついて、
きゅっと結びついた。途端苦しそうな顔になった。
「やめて!」
「貴様がこの奈落を倒すのが先か、珊瑚が死ぬのが先か。」
「!あたしの、ことは、いい!から……ぐっ!!」
「ばか!できるわけないよ……!」
「くくく、その甘さが命取りなのだ。」
いつの間にやら奈落の髪の毛がの右手にまとわりついていて、身動きが取れなくなっていた。不覚であった。
恐らく先ほど珊瑚が奈落を切った時に一緒に切られた髪の毛がのもとに徐々に近づいて、巻きついたのだ。
「くそ!!!!」
「貴様の中身が妖怪なのはわかっている。だから珊瑚に連れてこさせたのだ。邪魔だからな。
ともあれ、珊瑚の仕事は終わった。せめてものほうびだ、可愛い弟の手であの世に行け。そしては、
この奈落が利用してやろう。貴様は使えるからなあ。くくく……。」
「やめて!!!!」
珊瑚の背後に、琥珀がやってきて、すっと鎖鎌を振りかぶった。の悲鳴もむなしく、琥珀は珊瑚に斬りかかった。
いつの間にやら髪の毛の呪縛から解き放たれた珊瑚が、小太刀を構える。
いつでも反撃できるのだが、そんなことできないとわかっていて奈落は髪の毛を解いたのだろう。つくづく外道だ。
「琥珀……目を覚ませ!!」
やはり珊瑚が弟を傷つけることなんてできるわけがなくて、反撃をせずに琥珀の鎖鎌をただただ受けた。
傷ついていく珊瑚を助けることも、琥珀を止めることも、奈落を倒すこともできずにただただ動けずにいるの瞳からは、
悔しさと目の前で広がる残酷な光景とで、涙がとめどなくこぼれた。
「やめ、て、よ………!もうやめてよ!!」
の声なんて彼らには届かない。何も、届かないんだ。
琥珀の鎖鎌が再び珊瑚に襲い掛かる。
「琥珀、とどめを刺せ。」
兄弟が殺しあう様子も見飽きたのか、奈落が言い放った。
その言葉に琥珀が鎖鎌を振りかぶりながら、珊瑚のもとへと歩み寄った。
「琥珀!!」
珊瑚が琥珀に飛び掛かった。攻撃したのではない、琥珀を抱きしめたのだ。
彼も突然来ると思わなかったのか、なされるがままになった。瞳には動揺を秘めている。
「琥珀……思い出せ……。」
「何をためらっているのだ琥珀。」
「!!!珊瑚!!!!!」
犬夜叉の声だ。涙にぬれたぼんやりとした視界で、犬夜叉、弥勒、かごめ、七宝をとらえた。
よかった、みんなが来てくれたのだ。珊瑚も安心したのか、一気に脱力してその場に崩れた。
「、今助けるからな!」
犬夜叉が駆け寄ってきて、髪の毛を引き裂いてくれた。右手に自由が戻り、ありがとう。と言った。
「奈落……てめえ」
「くくく、めでたい連中だ。罠と分かってやってきたか。」
「ささ、、こちらへ!」
弥勒に連れられて奈落と犬夜叉から離れた。
「ふざけんな!!」
犬夜叉が奈落に飛び掛かる。すると奈落の髪が伸びて犬夜叉の進行を阻む。それを器用によけながら
奈落に殴りかかるが、奈落の姿は消えていた。
「逃げやがったか!」
「逃げるものか。わざわざ来てもらったのだからな。」
奈落の髪はいつの間にやら辺りいっぱいに広がっていて、それは黒い魔物のようなものになった。
それが犬夜叉に襲い掛かった。爪で引き裂くと、瘴気が広がって犬夜叉の皮膚を溶かした。
「戦えば戦うほど、瘴気が満ちていく……。我が瘴気にまみれて死ね。」
無意識に弥勒の袈裟をきゅっと掴む。
死ぬしかないのか?ここで黎明牙で切っても瘴気にまみれるだけ。少しなら結界を張れるが、
それで防ぎきれるか?いやもっと長い間張れなければ無意味であろう。
(どうすればいいの……?)