好きなわけじゃない。

。」

嫌いなわけでもない。

「はーい?」
「なんだか黙り込んで思いつめたような顔をなされていますが、いかがなされた?」

この弥勒、わたしはどう思ってるんだろう。
誰よりも心配してくれる弥勒に喜びを覚えたのは確か。誰よりも弥勒のことを知ってたいと思ったのも確か。

「考え事、してる。」
「そうですか。考え事がおわりましたら教えてくださいね。」

弥勒と旅路をともにしてから暫らく経つが、相変わらず弥勒は若くて可愛い女の子を見ればナンパするし、
お触りしてばっかり。決めゼリフは「私の子を産んでくれぬか?」
彼はそのことを悲しき性だといっていた。またそういう血なのだともいっていた。
は一度も言われたことはないし、触られたことだって、手くらいで、至って健全。
お尻を撫でられたりなんてありっこない。

「ね、弥勒。」
「なんでしょう?」
「……犬夜叉とかごめはくっつかないのかな」

聞きたかったこととはまったく違うことを言ってしまった。
なんでわたしには触ってくれないの?
そんなこと口が裂けても言えなかった。

「うーん、犬夜叉がなんとも……。」
「わたしもそれは思った。桔梗さまのこと、まだ好きなのかな。」

その桔梗の生まれ変わりがかごめ。複雑である。

「桔梗さまなのか誰なのかわかりませんがね……とにかく私の邪魔だけはしてほしくないものです。」
「そうはいってもナンパはよくないよ。」

ナンパしているのを邪魔されるのが気に食わないのだろう。

「そうではない。…本当に、困ったものだ。」

ふわり、困ったように弥勒が笑う。よくわからないけど、もつられて笑う。

「私がいっているのはのことです。」
「わたし?」
「いつも犬夜叉に邪魔される。こうしてお誘いした時くらいしかゆっくりのそばにいれません。」
「……だから、わたしには一線おいてるの?」

話の流れに沿って聞きたかったことを遠回しに尋ねた。少し、心臓の動きが早くなった気がした。

「わたしのお尻とか、触ってきたことないし、子供を産んでなんていわないよね。」
「おや、ばれていましたか」
「とっくに……。」
「しかしそういう意図で、置いているのではないですよ。」
「じゃあなんで?」
「あれ、もしや触ってほしいのですか?」
「ち、ちがうよ!」

からかわれ、うまいぐあいにはぐらかされてしまった。
はそれきり黙った。

、私は」

ふと弥勒が独り言のように呟いた。

「大切なものを大切にする仕方がわからない。」

弥勒の言葉から具体的な何かをつかめず、は黙り続ける。

「ですから大切なものをつくったことはありませんでした。」

いずれは風穴が自身を飲み込む。
そう思えば大切なものなんて作りたくなってしまうのは必然だと思った。

「しかし寂しい私は愛がほしかった。」
「あ、い。」
「だから、すぐに消えてしまうと知りながら私は道すがらおなごに愛を求めました。」
「だからナンパしちゃうの?」
「ええ。言い訳だと言われればそれまでですが…、なんぱとやらが癖になってしまったのはそのせいでしょう。」

こういうときに弥勒は決して嘘や冗談を言わない。
――そんなことを言われてしまっては、ナンパを責められないじゃない。

「でもに出会えたから、それももうお終いです。」
「え?」
「やっと何にも変えがたい大切なものができたんです。癖もじきに治っていくでしょう。」

――それってわたしが、何にも変えがたい大切なものってことかな?
話の流れからそうだよな、と悟り、心臓が痛くなった。

「あ、照れてます?」
「照れて……る。」
「可愛いですなあ」

くしゃっと髪を撫でられた。そしてその手で弥勒のほうへ引き寄せられた。

「大切にしたいんです。だけは守りぬきたい。」
「み、ろく……。」
「けれどがやきもちを妬いてくれるならば、なんぱもまたよいですな。」

と、そのとき。

「うおい……てめえ、けが人だからって大目に見てきたが、そろそろ容赦しねえぞ。」

ふと自分たちが月に照らされた影に、ぬっともう一つの影が現れた。見慣れた二つの犬耳の形。
そしてこの声にはとても聞き覚えがあった。ぱっと手を離して後ろを振り返るとやはり犬夜叉がいた。

「邪魔をしにきましたな。」
「犬夜叉、どうかしたの?」
「弥勒がいつまで経っても部屋に戻ってこねえからまさかと思って探しに来たんだ。したらやっぱりな……。」
「ごめんね犬夜叉、そろそろもどろっか弥勒!ね!」

すっと立ち上がり、犬夜叉肩をばんばん叩いて、は逃げるように宿屋に戻っていった。

(ひいーっ、危なかったよ!なんだこの感じ、もう、冷静にならないとっ!!)

雰囲気にのみこまれて可笑しくなりそうだ。
落ち着け自分、と呪文のように繰り返す。




たいせつなもの




翌朝には寺を出発した。
昨日弥勒ととてつもなくいい雰囲気になったのでなんとなく隣を歩くのが気まずい。
いつも彼と歩くことが多いが、今日は雲母と一緒に歩くことにした。雲母を抱えてたくさんの話をする。

「雲母はどれくらい生きてるの?」
「みー。」
「ええ!そんなに?」
「みー。」
「ああ、なるほどねえ。」
「……まって、、雲母のいってることわかるの?」

珊瑚が怪訝な顔をしてに問うた。

「んー、わかるっちゃわかるって感じかな。厳密なことはわからないけど、なんとなくわかるっていうか。」
「すごいね!うらやましいよ。」
「言い忘れてたけど、っていう昔の化け猫妖怪の生まれ変わりなんだ、わたし。だから猫同士
 分かり合える部分があるんだと思う。序に言うと、変化することもあるの。だから半妖みたいなものなんだ。」
「へえ……そうだったんだ。そういう半妖もあるんだね。」

目を丸くして珊瑚が言った。
そのまま当てもなく歩き続けて、暗くなってきたころには温泉を発見したのでかごめとが、
温泉に入りたいと主張すると、今日はここで野宿することになった。

「やったー温泉だー!」
「犬夜叉と弥勒はなにやら真面目な顔をしとるぞ。」
「よーっし、今のうちに入っちゃおう。」

にしし、と笑ってはあっという間に裸になり、衣類をたたむこともせずに真っ直ぐに温泉に入り込んだ。
待てーといって七宝も続く。

「あたしたちも今のうちに入っちゃいましょう。」
「法師様はともかく、犬夜叉ものぞきとかするの?」

かごめが男性陣の様子をちらちら気にしながらいうので、不思議に思って珊瑚が尋ねる。

「しないわよ、カッコつけてるから。」

かごめのこの回答に、珊瑚は(見られたいのか?)と少し不信がった。
に続いてかごめも珊瑚も温泉に入り込んだが、珊瑚の背中に大きな傷跡があるのを発見して、
不躾ではあるがもかごめもその傷跡をちらちらと気にする。

「ああ、傷跡のこっちゃったか。」
「それ、妖怪に……?」

おずおずとかごめが尋ねる。」

「いや、死んだあたしの弟。奈落の城で妖怪に操られて父上や仲間まで殺させられて最後は……。」

つい最近の話を、感情を押し殺して語る珊瑚。その心の傷はとても深いだろうに。
思いだし、記憶の中の”弟”慈しむように目を伏せた珊瑚に、は何も言えなかった。

「臆病で優しい子だったんだよ。でも死ぬ前に元の琥珀に……弟に戻ってくれたんだ。」
「ご、ごめんね……そんな辛い話。」
「いいよ別に。ここにいるみんな、それぞれわけありなんだろ?それに……」

珊瑚の目が鋭く細められた。

「やっぱりのぞいてやがる!!」

珊瑚が温泉の中にあったのであろう石を茂みに投げつける。
突然のことにと、の近くにいた七宝は固まる。

「ん?」
「さる??」

かごめと珊瑚が立ち上がって石を投げつけたところを見ると、どうやら猿だったらしい。

「おい、なんの騒ぎ―――」

言葉が言い終わる前に、騒ぎを聞きつけて駆けつけた犬夜叉と弥勒は二人のげんこつを喰らっていた。
……セーフ。は心の中で息をついた。



「くっそ、なんで俺まで……」
「よいではないか。結構なものをみせていただいた。のが見えなかったのが残念ですが。」

たき火を焚いて待機していた場所に戻って、犬夜叉はぼやき、弥勒は微笑みを浮かべていた。