無事に壺使いを倒して、夢心は正気を取り戻した。現在は弥勒の風穴の傷を治療中で、
治療室の前の廊下で一同は座って待っていた。もうすでに日は真上から少しずつ西へ移動してきている。

「遅いのぅ……。」
「傷を縫うって言ってたから時間かかるのよ。」
「………。」

は一言も発さなかった。犬夜叉もまた一言も発さなかった。

「ったく、無茶しおって。」

がらっと襖をあける音とともに夢心が部屋から出てきた。

「弥勒様は?!」

かごめが詰め寄る。

「寝とる。犬夜叉と、というたな。ちょっとこい。」

こういう場合、たいてい嫌なお知らせだ。そんな記憶があるから、の胸がざわついた。
立ち上がり、襖の間から弥勒を覗くとすやすやと寝ていたので、犬夜叉とともに夢心についていった。
暫く歩き、突き当りにぶつかると、夢心は手摺にもたれかかり酒を飲み始めた。

「おう坊主、風穴の傷ちゃんと治したんだろうな?」
「奈落を倒せ。一刻も早く。」

夢心はくるりと振り返り、犬夜叉の質問には答えず真面目な顔で言い放った。
ほうらやっぱり嫌な知らせだ。の心臓は爆発しそうなくらい早鐘を打っていて、
目の前が真っ暗になった気持ちだった。

「できるだけの手当てはしたがな、すでに風穴はひろがっとった。」
「寿命が縮まったということですか……。」

涙が出そうだった。弥勒は生まれながらずっと風穴という残酷な運命を背負っていて、
逃れることも、どうすることもできなくて。平穏に長く生きることも叶わないなんて。

「あと何年弥勒は生きられる?」
「わからん。とにかく弥勒の手の風穴は奈落の呪いによって穿たれたもの。すなわち奈落さえ倒せれば。」

呪いは解けて長く生きられるということか。

、弥勒を支えてやってくれ。あやつはその残酷な運命から、人と深くかかわるのが難しい性分であるが、
 一人で背負うには大きすぎる。弥勒が命をかけて守ろうとしたおぬしに支えてほしい。、頼んでいいか。」
「はい……。」

流れるように視線を犬夜叉に移す。

「犬夜叉、頑張ろうね。」
「………おう。」

少し複雑な顔をして犬夜叉は頷いた。
話も終わったので弥勒の寝ている部屋に戻ると弥勒は珊瑚の尻を撫でていた。

「しばらく死なねえと思うんだが。」
「うむ。」
「ほんと、信じられないよ。」

しらーっとした目で弥勒を見下ろせば、弥勒は「ー。」と珊瑚の尻を撫でていない方の手をひらひらした。
珊瑚は何が起こったのかを把握し、そばにあった桶で弥勒の頭をがつんと一殴りした。




弥勒とふたり。




ちょっとお話でもしませんか。
弥勒の誘いで、その日の夜、ご飯も済ませて風呂も入った後に、真ん中に石がぽつんとおいてある
窪みへやってきた。ここは弥勒を発見したところだ。その窪みのへりに腰掛けた。

「もう平気なの?」
「ええ。」
「……。」
「……。」

沈黙が続くが、は話題を振ろうとは考えなかった。呼び出された側なのだから、意地でも嫌だ。

「その、すみませんでした。」
「うん。」
「心配をかけましたね。」
「うん。」
「怒ってます……よね?」
「うん。」
「すみません。皆さんに心配をかけたくなくて出て行ったのですが、逆に心配をかけてしまいましたね。」
「っ当たり前だよ!!心配しないと思ったの?!」

それまで淡々と返事をしていただけなのだが、つい感情的になってしまった。
どれだけ自分たちが心配したか、不安だったか、怖かったか、それが一気に蘇った。

「すみません……私が間違っていました。」
「もう二度と、こんなことなしだからね。」
「はい、もちろんです。仲間――ですからね。」

それから再び沈黙に包まれた。
その沈黙での頭にはいろんなことが浮かんだ。彼が失踪してから彼についていろいろ考えたので、それが蘇ったような感じだ。
すべて弥勒にぶつけたい衝動に駆られる。

「……ねえ。」
「はい。」
「どうして、風穴を開いたの?」

大勢の妖怪が襲い掛かってきたとき、彼は迷うことなく風穴を開いた。
傷口はまだ塞がっていないというのに、それが寿命を縮めるというのに。

「好きなおなごを守りたい一心といいますか。」
「そんなことされたって、嬉しくないよ。死んじゃうかと思ったんだよ。怖かったんだよ……。」

犬夜叉も前にこんなことをしていた。自分の身を犠牲にしてでも守ろうと。
あの時も怖かった。彼を失うと思うと涙が止まらなかった。

「私も思ったんです。このままではが死んでしまう、と。」
「わたし戦ったよ。弥勒のこと守りたくて、戦おうと思ったんだよ。」

確かに黎明牙に手をかけて、抜こうとした。
ためらいはあったが弥勒を守るためには自分しか戦えないのだから、やろうと思っていた。

「けれどは妖怪を自らの手で殺すことなんて、本当はしたくないでしょう?自身に眠る強大な力が
 目覚めて、暴走してしまう怖さも心にあるでしょう?それに一人でどうにかできるかどうかもわからなかった。」

弥勒はたくさんのことを考えていた。そしてそれは、心を見透かされているかのようにすべてお見通しで、当たっていた。
彼の言うとおり、殺戮なんて身近になく、テレビの奥で繰り広げられているような世界で生まれ育った
にとって、たとえ妖怪だろうと、殺すことは多少ならず心を重くした。生きるためには仕方のないのだが。
そして犬夜叉には心内を明かしただけの、自身の力への恐怖も、彼にもお見通しだった。

と死ねるのは本望ですが、とこれから先、何十年と生きていきたいんです。ですので、風穴を開きました。」

そうか。
騎士さながら、守って死ぬためではなくて、生きるために風穴を開いたのだ。

「そっか……。ありがとう。」
も私のために戦おうとしてくれたのでしょう?ありがとうございます。」

なんだかすっと毒気が抜けてしまった。
もちろん彼が命を削って自分を助けるなんてこと、二度と起こらないでほしいが、今回の件はもう起こったことだし
その理由がの心にあった怖さとか不安を中和したのは確かだ。消えたわけではないが、相殺するほどの力があった。

を残して死ねませんからね、傷がくっつくまでは無暗に開かないようにします。早く奈落を倒して
 一緒になりましょうね。」

こんなときだって彼はその端正な顔で綺麗にほほ笑むだけで、触れてきたりなんてしない。
彼が触れるのは手くらいしかない。至って健全で、ほかの女性よりもなんだか遠く感じた。
一線をおいている、そんな感じ。だからといってお尻などを触れてほしいわけではない。

(……うーん。)

この不思議な気持ちがを惑わせた。